授業②
「いや、言っている意味がわからないのですが」と、ルシゼエル。
「スズ、いったいどうしちゃたんだよ、そんなダメ男とつきあうだなんて。絶対にやめたほうがいいよ」とアリカ。
「そうですわ。魔王ルキフグ様の娘であるスズがどこの馬乗り変態ダメダメヘタレ男を初めての彼氏にするだなんて、人生の汚点になりますわ」とイリカ。
スズがルシゼエルにいきなり『ゼエル。あなたは、私の彼氏になりなさい』と言い出したことに対する反応だった。ルシゼエル、アリカ、イリカの3人はともに反対している。
ルシゼエルはスズの突拍子もない発言にアリカとイリカも反対してくれて良かった、と思った。だが、なぜそんな突拍子もないことを言い出したのだか気になる。イリカの言っていることは正しい。むしろ普通の反応だ。ルシゼエルへ対する『馬乗り変態ダメダメヘタレ男』という表現以外は……。
スズはみんなから反対され、すねたような表情になりほおをふくらませた。が、ルシゼエルのほうを目を潤ませ上目遣いで見て、甘えるような声で、
「だ、め……?」
「ダメというかなぜいきなりつきあうとかそんな話に?」
「はあ? ゼエルなんでスズに聞き返しているんだ?
魔王ルキフグ様の娘であるスズに言われた命令なら、ゼエルみたいに身分の低い奴は理由に関係なく従うのが当然だろっ!」
と、なぜかスズを援護するようなことを言い出すアリカ。
ルシゼエルはアリカの言葉を聞いて、(アリカの『身分の低い奴は従うべき』という言葉は、状況によっては正しいだろうし、アリカの立場ならそう言って当然かもしれない。だが、今は違う。スズが俺を彼氏にしたい、と言っているときなんだ。アリカは俺をスズの彼氏にさせたくないと思っているはずなのだから、『身分の低い奴は従うべき』という言葉は、ミスチョイスだ。スズの援護しているような言葉になってしまっている)と、ルシゼエルは思った。
当然、イリカもアリカが言っていることに対して不満を持ち、驚いた表情で、
「アリカ、それでは、スズとゼエルがつきあったほうがいい、と聞こえてしまいますわ。
そうではないでしょ?
私もアリカもスズとこんなどこの馬の骨だかわからない馬乗りに変態ダメ男であるゼエルがつきあって欲しくないのだから、そんなことを言ってはダメよ」
と、ルシゼエルを援護するような言葉を言うイリカ。
ルシゼエルはイリカの言葉を聞いて、(なんだか俺への悪口が徐々にひどくなっていくが、この際は目をつぶろう。ちゃんとスズを説得して欲しい)と、思った。
スズはアリカとイリカの話を聞いて、うん、と頷き、
「そうね、アリカの言葉もイリカの言葉も、どちらとも私のことを思って言ってくれているのよね。
どっちの言い分も正しい、と思うわ。
アリカの言葉とイリカの言葉はまったく違うことを言っているようで共通している部分があるのだけれども……、わかる? ゼエル?」
「……スズを主人として気遣っていることか?」
「そうね。それが正解とも言えるのだけれども……、もっと言うと、9大魔王の一人である魔王ルキフグの娘として敬意を払って言ってるってことなの。
この学園にきて驚いたことなのだけれども、魔王ルキフグの娘っていうだけで、ものすごく大事に扱われ、色んな人が知り合いになろうとしてくるわ。
けれども、ゼエルはそういうことをしない。
むしろ、私から距離をとって離れようとしているわ。
そして、さっき私の彼氏になりなさい、って言ったらものすごく嫌がった。
普通なら、私からそんなことを言われたら、泣いて喜ぶところなんじゃないの?」
「……うっ…………」
スズが言っていることが正しい、と思い、つい唸り声をあげてしまったルシゼエル。
自分の力を隠そうとして、できるだけ誰とも一緒にいようとしなかった結果、不自然な行動になってしまっていたことに、ルシゼエルはスズの言葉によって気がついた。なかなかうまくいかないものだな、と。それに、『泣いて喜ぶところなんじゃないの?』って、イリカと同じようなことを言っている。それだけ一緒によくいて、仲がいい、ということか、と思った。
だが、ルシゼエルは自分の力を隠したいということもあるが、それを考慮に入れなくても、スズとつきあいたくない。学園生活でとてもめんどくさそうだ。色んな注目を集めたりして。
ルシゼエルがどうするか迷っているときに、アリカは自分の言った言葉が、イリカがよりも正しいと言われたと思ったのか、
「イリカ、スズは私が言った言葉のほうが正しいと思っているみたいだよ。
だから、イリカもゼエルに対してスズの言葉にちゃんと従うべき、っていうべきなんだよ」
「……うっ…………、ってことはアリカはスズが、どこのゾウだかわからないゾウ乗り変態ダメヘタレ折れ男であるゼエルとつきあっていいって思っているの?」
「イリカ……、なんだか、ゼエルに対する表現がどんどん長くなっていってないか?
