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ダイヤモンドダストの降る朝に

作者: 岡部 光希

朝の薄暗い時である。僕をはじめとする旅行サークルの面々はまだ町が本格的に動き出さない時間に行動を始めた。

「やっぱり寒い……」

「眠い……」

「だから朝早いって言ったのにあなたたちが夜更かしするからでしょう?」

そんな会話を交わしながら向かうのは常盤公園という場所である。

僕たち旅行サークルの面々は北海道の旭川市へと来ていた。冬の合宿の一環である。

冬の朝は寒いが、旭川の朝は特に寒い。しかしそれでもこんな薄暗い時間から行動を開始したのは意味がある。

日の出とともにダイヤモンドダストを見るためである。


「盛岡市で湖にダイヤモンドダストだって」

目の前に座る深雪が言う。ケータイをいじくりながら、暇そうに。なんてこともないような出来事を語るように。おそらくサイトのニュースでも見ていたのだろう。

きれいに手入れされた爪が照らされ、反射し、こちらに光を投げかける。

「それがどうしたの?」

僕は言う。大学の食堂で僕と深雪は向かい合って昼食を食べていた。この真冬の寒い時期、外にある席にはほとんど人は見えず、それに対し僕たちがいる室内の席は人でごったがえしていた。

僕の目の前には魚にご飯に汁物という健康的なものが並んでいる。いつもは何か大盛りにしたものを一品などといった不健康的なものを頼むのだが、今日は深雪にそんな雑多な面を見せるわけにいかなかった。それで雑多でない食事とは何かと考え、とりあえずあたりさわりのない三点セットにしてみたのだ。そうやって努力をした点は食事に限らない。服だってそうだ。今日の服を選ぶのにどれほど苦労したものか。クローゼットを開けて、そこにかかっているヨレヨレでさらに(もちろんいつも自分の部屋が薄暗いせいもあるだろうが)汚く黒ずんで見える服の間からやっと発掘したきれいな一張羅ともいえるおしゃれな服を着てきたのだ――黒を基調としたまっすぐかっちりとした服で真ん中にネクタイらしきものまでついているおしゃれなやつである。

「いや、ダイヤモンドダストが見たいなぁと思って」

深雪と僕は同じ大学の旅行サークルに所属している。今日、昼を一緒に食べているのは他でもない、冬のサークルの合宿で行く場所を決めようということで呼んだのである。

無論、それは名目上で僕としては別に深雪と昼一緒に過ごせるならあとはどうでもよかったのだが。

そんな事情もあって深雪に見とれていた僕は一瞬何の名目で深雪をここに呼び出したのかを忘れてしまっていた。

ふと、深雪が体を動かし、座っている位置を変える。健康的な白い肌がまぶしい。

「ダイヤモンドダストか……でもいったいどこで見れるんだ?」

「一月か二月の北海道でなら朝にいつでも見れるらしいよ」

「そうなんだ」

「黒田くんはどこか行きたいところとかないの?」

「え」

じっと深雪がこちらを黒くぱっちりとした目で見つめてくる。

彼女は何の気なしにやっている行動であろうが、そういった、たったそれだけの行動で頭がどうにかなりそうである。幸せな気分になる。

「う~ん、いや、僕は特に何もないかな。というか何も考えていなかったかというか」

「じゃ、北海道行かない?」

北海道。いいだろう、そこに行くのをあなたが望むなら。僕が今日君と一緒に昼食を食べるのに誘ったのは別に旅行先を相談するためではないのだから。というか正直旅行先などどこでもいいのだ。僕はただあなたと一緒に昼食を食べたかっただけなのだから。

そんな経緯で僕は彼女の案に全面同意した。他のサークルのメンバーからも特に反対はなかった。

合宿の行先は決まった。北海道旭川市。ダイヤモンドダストを見るには日本の中では最適な町である。


別にダイヤモンドダストはこんな早朝から行動を開始しなくても見ることは可能だ。だが、僕はせっかくだから朝日とともに見ることにしようと主張した。朝日で何かが浄化される気がしたからである。勉強もできない。ろくに授業も聞かない。特に何か打ち込んでいることがあるわけでもない。毎日を大学生というモラトリアムに甘んじ、のんべんだらりと過ごしているどうしようもないクズ。そんな僕の心が浄化される気がしたからである。

もちろんみんなの前では適当な理由をつけたが。

その心意気は自分でもいいことだと思った。だが、その心意気とは裏腹に僕の服はクズっぷりを象徴するかのようなよれよれの真っ黒い服である。さがしたけど厚手の服はこんなのしかなかった。もっと服を買っておくべきだったとは思ったもののもう遅い。

いくら冬の朝が薄暗いとは言っても僕の体の部分だけがその服のせいで妙に黒く塗りつぶされていた。

対して薄暗い中でも眩しいほど降り積もった雪はきれいであった。

一面の白。その中を僕らは歩いていく。そして僕は前を行く彼女の横顔をチラと見る。

耳あてをし、寒そうに白い息を手袋をした手に吐きかける彼女は今日も白で統一された服である。まるで雪にまぎれこみそうなほどである。黒を基調とする僕とは正反対の格好だ。

それを見てほれぼれとしてしまう。と、同時に彼女がとても遠くに行ってしまう。

(やっぱり僕にはもったいない……)

そう気後れしてしまう。彼女は大学内でも一、二を争う美人である。我がサークル内でも人気ナンバーワンの存在で純粋無垢なけがれなき存在。対する僕はなんだ。何の才能もない汚らしい人間である。彼女も同じサークルに所属していなければ僕に見向きもしなかっただろう。

