試し斬り②
ルシゼエルがオニキスとやりとりをしている間、貴族側の兵士たちはせっかくルシゼエルが助けたにもかかわらず、無礼な言葉をつぶやいている。
内容は、「あいつは何モンなんだ?」とか、「早く盗賊を全部殺してしまえ!」とか、「なんで盗賊を殺さないんだ!」とか、「生意気そうなガキだな」とか、「あの服からすると……学生か?」とかなどなど……。
ルシゼエルにその言葉は聞こえてきている。そして、礼儀を知らない奴らだな、と思いながら後ろを振り向く。
すると、ドレスを着ている少女は危険が去って安心したのか、力が抜けたように座り込んでいた。
少女が着ているドレスは、淡い水色でとても高価そうに見える。髪はアッシュブラウンで、身長は低い。胸はミカンくらい。どこか幼く見える。だが、全体から感じられる気品から、一国のお姫様のような印象を受けた。
おそらく国同士の争いや権力争いに巻き込まれて襲われていたのだろうと、ルシゼエルは推測した。
そんな風にルシゼエルがドレスを着た少女を観察していると、目が合う。守ってあげたくなるような小動物を思わせる瞳をしている。
そして、ドレスを着ている少女は、はっ、と気がついたような表情になり、座ったままで居住まいを正し、
「せっかく助けていただいたにもかかわらずお礼と挨拶が遅れーー」
「無礼者! そこに跪け!」
ドレスを着た少女が話している途中で、兵士がそう言いながらいきなりルシゼエルの腹にめがけてグーで殴りかかる。
一方、ルシゼエルは難なくかわす。
すれ違いざまに蹴りを入れて吹き飛ばして、
「おいおい、俺がせっかく助けてやったにもかかわらず、いきなり殴りかかってくるなんて。
魔界の奴らは礼儀がなっていないな」
「このガキめ! 言わせておけば!」
と、言いながら他の兵士たちが剣や槍を持ち臨戦態勢を整えたときだった。
ドレスを着た少女が厳しい表情で、黙りなさい、と言ったあと、
「命の恩人に対してなんですかその態度は!
逆にあなたたちがひざまずきなさい!」
「ですが、どこの誰だかわからないようなこんな奴に……」
「黙りなさい。こちらの方がいらっしゃらなければ今ごろどうなっていたか……。
命の恩人なのですから礼儀を尽くすのが当然でしょ。
それに、私の命令がきけないの?」
「い、いえ、そんなわけでは……」
しぶしぶと仕方がなさそうにひざまずく兵士たち。
ドレスを着た少女は、座りながら再度居住まいを正し、
「部下が大変失礼をいたしました。
申し訳ございません。
この度は我々を助けていただき本当にありがとうございました。
私は、現在の魔王ルシフェルの長女、リリアン=ルシフェルといいます。
リリ、とお呼びください。
それで、あなた様のお名前をお聞かせいただけますでしょうか?」
助けた少女がまさか魔王の娘、ということをルシゼエルは想像していなかった。なので、表情には出さないが、内心非常に驚いた。確かに、着ている服も馬車も上質な物を使っている。さっきリリから感じた気品も間違いではなかったのだ、と思った。
では、リリの要求通り名前を名乗ったほうがいいのだろうか?それについては、悩む。ここで、魔王の娘であるリリとつながりを持っておくことは悪いことではないだろう。だが、サタンは最初に魔王ルキフグのとこに行け、と言っていた。魔王ルキフグと魔王ルシフェルの関係が良好かどうかわからない以上、あまり関わり合いをもたないほうがいいだろう。そうすると、ここでは名前を言わないほうがいいはずだ。
「すまないが、教えられない」
「なんだと、貴様!
