入学式④
イリカは、会場からルシゼエルを連れ出し、人気がない方向に向かう。ルシゼエルを自分で誘ったにもかかわらず、不満そうな表情をして、
「なんで私が……、なんで私が……、なんで私が…………。
こんなの嫌なのに……、こんなの嫌なのに……、こんなの嫌なのに…………。
私の初めてのデートが、こんな奴なんて……、私の初めてのデートがこんな奴なんて……、私の初めてのデートが、こんな奴なんて……」
と、不満をつぶやいている。
イリカがルシゼエルを誘った目的は、デートに誘うためだった。理由は、ルシゼエルの調査になる。やりたくないが、上司であるスズに命令をされたため。受けたくもない命令だったが、上司の命令だから仕方がなく引き受けた。
受けたくもない理由は、魔法も使えなければ戦闘スキルもないという調査結果になるのが明らかだからだ。まず、ルシゼエル本人が、ちゃんと魔法も使えなければ、羽根も出せない、と申告している。それに、学園に来るまでに、正体不明の敵に襲われたときも、何もしなかった。身に危険があるにもかかわらず。本人の申告と状況証拠がそろっている。であれば、ルシゼエルが魔法を使えない、と断定していいはずだ。
それにもかかわらず、調査しなければいけない。となってくると、デートをして、ずっと一緒にいて、油断するタイミングを待つしかない。それ以外の方法で、いい考えがイリカに思い浮かばなかった。場合によっては、色仕掛けが必要になるかもしれない。とっても嫌だけど。
セントラル学園に入学してスズからの最初の任務。どんなにつまらない仕事であっても、失敗は許されない。そうして、イリカは、これからルシゼエルをデートに誘うところになる。
ルシゼエルは、イリカからありありとあらわれている不満オーラに気が付いている。不満をよくつぶやいたり、八つ当たりをするかのように転がっている石をときどき蹴ってしまったりしているから当然だ。そんなに嫌ならば、やめればいいのに、とルシゼエルは思う。そうすれば、ルシゼエルもハッピーだし、イリカもハッピーだ。
そうして、ルシゼエルが連れてこられた場所は、林の奥だった。
小鳥のさえずりが聞こえてくる。小川のせせらぎも聞こえてくる。
リスなどの小動物もときどき姿をあらわす。
そんな人気のない場所で、イリカはルシゼエルのほうへと振り向き、ギッ、とにらみつける。涙目になっている。嫌なことを必死に我慢している、といった気持ちがルシゼエルに伝わってくる。
そして、イリカは、気持ちを落ち着かせるように、目をつぶり、深く深呼吸をする。
少し時間がたったあと、目を開けて、無理やり作ったような笑顔を見せ、
「わわわわわわわわわたしと、デートしなさい」
「お断りします」
「そうよね。この私に誘われたら、泣いて喜んで嬉しがるものよね…………。
って、えええええええええぇー。
なぜなの? どうしてなの?
この私が誘ってあげたのよ。
喜ぶべきでしょう?
本当は嬉しくて、驚いてしまったから、間違って断ってしまったのよね?」
「違う」
「やっぱりね、この私に手間をかけさせないでよ………………。
って、えええええええええぇー。
なぜなの? どうしてなの?
せっかく、こんなに私が下手に出てあげているにもかかわらず……。
突然のことなので驚いてしまってるのね。
いいでしょう。
もう一度チャンスをあげるわ。
私とデートをしたいでしょ?」
「いや、したくない」
「ようやく素直になりましたわね。
では、仕方がないから今日は私が案内してさしあげますわ…………。
って、なんなの? どうして断るの?
いや、もう理由はどうでもいいわ。
もう、下手に出るのはやめですわ。
もう、力づくでやるしかありませんわね」
「言っている意味がわからないのだが……?」
やな予感がし、たじろぐルシゼエル。
(力づくでやる、っていったい何を?
俺って、魔法も使えないし、軍事訓練も受けてない、って設定をちゃんと伝えておいたよね。
その設定はバレてないよね)
と、思いながら、イリカが何をやろうとするのか見守るルシゼエル。
一方、イリカはドレスのスカートをまくりあげる。
すると、右太ももに黒く太いムチが付いていた。
イリカはムチを取り、準備運動するかのように、振り回す。
木に当たると、皮がむけ。岩に当たると、小さい小石が砕け散った。
イリカは自分の思った通りにうまくいかなかったので、デートに誘うのをやめ、実力行使をすることにしたのだった。それに、イリカは腹がたっていた。自分よりも身分の低いルシゼエルからデートを断られて。普通ではあり得ない。考えられない。
イリカの目的はルシゼエルの能力調査。なので、体に危害をくわえれば、なんらかの行動を見せるはず。もし、ルシゼエルが魔法を使えたって、自分より絶対に力はない。だから、ルシゼエルを絶対に追い詰められる。ただ、ルシゼエルがどのくらい力を隠しているのかわからない。まったく使えないことも考慮し、最初はものすごく手加減する必要がある。万が一、力を入れすぎてルシゼエルを殺してしまったら、大変だ。イリカはそう考えて、ムチをかまえる。
ルシゼエルのほうは、イリカの様子を観察していた。さっき恥ずかしそうにデートに誘っていた人が、いきなりスカートをまくり上げてムチを出すなんて、なにごとか? と不思議に思いながら。ムチを出して振りまわしてるってことは…………、もしかしたら、俺にぶつけようとしているのかもしれない。
もちろん、ルシゼエルが本来の力を出せばイリカにやられることなんてない。だが、今は力を出すことはできない。なので、ここは走って早く逃げ出したほうがいい、と思い、後ろに向いてルシゼエルは走り出す。
すると、イリカは「なっ、逃げるんじゃないわよ」と言いながら、ルシゼエルを走って追いかける。ムチが届くかどうかギリギリの距離をとり、魔法は使わずに身体能力のみで。まずは、ルシゼエルの脚力や持久力の力を見極めてやろう、とイリカは思った。イリカは魔王ルキフグ城の軍人と同じ訓練を受けたことがあり、ルシゼエルなんかに負けるはずがないのだから。
軍人の教官が部下の力を見極めようとするときは、こういった感じなのだろう、とイリカは思った。相手を追い詰めて、徐々に相手の限界を見極めていく。イリカはルシゼエルを追いかけているなかで、少し距離が詰まったときにムチを振った。ちゃんと全力で走らないと、痛い目にあうぞ、という脅しを込めて。
5発くらいルシゼエルの体に当たるかどうかギリギリのところをムチで打ち付けた。だが、魔法を使うような様子はいっこうにない。
イリカはここで疑問に思う。実際に体に危害を加えずにルシゼエルをちゃんと追い込んだと言えるのだろうか、と。ルシゼエルには悪いが数発ムチを打ち込んで痛めつけたほうが、自信を持ってルシゼエルが魔法が使えないとスズに報告できる。
なので、少しルシゼエルに近づき、ムチを振りかぶる。力加減は…………、少し強くやってしまって1週間くらい病院で寝ることになっても問題ないだろう。さっき、私がせっかくデートに誘ったにもかかわらず、断わったことの怒りも込めても。
そうして、イリカがルシゼエルにムチを当てようとしたときだった。
ルシゼエルが急に振り向き、ムチをかわす。そして、イリカに近づいてくる。
ルシゼエルは動きが速いわけではないにもかかわらず、イリカはまったく反応できず、口を手でふさがれ、押し倒されたのだった。