遠足③
「いや、いきなり誰の隣に座りたいかって言われたって……」
スズに質問されて、一呼吸おくゼエル。
ここで安易に答えるという行動をとるのは、なんだか嫌な予感しかしない。
スズと話をするようになったのはここ最近になる。まだ、期間は短いものの、スズから何か話を振ってきたときの流れの傾向はつかめてきている。
いや、『私の彼氏になりなさい』などというよくわからない流れは今でも予想がつかない。だが、最終的な着地点はわかっている。ゼエルにとっていいことには絶対にならないということだ。
だから、ここはさぐりをいれながら情報を集め、慎重に行動をとったほうがいいのかもしれない。
「どうしてそんな話になっているんだ?
そもそも、俺は貴族ではないから、スズやアリカ、イリカたちと同じ馬車にのることはできないぞ?」
「そんなことはどうにでもなりますわ。
そもそも、今回の遠足は同じ学園に通うもの同士の親睦を図るためのものになりますので、馬車が違っては意味がありません」
「そうなのか……、って、まあ、そういう話だったが……。
だが、俺なんかより、シュウのほうがいいんじゃないか?
貴族は貴族同士で親睦を図ったほうが、全然有意義な時間になると思うぞ?」
内心シュウに謝りながら、面倒事を押し付ける流れを作るゼエル。
まあ、シュウ自身も、スズと仲良くなりたい、って言っていたんだ。
むしろシュウに感謝されるべき状況を作ったといえよう。
「シュウねぇ~、シュウとは一緒の馬車には乗らないわ」
「『乗れないわ』って、失礼だろう。
シュウはスズと親睦を持ちたくてここに来たっていうのに……」
「そう、それはわかっているわ。
ここに来た者全員親睦を図りに来たわけだからね。
けれども、シュウと一緒の馬車に乗れない理由をゼエルは勘違いをしているわ」
「勘違い?」
「そう、勘違い。今回の馬車は四人乗り。すでに三人づつは決まっているのですわ」
「いつの間に……」
「自然に決まったようなものなので、いつの間にと聞かれると、チームが決まった段階といえるかもしれません」
「チーム?」
「そう、チーム。私とアリカ、イリカの三人対生徒会とユミリィ、シュウの三人。
湖についたときに試合になりますから、作戦を立てたりして連携を深めるためにチームごとにわかれて馬車にのることになったのですわ」
「そうだったのか……」
「それで、ゼエルは試合に参加しないからフリーでどっちの馬車に座ってもいいっていうわけ……、だけれども……、もちろん私の彼氏なんだから、私の隣に座るのよね?」
『ぐいっ』と再度腕を引っ張るスズ。
ゼエルは上目づかいで、懇願するように見つめられて困ったな。
それに、つつましい胸が腕に当たっているが、そのことは突っ込まないほうがいいのだろうな……、と考えていると――
スズが引っ張っているゼエルの腕の反対側を、誰かが引っ張ってきて、
「ゼエルは私の隣がいいのですよね?」
と、ユミリィの声がする。
「いや、ユミリィ。俺の腕をひっぱるなっ」
「なっ、ゼエルはスズのような胸なし女がいいのですの?」
と、胸を腕に当ててくるユミリィ。
確かにスズを非難しているだけあって、ユミリィの胸は大きく、柔らかい。
だが、今はそんなことはどうだっていい。
「いや、そんなことを言っていない。
いきなり『隣がいいのですよね?』って言われたって困るばかりだ」
まあ、確かにスズよりもユミリィのほうが性格をよく知っているから、ユミリィの隣がいいという気持ちはある。
だが、今の立場上、ユミリィの隣に座りたいとなんて言えるような状況ではない。
スズは勝負あったという表情になり、
「ゼエルはユミリィから引っ張られて嫌がっているわ。
さっさと下品な胸をゼエルから離しなさい」
「嫌よ。ゼエルは渡さないんだから!」
「いったい何の権利があって、ゼエルを渡さないなんて言っているの?
ゼエルは私の彼氏なんだからね」
と、『私の彼氏』を強調して言うスズ。
一方、ユミリィは悔しそうな表情を浮かべて言う。
「スズの彼氏かもしれないけれども、ゼエルの気持ちが変わる変わる変わるかも知れないでしょ?
そう、こうして今、私の体を密着させている間にもゼエルの心は変化していっているかもしれない」
「ふ~ん、じゃあ、ゼエルにどっちがいいか、ここで選んでもらいましょう?」
「いいわ。望むところよ!」
「……はぁ~、、、」
スズとユミリィの二人から腕を抱きしめられて、めんどくさいな、とゼエルはため息をついたのだった。