しかも、ゾウ乗りなんて、初めてそんな言葉を聞いたぞ。
昨日、何かあったのか?」
「ゾッ、ゾッ、ゾッ、ゾウッ……じゃなくて、何もないわ。
ゾウ乗りなんかじゃなくて、馬乗りになんかされてないわ。
って、話をそらさないで」
「なんかあったな?」
「なななななないわよ!」
「なぜか顔が赤くなっているぞ」
「赤くなってないわ」
「はい、はい、2人で勝手に話をするのはここで終了。
誰がなんと言おうと私は、ゼエルを彼氏にするわ」
と、アリカとイリカが話をしているのを止めて、自分の意思を強く伝えるスズ。
イリカはスズの意思の強い言葉を聞いて、
「わかりましたわ。
こうなったらもうスズは意見を変えませんものね。
諦めることにしますわ」
「……えっ…………」
途中からアリカがルシゼエルを裏切り、唯一の味方になったイリカがスズに籠絡され、驚きの声をあげるルシゼエル。
ここでスズの意見に従わず、もっと反論しろ! とルシゼエルは思った。
アリカはルシゼエルのほうを向いて、
「ゼエル、ちゃんとスズにふさわしい男なるんだぞ。
ならなかったら、私がスズの汚点にならないように、処分するからな!」
「…………処分……?」
「処分って言ったら、決まっているだろ。
消去するんだよ、すべてを消し去る」
楽しそうに、笑顔で、恐ろしいことをルシゼエルに言うアリカ。
「いや、俺はスズとつきあうと決めたわけではない。
そもそも、俺はスズにふさわしくない」
「ゼエル、ふさわしいかふさわしくないかは、私が決めます。
ゼエルが私の彼氏になることは決定事項です」
と、人差し指をゼエルに向け、ピシャリ、と言うスズ。
「ゼエル、ちゃんとスズの命令をききなさい」
「………………」(いや、アリカ、彼氏、彼女の関係って命令とかよりも、心の問題だと思うのだが……)
「ゼエル、早く、スズにゾウ乗り……じゃなくて、馬乗りになりなさい」
「………………」(いや、イリカ、そういったことは、もっと親密になってからだと思うのだが……)
「ゼエルは私の彼氏になれて、嬉しすぎて言葉にならないのね」
と、勝手に話をまとめあげるスズ。
このままでは、スズの彼氏にされてしまう。どうすればいいんだ……、とルシゼエルが考えているときだった。
スズは、ニヤリ、と笑って、
「ゼエルを彼氏にしたいっていうのは嘘よ」
「……嘘?」
「嘘。ゼエルを試してみたのよ」
「本当か?」
「本当よ」
「それは本当に良かった」
と、言いながら、ホッとして、胸をなでおろすルシゼエル。
ルシゼエルはこれ以上話をしたくなかったので、『なぜ彼氏になれ、というを嘘をついたんだ?』とは聞かなかった。
スズは、ルシゼエルをじっ、と見て、ムッとした表情を作り、
「でも、本当に私の彼氏になりたくないって変よね。
本当に失礼だわ。嘘ってわかったとたんにホッとした表情をして。
だから、ゼエルに嫌がらさをしたい気分になっちゃった」
「嫌がらせ?」
「そう、嫌がらせ。
ゼエルは、私のニセの彼氏になりなさい」
「あの……、目まぐるしく話が変わってて意図がつかめませんわ」
「ごめんね、イリカ。
ゼエルがどういう立場なのか気になって色々と試しているってところかしら。
それで、ニセの彼氏っていうのは、最近、私の周りで変な視線を感じたり、尾行をしてきている者がいるってこないだ話をして、アリカもイリカも同意してくれたでしょ。
だから、私に彼氏ができたという噂を流したら尾行をしてきている相手はどう反応するかなって」
「つまり弾よけにゼエルを使うってことか」
「アリカ、でもゼエルのタマがスズに当たらなければいいけれども」
「イリカ、言っている意味がわからないのだが……」
「間違えましたわ。
そうね、ゼエルに弾にあたってもらいましょう」
「じゃあ、決まりね」
と、自分の意見が通って嬉しそうに、手をパチンと合わせるスズ。
もう言葉で反論をしてもスズもアリカもイリカも耳を貸さないだろう、とルシゼエルは思った。だから、とりあえず逃げようと思った。が、時は遅く、すでに授業が始まっていて、教室から出られない。
こうして、ゼエルはどうしようもなくなり、彼氏役をやらされることになってしまったのだった。




