試し斬り①
ルシゼエルは、魔王ルキフグのところへ空を飛んで一気に向かわずに歩いて向かうことにした。そのほうが、魔界のことを少しでも知ることができると思ったからだった。もちろん、ルシゼエルは天界にいたときに魔界のことをある程度勉強している。だが、勉強として知識で知っているということと、実体験で得られる知識はまったく違う場合があると思っている。なので、魔界を身をもって体験するのに、歩いて行くのが一番だと思ったのだった。それに、そんな遠い場所からサタンが行かせるわけがない、とルシゼエルが思った。
(だが、いきなり、魔王ルキフグのところに行くことになるとは……)
魔王ルキフグの名前は、天界で読んだ本にでてきたので知っていた。魔王ルキフグは、魔界にいる9大魔王の1人になる。魔界にはいくつかの国があり、魔界にいる王としてそれぞれ魔王を名乗っていているが、その中で別格で格式があるのは9大魔王になる。9大魔王は世襲制になっておりずっと血を維持してきている。だが、なぜ9大魔王の存在があるのかは、ルシゼエルが天界にいるときに調べたがわからなかった。魔界の力を集めるためには、そのことを知る必要があるだろう、とルシゼエルは思った。
そんな風に考えながら歩いていると、いきなりルシゼエルのほうに向かって火の玉が飛んでくる。なので、ルシゼエルは自分から5m以上離れたところで火の玉に気がつき、難なくかわす。
だが、殺気を感じられない。ルシゼエルへ向けて火の玉を飛ばしたのではないのだろう、とルシゼエルは思った。
すると、ではなぜ、ルシゼエルのほうに火の玉が飛んできたのかが疑問になるので、飛んできたほうを注意深く見る。
すると、砂埃が起こり、争いが起きていた。貴族が乗るような馬車が数台がたおれていて、近くにドレスを着た少女と、メイド、それらを守るように兵士が剣を構えている。兵士の数は、10人程度になる。
そして、馬車を襲っている者たちは、盗賊のような身なりをしていて、50人程度いる。
戦況は明らかに盗賊のほうが優位だった。
火の玉は、貴族側と盗賊側の争いにより、誰かが飛ばしたものだろう、とルシゼエルは思った。
さて、どうしたものだろう。貴族側を助けに行くべきか、行かざるべきか。
(貴族側を助けに行ってやろう)
そんなに遠いわけではないし、サタンからもらった体と剣を試すのにはちょうどいい場面だ。
争っている場所に向かうため、ルシゼエルは魔法を使い、体を宙に浮かせる。思っていたよりも力を使わずに、すぅー、と浮かび上がった。もしかしたら、前の体よりも思ったように動きやすいかもしれない。
そんな間にも、状況は刻一刻と変化している。兵士はすでに数人やられていて、ドレスを着ている少女に大斧が振り下ろされそうになっている。急いでいかなければいけない。
なのでルシゼエルは黒水晶色の剣を抜き、大斧を受け止めるよう急いで飛んでいく。
そして、大斧が振り下ろされる前に間に合い、ルシゼエルは、受け止めるために黒水晶色の剣を出す。
それにより、黒水晶色の剣によって大斧の動きが止まるはずーー。
だが、ルシゼエルが考えていたことと違うことが起こる。大斧がルシゼエルの黒水晶色の剣によって、すっ、と斬れていってしまったのだ。
その斬れ味は、今までルシゼエルが経験したことのないもの。斬れたと表現をして良いのか悩むものだった。
起こったことは、黒水晶色の剣が大斧に当るところから物質が避けて分かれて行き、結果として真っ二つになったような感覚だったのだ。見ていた者によっては、黒水晶色の剣が触った部分から溶けたという表現をするものもいるかもしれない。
大斧を触っただけで真っ二つにしてしまう斬れ味。黒水晶色の剣はルシゼエルが思っていた以上に斬れ味が良すぎる。天界にいたときも見たことがない。おそらく、秘宝や伝説級の代物に違いない。
もし、このまま使用すれば慣れていない斬れ味によって、予想外のことが起こってしまう可能性がある。
想像して欲しい。
斬れないと考えて使ったにもかかわらず、斬れてしまうことを。例えるならば、キッチンにまな板を置き、大根を包丁で斬ろうとしたら、キッチンまで斬れてしまうようなもの。そんな斬れ味では使いずらい。誰かを殺してしまうかもしれない。
ルシゼエルは決して盗賊側の誰かを殺したいと思っているわけではない。ルシゼエルが争いに加わった理由は、体と剣の性能を確かめることと、盗賊を追い払うことなのだ。だから、黒水晶色の剣はこの場ではふさわしくない斬れ味のため、鞘に収める。
ただ、ルシゼエルは内心ほくそ笑む。天界へ攻め込むときに黒水晶色の剣は頼りになるだろうと。どうやら、サタンが言っていた最高の代物というのは本当らしい。
一方、斬られた大斧を持っている盗賊はいきなり予想外の出来事が起き、声が出ず、動きが止まる。
ルシゼエルは、盗賊側の優位の戦況を変えるために、左手握り、斬れた大斧を持っている盗賊の腹をグーで殴る。
すると、斬れた大斧を持っている盗賊は、後ろにいた盗賊5人を巻き込みながら吹き飛んでいく。
そのことにより、大きな音が立ち、戦況が変わる。
なので、盗賊側も貴族側も争いをやめ、ルシゼエルに注目が集まる。
ルシゼエルが大斧から助けたドレスを着ている少女は驚いき、大きく目を開いてルシゼエルを見つめ、
「あなたはいったい?」
「…………………………」
だが、ルシゼエルはすぐに回答しない。
理由は、盗賊たちはルシゼエルに対して注目しており、隙があれば殺そうとしているからだ。
ルシゼエルは全員を魔法によって吹き飛ばしてしまうか、殴り飛ばすかを考えているときだった。
盗賊の長らしきものがルシゼエルの前に現れ、
「いきなり出てきて、お前は誰なんだ?」
「答える必要はない」
まだ魔界に来たばかりで、無駄に自分の名前を広めたくない、とルシゼエルは考えそう答えたのだった。
盗賊の長はルシゼエルへ向けていた剣を鞘におさめ、
「そうかい。まあいい。
俺は、オニキスっていう。
この集団のリーダーをやっている。
さっきお前が軽くたおしたのはこの集団で一番強い奴になる。
その腕を見込んで、俺たちの仲間にならないかい?
それなりに優遇するぜ」
「いや、ならない」
「そうかい。
俺たちを殺しに来たんかい?」
「違う。争いを止められればいい、と思っている」
「わかった。もし仲間になりたいと気が変わったら連絡してくれ。
じゃあ、者ども引き上げる。帰るぞ!」
「待ってください。オキニスリーダー。
あの野郎が強いのはわかりますが、まだこっちの方が人数が多く戦況は優位なのになぜ帰るんでっせ?」
不平の声を上げるオキニスの部下。
オキニスは不平を上げた部下の頭を、バカ野郎、と言いながら軽く殴りつけ、
「俺は勝てない戦はしないんだよ。
ちゃんと目の前の男の力を分析しろ。
これ以上争えば被害は大きくなり、壊滅だってありえる。
命を取られなかっただけ、ありがたい、と思え!」
と、言ったあと後ろ向き、黒い翼を広げてさっさとどっかに言ってしまったのだった。