姫様が名乗っているにもかかわらず、言えないなんて。
ここで、殺してやる!」
と、怒った表情で、剣を抜き、一歩踏み出す兵士。
確かに、リリの要求に従わなかったということは、王族の命令に逆らったことになる。反逆罪などの罪に問われるのかもしれない。だが、ルシゼエルにとってそんなことは関係ない。なので、見下すような表情で、
「ほう、俺を殺せるのか?」
「やってやる」
「いいだろう」
殺気をこめた視線を挑発してきた兵士に送るルシゼエル。
一方、兵士はその視線によってさっきまでの勢いはなくなり、怯えた表情になり、その場に座り込み頭を抱え震えだす。また、他の兵士も自身に向けられた殺気ではないにもかかわらず、怯えたり、たおれたり、気を失うものも現れた。リリもその雰囲気に飲まれてしまって、硬直してしまう。そうなってしまうのは、当然だ。兵士が10人がかりで追い払えなかった盗賊を、ルシゼエルは1人で追い払ってしまったのだ。力の差は歴然だった。
だが、貴族側は、せっかく盗賊から助かったにもかかわらず、ここで殺されてしまっては意味がない。
リリは必死に謝罪の言葉を出そうとする。しかし、言葉が出てこない。でも、なんとかして、このいざこざを止めなければいけない。リリは、ルシゼエルの膝に震えながら必死にしがみつき、目を見て訴えかけ、声にはならないが『申し訳ございません』と口を動かす。
魔王の娘でるリリが必死に訴えかけてきている。なのに、いざこざを起こすことはよくない、とルシゼエルは思い、殺気を送るのをやめる。
殺気がなくなることにより、リリや兵士たちに精神的な緊張はなくなる。
リリはしばらくして、ほっ、とした表情になり、
「度重なる無礼な態度。本当に申し訳ございませんでした」
「いや、いい。本当に殺し合いをしようとしたわけではない」
「そうですか。ありがとうございます。
助けていただいたにもかかわらず、部下たちが無礼な行動をとってしまったのでこちらの物を差し上げたいのですが……」
そう言いながら、首につけていたネックレスを取り、ルシゼエルに渡すリリ。
その行動を見ていたメイドの一人が、血相を変えて、叫ぶように言う。
「姫様! いけません。そのネックレスを渡しては!」
「私はしっかりと考えて行動をしているのです。
命の恩人の前なのです。あなたこそ静かにしなさい」
ピシャリ、とメイドに向かって言うリリ。
メイドは仕方がなさそうに黙る。
ルシゼエルはネックレスを受け取りながら注意深く見る。ネックレスには指輪が付いていた。指輪には、金色のダイヤが付いており、裏に10枚の羽根が別々の色で絵が描かれている。
すると、リリは、クスクス、と笑いながら、
「いやですわ、その指輪に罠とか仕掛けておりませんのでご安心してお着けください」
「いや、そういった心配をしたわけでない。
指輪のについている羽根の絵と金色のダイヤが気になってしまって……」
「ああ、そちらはですね。
まず、羽根の絵は9大魔王の連盟旗のデザインのようなものとお考えください。
次にダイヤの色についてなのですが、9大魔王は象徴としてそれぞれが使う色があります。
そして、魔王ルシフェル家は金色なので、金色のダイヤがついているのですわ」
「そうなのか。
だが、9大魔王なのに羽根の絵の数が10枚あるのはいったいなぜなんだ?」
「それはですね、古くからの言い伝えになります。
そのデザインを作るにあたって、初代9大魔王が魔界の神サタン様に相談したそうです。
そしたら、10枚羽根のデザインにするようにと言われたそうで、初代9大魔王たちも不思議に思い、なぜ9枚の羽根のデザインじゃないのか聞きました。
すると、サタン様はいずれ10枚目が現れる、と答えたそうです」
「だから、10枚羽根のデザインなのか」
リリの話を聞いて頷くルシゼエル。
ルシゼエルはせっかくお礼にもらったものだから、と思いネックレスを自分の首にかける。
リリはそんなルシゼエルの様子を、にこやかに見守っていた。
そして、首にかけ終わったのを見届けたあと、リリは、人差し指をアゴにあて不思議そうに言う。
「でも、魔界の奴らは礼儀がないなという発言と、魔界にいるものであれば普通は知っている9大魔王の色のこと。
なんだか、最近、魔界にきた方のような言葉ですね。
とても強いお力をお持ちなようですから……、人間っていうことはないでしょう。
だから、あなた様は天界にいて最近来られた方のなのでしょうか?」
と、とぼけたように言うリリ。
一方、ルシゼエルはまさか図星を突かれるとは思っていなかったので、一瞬思考回路が止まる。だが、なんとか早く返答しなければいけない。返答しないと肯定になってしまう。魔界で生きていく上で、最近天界からきた者なんて、マイナスであって、プラスにはならない。なので、ルシゼエルはとりあえず、「いや、違う」と言おうとする。
だが、その前に、リリは微笑みながら言う。
「どういう事情があるのか詮索されるのを嫌っている命の恩人様に対して、先ほどの質問は失礼でしたね。
申し訳ございませんでした」
「ああ。
それに、さっきの質問の回答は、『違う』だ」
「わかりました」
深々とお辞儀をするリリ。
ルシゼエルは、リリがあえてルシゼエルの話に合わせたのだと思った。つまり、ルシゼエルが最近天界から魔界に来た者だとリリは推測している。だが、本当のことを知られるのを、命の恩人であるルシゼエルは嫌がっているから、ルシゼエルが求めたように知らないフリをする演技をしたのだ。
リリは思った以上に勘が鋭いのかもしれない。さすがは、9大魔王の一人である魔王ルシフェルの娘といったところだろう。
だが、これ以上一緒にいると、自分自身について色々と悟られるとまずい、とルシゼエルは思い、
「すまないが、急いでいるので、もう行かせてもらう」
「お待ちください」
ルシゼエルを引き止めるリリ。
ルシゼエルはまだ何かあるのかとややうっとうしく思いながら、リリの方を見る。
リリはルシゼエルの目を上目遣いで見つめて、
「もし、困ったことがあれば、その指輪と一緒に私のところに来てください。
必ずお力になれるはずです」
「ありがとう、そのときが来たら行く」
「必ずお待ちしておりますので」
そうして、ルシゼエルはリリに見送られて、魔王ルキフグの城の方に向かったのだった。