入学式⑥
現在、イリカは魔力を高め、ユミと付き人の周りに攻撃に備えた防御壁を魔法で作り、怪しい男に対しては拘束する魔法をかけようとしている。
イリカとユミ、怪しい男の位置関係はちょうど二等辺三角形のようになって、一番離れているところにイリカがいる。怪しい男の姿は、全身黒色の服を着ていて、小さくて、細い。動きから、相当訓練を受け、実戦経験も豊富なことを伺わさせる。
そうやって、ルシゼエルが状況を観察していると、怪しい男は鉛筆くらいの氷の塊を作り、ユミに向かってものすごい速さで飛ばす。
イリカはそれに呼応するかのように、練った魔力を解放する。片翼の黒羽が出て、ユミと付き人の周りに防御壁ができ、氷の塊から守る。と、同時に、怪しい男には淡く黄色に光る紐によって拘束された。
ユミと付き人は、いきなり予想外の出来事が起こったので、悲鳴をあげる。
なので、イリカは状況をユミに説明し、落ち着かせるために、飛んで急いで向かい、
「大丈夫です。ご安心ください。怪しい男から守るために私が防御壁を貼りました。
私は9大魔王ルキフグ様の娘でスズの護衛をしておりますイリカと申します」
「……9大魔王の…………。助けていただきましてありがとうございます。
それで、犯人はどこに?」
9大魔王という言葉を聞いてほっとしたように安心した表情になるユミ。9大魔王についての説明を受けてきているのかもしれない。
イリカは怪しい男のほうを見ていて、魔法を使い宙に浮かし、近くに持ってきて、
「こいつが犯人です。
氷の塊を作りユミを狙っていました。
お心当たりはありますか?」
「……い、いいえ、ありません。
そもそもどうして私が狙われてしまったのか…………」
ーーと、その時だった。
怪しい男が拘束していた魔法が解いて、身動きが自由になる。
怪しい男は右手に小刀を持ち、ユミの腹部にめがけて突きつける。近くになったことをいいことに。
イリカはあわてず再度、拘束する魔法を使う。だが、その魔法は効かず、怪しい男の勢いは止まらない。
小刀は腹部まであと10cmくらいに近づいてき、もう刺さってしまう、という時だった。
イリカの魔法がようやく効果を出し、淡く光る紐が復活し締め上げ、怪しい男の動きを止める。
「危ないところでした。
危険な状況を作ってしまい申し訳ございません」
「いえ、こちらが助けていただいたので本当にありがとうございました」
「いいえ。では、私はこれからこの犯人を警察委員会に届けてきたいと思います」
「あっ、待ってください。
私は天界からの留学生という経緯から、もし問題が起こったら生徒会に知らせるようにと言われておりまして……」
「わかりました。では、一緒に生徒会へ行きます」
「本当にありがとうございます」
と、お辞儀をしながらお礼を言うユミ。
そこに、ようやくルシゼエルがユミのところに到着し、
「無事だったようで良かった」
「こんなに遅れてきて、ゼエルはいったい何やってたの?」
「いや、俺は一生懸命走ってきたのだが、遠くて」
「そう、まあ、いいわ。
ゼエルがいたっていなくたって変わらないんだから。
けど、事件現場に一緒にいた以上ゼエルも生徒会室まで一緒に来なさい」
「いや、走らされすぎて疲れたから、俺はもう帰らせてくれ」
疲れた表情で言うルシゼエル。
ルシゼエルはもうイリカに関わりたくないし、ユミとも関わりたくない。天界時代の幼なじみと一緒にいると自分では意識してない癖などで正体がばれるのを避けたかったからだ。
だが、イリカは目をつり上げさせ、
「女である私が魔法を使って助けたりしてるのに、男のゼエルは途中で帰っちゃうわけ?
当然そんなことはないわよね。
さっさとユミに挨拶して、行くわよ」
「……うっ…………、わかった」
と、しぶしぶと答えるルシゼエル。
本当はイリカと一緒にいたくないが、人付き合い上の筋としてイリカが言っているのは正しいと思った。だから、仕方がなく生徒会室まで一緒に行くことにしたのだった。
そうして、ルシゼエルは自己紹介をするために、ユミのほうを見て、
「俺はゼエル。よろしく」
「……ゼエルですか…………、こちらこそよろしくお願いします。
私はユミです」
「私はチサーリと言います。ユミと一緒に天界から来た留学生になります。
チサとお呼びください」
と、軽く会釈しながら言うチサ。
チサの髪は淡い青色をしており、肩ぐらいの長さになる。身長は普通くらいでほっそりしているが、胸はりんごくらいあり、綺麗な顔立ちをしている。
ユミとチサの自己紹介が終わったあとで、イリカが不思議そうな表情で、
「あの……ゼエルになにか?」
と、言う。ユミがゼエルという名前に反応したので、疑問に思ったのであろう。
ある意味天界から魔界に来たお客様であるユミに何か失礼があっては大変だと思い、気を配っている様子がイリカから伺える。
ユミは、少し悲しそうな表情になり、昔を懐かしむように、
「実は、ルシゼエルという亡くなった幼なじみがいたのですが、その名前に似てるなと」
「『ルシ』があるかないかですね。
嫌な思い出を思い出させてしまってすみません」
「いいえ、大丈夫です」
と、笑顔を作り、そう言うユミ。
ルシゼエルは、ゼエルという名前と似ていて当然だ、と思った。なぜならゼエルという偽名は、ルシゼエル本人が安直に『ルシ』をはずして作ったものだからな! まったく違う偽名を使って呼ばれたときに反応できなかったら大変だ、と思って作った偽名だったが、ここでそのことがあだになるとは。そもそも、こんなに早く天界にいたときの知り合いに会うなんてことは想定していない。いや、誰だって、予見できないはずだ。天界から魔界の学校に留学するなんて相当イレギュラーなはずだ。だから、俺は悪くない。それに、似ているといったって、名前だけだ。まったく同じ名前の他人なんていっぱいいる。今は、見た目が随分と変わって身長が低くなっている。そもそもだ、普通に考えて、死刑をされた天使が転生して魔界に住んでるなんて誰も思わないだろう。だから、問題ないはずだ。むしろ、焦る方が問題だ。落ち着いて普通に過ごそう。そして、生徒会室で用事が終わったら早く帰ろう。
そうして、ルシゼエルは生徒会室について行くことになってしまったのだった。