転生①
ーー在人間界天界総督府。
それができたのは、二十年前、人間界に突如として悪魔を崇拝する魔界派の国できたからになる。
魔界派の国は他国に攻め込み徐々に勢力を伸ばしていき、人間界は大きく混乱におちいり、困り果てた国々の王たちが天界に助けを求めたからになる。
天界は人間界の王たちの願いを聞き入れ、魔界派を駆逐するためにできたのが、在人間界天界総督府だった。
そして、初代総督として選ばれたのが、この物語の主人公ルシゼエルになる。
桜の花が咲き、春の陽気の頃、今日はルシゼエルの部下であるブエンが魔界派討伐の進行状況を報告する日になっている。
総督であるルシゼエルの執務室に入ろうと、部下であるブエンがノックをする。
ルシゼエルは、執務室の椅子に座ったまま、「どうぞ」と言って入室を促す。
ブエンはドアを開け、入室し、立ったままで報告を始める。
「現状況は、ルシゼエル総督の予想通りになっております」
「そうか。何か問題は出てないか?」
「いいえ、出てきておりません。
一区切りついたので、正直なのことを申し上げるのですが、ここまでルシゼエル総督の策が当たるとは思っておりませんでした」
「おいおい、上司に向かって言うような発言とは思えないな。
けど、ここまでうまくいっているのはお前たちのおかげだよ」
「いえいえ。ルシゼエル総督のおかげです。
当初、100年はかかるだろうと誰もが思っていた魔界派討伐を、わずか5年で成し遂げてしまうとは」
「なんでも現場に来てみないとわからないこともあるさ」
「そうですか……。
いや、でも、やはりルシゼエル総督のお力が大きいと思います。
今まで何人もの上司に仕えたことがありますが、ルシゼエル総督ほど素晴らしい方はいらっしゃいませんでした」
「そこまで褒められると後が怖いな」
やや、照れたように話を返すルシゼエル。
一方、ブエンはさらに熱がこもり、勢いが増していく。
「いえいえ、褒めているわけではありません。
事実を申し上げているのです。
それに、これは私だけが言っているわけではありません。
在人間界天界総督府に勤めている者全員そう申しております」
「本当かよ」
「本当です。
もっと申し上げると、天界の最高意思決定機関である御前天使議会の空席にルシゼエル総督がなられるのではないか、とみんな思っています」
「俺は御前天使になれないよ」
「そんなことありません。
むしろ、過去の華々しい功績からして、ルシゼエル総督以外ありえません。
名門貴族であるミカエル家に生まれ、純白の羽根を6枚持ち、最年少で地方の長官になり、現在では人間界のすべてを任されている。
このあとはもう、御前天使以外の次の役職なんてありえません!ーー」
『トン、トン』
ブエンが勢いに乗って話していると、ドアからノックの音がする。
ルシゼエルはブエンの話をやめさせるいいチャンスだと思い、「どうぞ」と伝える。
すると、ルシゼエルが知らない男が執務室に入ってきた。
男は身長が高く、服装をしっかりと整えている。表情に乏しそうで、どこかいやな印象を受ける。
男は軽く会釈したあと話をする。
「私は御前天使議会の使いで、エンジエンと申します。
ルシゼエル総督、至急天界に来てください。
天界への門はすでに準備してありますので」
「わかりました」
と、頷きながら言うルシゼエル。御前天使議会の命令であれば、従わざるおえない。
そして、ルシゼエルはブエンの方を向き言う。
「天界に行ってくる。
副総督に伝えておいてくれ」
「わかりました。
もしかしたら、ルナゼエル総督が御前天使に任命される話かもしれませんね。
噂をすればなんたら、というやつですか」
人懐っこい笑顔で言うブエン。
「こらこら、今は2人だけで部屋にいるわけではないんだ。
そういった話はするもんじゃない」
「すみませんでした。
早いお帰りをお待ちしております」
「じゃあ、人間界を頼む」
そうして、ルシゼエルはエンジエンに着いて行き、人間界から天界に行ったのだった。
◇◇◇
ルシゼエルがエンジエンに連れてこられた場所は初めて来た場所だった。簡素に作られた小屋で、中にテーブルが1つと椅子が2つある。ルシゼエルとエンジエンはそれぞれの椅子に座る。
エンジエンは無表情のまま、ルシゼエルが耳を疑うようなことを言い出す。
「ルシゼエル。
天界に背いた罪で死刑になる。
これからの日程はーー」
「待ってください。
私は天界に背いておりません」
「死刑は決まったことだ。
死刑執行書ならここにある」
そう言って、死刑執行書をルシゼエルに見せてくるエンジエン。
ルシゼエルが見ると、確かに御前天使議会の印鑑が押してあり、死刑を告げる文言が書いてある。罪状は、天界に背いた罪、とだけしか書いてない。もっと詳しい内容が書かれていてもいいはずだ。
「ーーありえない。
御前天使議会の本部へ確認しに行く」
ルシゼエルは怒りをあらわにして、立ち上がり、純白の6枚の羽根を広げる。
「座りなさい」
「お前と話していても無駄だ」
「仕方がありませんね」
エンジエンがそう言ったあと、ルシゼエルに紅く光る紐が瞬く間に全身にまとわりつく。ルシゼエルがひきちぎろうとどんなに力を入れても、ちぎることができない。それどころか、羽根消え、体に力が入らなくなる。
「ーーこれはいったい……?」
「天界の秘宝で天使の力を使えなくする道具になります。
名前は……まあ……、これから死んでいく者が知る必要はありませんね」
「ーーくそっ……」
ルシゼエルは、全力で紅く光る紐にひきちぎろうとし続けるが、まったく効果がない。
「もう運命は決まっているのです。
おとなしくしたほうが楽ですよ」
たんたんと話をするエンジエン。
ルシゼエルはエンジエンをにらみつける。
「俺が死刑を宣告をされたなんて信じない。
絶対になにかが間違っている」
「そう言われましても……、決まっていることですから。
さっき死刑執行書を見せてあげたでしょ⁉︎」
エンジエンはそう言ったあと、腕時計を見て、
「おっと、私も忙しい身ですので次に行かなければいけないところがあります。
ここからは、あなたが私の話を聞かなくても、あなたに起こる予定を一方的に話をしますね。
まずは、拷問を受け、1週間後に公開処刑をされます。
そして、死んだあとには……ーー」
と話を区切り、嫌な笑みを浮かべ、
「あの世であなたの両親や兄妹との感動的な再会が待っています」
と、言う。
「何を言ってるんだ?
