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差し出された手

「止まれ!」


響き渡る声は、どこか幼い感じがするものの威厳に満ちていた


辺りに満ちていた異常な緊張感が、吹き払われた


思わず動きの止まった兵士達が、小虎(シャオフー)の前に立ちはだかる少年を見詰める


黄金色の髪に、紅いマントを肩にかけた少年


高い身分の子どもであることは、一目で知れたが、現状には不釣り合いな登場に我に返った兵士が怒声をあげる


「危険だ!そこをどけ!」


「この者はすでに戦う意思をなくしている、貴様らこそ引け」


「な、何を生意気な…」


兵士の顔が怒りに染まる



「皇子!」


兵士達を掻き分け、初老の男が少年の前に躍り出た


「ええい、どけ!どかぬか!」


初老の男は、兵士達に怒鳴り付ける


その顔を知る兵士長が、蒼白な顔で膝まづく


異変を察知した兵士達が、兵士長に倣い身を低くすると、初老の男はようやく少年の前に辿り着いた


「皇子!お戯れも大概に…その者は…」


少年が、見つめているのは小さな少女の亡骸を抱えて踞る小虎(シャオフー)の姿だった


さっきまで、魔獣そのものの強さで暴れていたはずが、今はその片鱗すら感じられない


そこにいるのは、傷付き、疲れはてた少年の姿だった


小虎(シャオフー)の前に、少年が膝を折る


腕に抱える亡骸に手が延び、弾かれたようにその手を払う


「こやつっ!」


「よせ!」


初老の男が剣を抜こうとするのを、少年が制した


少年は、威嚇して唸る小虎(シャオフー)の顔を真っ直ぐに見た


整った容姿に、綺麗な碧色の瞳


真っ直ぐな眼差し


蔑むのでも、憐れむのでもない目


人として目を合わせられるのは、もう思い出せないほど遠い昔の記憶


「ちゃんと、眠らせてやろう」


抱えていた妹の亡骸に、紅いマントが掛けられた


傷だらけの体が隠され、妹の面影が甦る


視界が、涙で歪んで何も見えなくなった






目が覚めると、知らない天井だった


慌てて起き上がると、体に包帯が巻かれており、手当てを受けたのだと知った


「目が覚めたか」


声の方を向くと、少年がいた


少年は、小虎(シャオフー)が動けるのを確認すると、彼を伴って部屋を出た


長い廊下を歩き、大きな扉を開くと、そこは大聖堂だった


正面に祭壇が設えられ、床に夕日を浴びたステンドグラスが模様を写している


高い天井に足音を響かせ、祭壇の前に進むとそこには花に囲まれて眠るように横たわる妹がいた


異国のものだが、綺麗なドレスを着せられ、化粧を施されているので傷は見えない


この数年、忘れた日などなかった


少し成長しているが、こうして眠っているような顔は昔のままだ


やっと、会えた


そっと、冷たい頬を撫でる


「助けてやれなくて、ごめんな」


弱い自分が情けない


大切なものを守る強さが欲しかった


強く、なりたかった


ただ、痛みに耐えるだけではなく、守るには強さが必要だと痛感した


強くなりたい


もう、虐げられるのは嫌だ





「この国で、弔っても構わないか」


どれ程の時間が経ったのか、少年が声をかけた


小虎(シャオフー)が妹に最期の別れをするのを待っていてくれたらしい


「帰れる場所もない。でも、オレは文無しだ。費用も出せない」


弔いに金がかかることくらいわかる


奴隷以下、家畜以下の扱いしかされていなかったので、金など持っているわけがない


「もし、許されるなら稼いで返すから、妹を弔って欲しい」


辛い目に遭わせて命まで失った妹


最期くらい、人間らしく丁重に弔ってやりたい


しかし、世の中の暗い部分はいやと言うほど見てきた


自分達のように、魔獣との混血の人間は人間として扱われない


それに、自分は罪を犯している



記憶が定かではないが、人を殺してしまった


怒りに任せ、父の教えを破ってしまった


どんな処罰になるかわからない


それでも、妹だけはどうにか安らかに眠らせてやりたい