自然に冷めた笑みが漏れる。そうか。なんだ。地面と雪じゃないか。僕が汚らしい地面で、彼女が雪だ。雪は地面を全ておおい隠す。地面なんかが雪にかなうわけがないのだ。

「あ……」

彼女が一瞬吐息のように驚きの声をあげた。

「ダイヤモンドダストよ!」

言われ、見るとそこにはキラキラと舞うダイヤモンドダスト。

そのはかなく散っていくような美しさに心を奪われかける。

そのダイヤモンドダストの降る先を目で追って行って自然に彼女の顔へと視線がいく。

寒さゆえに少し赤みがかかった頬。そして、初めて見るダイヤモンドダストにうっとりと見とれるその表情。

突然、雪が舞いあがり、彼女の姿を覆い隠す。地面に積み重なっていた雪が彼女の体に何かを形作るようにつきながら、上へと舞い上がっていった。

彼女を覆い隠していた雪が晴れるとそこには真っ白いウェディングドレスをまとった彼女が立っていた。

初めてのウェディングドレスに恥ずかしがりながらも嬉しそうに彼女は自分の体を見まわす。

降りしきるダイヤモンドダストが今度は彼女の薬指へと何かを形作るように降っていった。

そして出来るのはダイヤの結婚指輪である。

ふと僕は自分の格好も変わっていることに気付いた。今まで来ていた薄汚れた黒ずくめの衣装ではない。彼女と同じ真っ白のタキシードである。完全なる花婿衣装。

(え?)

突然、気付く。彼女と結婚するのはまさかこの僕?

嘘だろ。いや、嘘じゃない。現に彼女はウェディングドレスだし、こっちはタキシードだし、完全に結婚式の格好じゃないか。僕と彼女二人の。

僕は彼女のほうに手を伸ばす。こちらに導くように。ここにきて二人で手をつなごうとして。

彼女は嬉しそうに手をつかむ、そして若干照れながらこちらに飛び込んできた。僕はその体を強く抱きしめる。

途端降りしきる雪が花びらに変わる。それとともに今まで立っていた場所が雪で覆われた地面から、教会への花道になる。僕ら二人の目の前には教会が立っている。空は雪雲の広がる薄暗い空ではなく、太陽の眩しい青く晴れ渡った空である。

今まで一緒にダイヤモンドダストを見つめていたはずの友人はこちらに花びらを祝福するように投げかけてくる。降ってくる花びらは友人たちのおかげだったらしい。

周りの友人が祝福してくれている。そして僕の胸には彼女がいる。

ありがとうみんな、僕は幸せになるよ。彼女と二人で。

僕が地面で彼女が雪なんて引け目を感じる必要なんてなかったんだ。

むしろ彼女が雪ならその白さが僕をもきれいに白く染め上げてくれる。

僕の人生は黒く暗いものから白く明るいものに一転するんだ。

そう考えると表情が自然にゆるくなった。これから始まる彼女との幸せな共同生活。子供は何人くらいつくろうか。そうだ、二人がいい。男の子と女の子。そうだ、今住んでいる一人暮らしのアパートも出払わなきゃ。いくらなんでも四人で暮らすには狭すぎるし何より汚い。そうだな、東京がいい。東京の都心から少し離れた場所にある一軒家。そこで静かに四人で暮らそう。やっとハイハイできるようになった長男がこちらを見て笑う。それを見て、僕も笑い返す。横を見ると妻となった深雪も微笑んでいる。深雪がこちらの視線に気づき、こちらを見る。お互い同じような幸せな思いで笑っていたのに気づき照れ隠しのようにまたお互い笑う――

「黒田くん、聞こえてる?」

深雪の声で意識が現実に戻った。彼女の格好はもう純白のドレスではない。僕の格好ももう純白のタキシードではない。いる場所はもう式場などではなく、元いた雪の積もった公園であった。空からは相変わらず雪が降っている。

目の前では彼女がこちらを心配するように覗き込んでいる。僕はその顔を直視できない。

この頬の熱さは寒さのせいだけではないだろう。

辺りはだんだんと朝の明るさに包まれつつあった。それとともにダイヤモンドダストも消えていく。

「さてと……目的のものも見れたし、戻るか」

そう仲間が言うとともに一人また一人とホテルの方へと戻っていく。その中で僕は茫然と立ち尽くしていた。

「深雪」

僕は深雪に声をかける。皆の動きから離れさせる。あんな映像を見た時点で僕は決心していたのかもしれない。

「ちょっと話がある」

先に行く仲間たちを残し、僕と彼女二人だけで公園に残る。夜の時間帯でもおしゃれなレストランでもない。決してロマンチックな雰囲気ではないが、今しかなかった。

彼女をデートにすら誘うことのできない弱気な僕ではこのタイミングしかなかった。

「前から言おうと思ってたんだ」

「何?」

彼女が首をかしげる。純粋な疑問。これから何を言われるのかまったく予想もついていない顔。

「好きだ……付き合ってくれ」

運命の一瞬。僕の中で時間が停止する。彼女の目が驚きに開かれる。

「ごめんなさい」

だが、彼女の答えは非情なものであった。

「あなたのことは正直友達としか思ってないわ。全然、恋人関係になるなんて考えてもいなかった。ごめんなさいね」

心のうちを正直に述べる彼女の言葉が僕の心を貫く。

だが、僕は意外に冷静だった。自分でも驚くほど。

わかっていた、こうなることは。告白しようと思ったのはちょっと熱にうなされていただけだったのだ。もしかしたらいけるかもよ。と悪魔が僕にささやきかけただけだったのだ。

僕は彼女の言葉に何を返したのだろうか。自分でも意識できないうちに答えを返していたらしい。

気付けば彼女はこちらに背を向け、ホテルの方へと歩きだしていた。

僕はその場に石になったように凍りつき突っ立っていた。雪が僕の真っ黒な服を少しづつ白く染め上げていった。


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