死んだら感動的な再会にならないだろう」
まったく意味がわからないと、怪訝な声で言うルシゼエル。
エンジエンは嫌な笑みを浮かべたまま、
「おや、ご存知ではなかったのですね。
両親や兄妹がすでに天界への反逆罪で死刑になっていることを」
「ーー嘘だ! 反逆なんてするわけがない」
「本当ですよ。
死んで、あの世で確認すればわかります」
「ーーなっ…………。
くそっ! 俺だけではなく、親、兄妹に濡れ衣を着せて殺すなんて。
絶対に、絶対に許さない。
必ず、必ず復讐してやる」
「天界の秘宝がある限り絶対に無理ですよ。
天使では絶対に秘宝を壊すことはできません。
秘宝が紅く光るのは、天使の血で染まったって言われているくらいですからね」
「そんなことはどうだっていい。
お前も必ず殺してやる」
「はい、はい。
それでは、伝えることを伝えたので帰りますので。
もうじき、腕利きの拷問官がやってくるでしょう」
そう言い残すと、エンジエンはルシゼエルを置いてどっかに行ってしまったのだ。
そのあと、ルシゼエルは激しい拷問を受け、十字架へ磔にされる。
ルシゼエルの体の状況は、意識がかろうじて残っているくらいで、傷が何箇所もでき、すべての骨が折れている。天界の秘宝を使わなくても動くことができないくらい弱らさられている。どうやら、腕利きの拷問官というのは本当のようだ。
ただ、俺が死刑宣告されるなんて絶対にありえない。俺は今までずっと天界の命令に忠実に生きてきた。
御前天使になりたい、という野心はない。だが、天界で最高の役職である御前天使の候補と言われるほど働いてきた自信はあるし、様々な者がそう言ってくれている。
それに、両親も兄妹も、天界に背くはずなんて絶対ない。天界に忠実に生きてきた者たちに濡れ衣を着せ、死刑にするなんて、絶対にありえない。
天界が俺たちを裏切るならば、俺も裏切ってやる。
ーー絶対に天界に復讐をしてやる。なんとしても。絶対に!
ルシゼエルがそう強く心の中で叫んでいると、『ばさっ、ばさっ』と羽根をはばたかせる音が聞こえてくる。ルシゼエルが音が聞こえてきたほうを見ると、蛇に羽根を生やし全身が黒い生き物が空を飛んでいたのだった。ドラゴンの姿に似ている。
『ルシゼエル。そんなに復讐をしたいのか?』
「お前はいったい誰なんだ?」
『おい、おい。最近の若い奴は勉強不足で困るね。
俺様は、魔界の神 サタンだ』
「サタンか……、天使である俺にいったい何のようなのだ?」
天使である自分のところになぜ魔界の神であるサタンが来たのかわからず質問をするルシゼエル。
サタンはニヤリ、と笑い、
『天界に復讐をしたければ、俺と契約しな。力をあたえてやる』
「俺を助けてくれるのか……?」
『ああ、助けてやってもいい。
だが、条件がある』
「条件?」
『すべてを捨てて、俺様の物になりな』
「すべてを捨てて……」
『ああ、すべてを捨ててだ。
俺様も魔界の神だ。色々あって、自由に使える駒が欲しい。
それに、俺様の最終目的は、天界への征服だ。
すべてを捨てたと言っったって、お前の目的は最終的に達成されるはずだぜ!』
ルシゼエルは自分を裏切った天界に何が何でも天界に復讐をしたい。例え、組む相手が魔界の神だとしてもだ。そもそも、明日死刑される自分にパートナーを選ぶ権利なんて無い。むしろ救いの神が現れたことのほうが、幸運だったといえよう。
ーーいいだろう! 復讐のために契約してやる!
ルシゼエルは、心の底から強くそう叫んだのだった。
お読みいただきましてありがとうございました。
感想やアドバイス等頂けますと、とてもありがたいです。
今後ともこの作品をよろしくお願いします。