「そんな心配はいらん。丁重に弔う、安心しろ」


少年の声に、顔をあげる


少年は、静かに小虎(シャオフー)の前に立った


年は小虎(シャオフー)といくらもかわらないようにみえる


「お前、何者だ」


混乱の中、少年が兵士達を退けたのを覚えている


妹の亡骸にかけてくれたマントに刺繍があった


大聖堂の壁に掛けられた肖像画にも、同じ紋章が描かれている


この少年の身分はなんとなくわかる


「オレはエリュシオン。この国で皇子をしている」


「皇子、様…ね。なるほど、で、オレどーなんの?やっぱ処刑されんの」


少年が皇子と言われても驚きはなかった


むしろ納得しただけだ


妹については、皇子がきちんと弔ってくれるのであればもう心配ない


あとは、自分がどう扱われるのかを確認しておかなければならない


人を殺した罪は、決して軽くはない


しかし、その罰として処刑されるのは絶対に納得できない


あの男は妹を殺し、小虎(シャオフー)のことも殺しかねなかった


もし、厳罰を下されると言うのなら逃げるしかない


「どうもならん」


「…は?」


「どうなるも何も、お前は被害者だからな。正当防衛だろう」


「正当防衛…殺したのに…?」


小虎(シャオフー)は信じられない気持ちだった


家畜以下の扱いしかされていなかった自分を、この皇子は被害者だと言う


エリュシオンが首を捻る


「死んではいなかったぞ、ギリギリだがな」


膝から力が抜けて、座り込んだ


手が震えていて、自分では止めようがない


理性をなくして獣になったと思っていたのに、心の奥底で制御していたのか


それとも、純粋に衰弱していて殺す力がなかったのか


とにかく、小虎(シャオフー)にとっては重要なのは殺していなかったという事実


「あの男は闇の武器商人だから、まだまだ聞かなくてはならないことがある。拷問と尋問のあとはどのみち処刑台行きだ。死んでいた方がましだったかもな」


エリュシオンは、冷たく笑う


どうやら、小虎(シャオフー)と妹に対する暴行の数々も罪に問われるらしい


エリュシオンは、小虎(シャオフー)の前に立った


「お前の身柄はオレが預かることになった。怪我が癒えるまで城で保護する。そのあとは、どうする」


自由の身


夢にまで見た、自由の身


もう、誰かに傷つけられることはない


どこへ行くのも、何をするのも自由なのだ



小虎(シャオフー)の中に浮かんだのは喜びではなく、戸惑いだった


故郷から連れ出されたのは何年も前の幼い頃だったため、自分がどこの出身なのかわからない


どうやって帰ればいいのかもわからない


それに、父はあの時死んでいる


恐らく母も、同じくもうこの世にはいないだろう



そして、自分は異形の存在


魔獣との混血であることは、隠しようもない


異形のものは、排除され、虐げられる


帰る家も行く場所もない現実に、愕然とした


「もし、行く宛がないのなら、ここにいればいい」


途方に暮れた小虎(シャオフー)に、エリュシオンが言う


「お前は強い。まだまだ強くなれる。オレの側で一緒に戦わないか」


「一緒に…?」


エリュシオンは小虎(シャオフー)に手を差し伸べた


「オレの目指す未来に、お前の力が欲しい」


エメラルドの目は、真剣だった


魔獣との混血である自分を、必要だという


得体の知れない自分を、受け入れるという


エリュシオンの言う未来に、希望が見える


暗い、痛みだけの人生に光が差し込んだ


小虎(シャオフー)が、躊躇いがちに手を取ると思いがけない強さで引き立たせられた


「名前、聞いてなかったな」


小虎(シャオフー)は、名乗ろうとして一瞬口をつぐんだ


小さく息を整え、顔をあげる


「オレは紅虎(フォンフー)


今は亡き父の名前


成人する時に受け継ぐはすだった名前


新たな自分に相応しい名前だ


これからは、その名で生きる


夕日が、紅虎(フォンフー)の髪を輝かせていた




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