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傷痕

暗い室内にスクラップ同然に壊された残骸が、時折火花を飛ばし薄煙を上げていた


と隣接された研究室では、水をうったかのように静まり返っていた


「ば、馬鹿な…シルバーグリズリーレベルに設定していたのに、ものの5分で…」



驚愕する研究員に、小さく舌打ちをするとJDはマイクに向かった


紅虎(フォンフー)、もういいぞ。それ以上壊されちゃデータも取れん」


スクラップに足をかけ、人影が軽やかに宙を舞う


「じゃ、オレの仕事終わりね~♪」


音もなく着地を決めると、明るい外へと足取り軽く出ていった



燃えるような赤い髪を見送ると、未だに動かない研究室の部下達に向き直る


「あの程度が紅虎(フォンフー)に敵うか。さっさと回収してデータの解析に入れ」


JDの怒声に、研究員達は呪縛から解かれたように慌てて動き始めた



紅虎(フォンフー)がたった今スクラップにしたものは、熊の魔獣と同等の戦闘能力に設定したロボットだった


対魔獣用戦闘兵器の開発の為、討伐部隊1の戦闘能力を誇る紅虎(フォンフー)に戦わせてデータを集めている


しかし、毎回こうして紅虎(フォンフー)にスクラップにされてしまう結果だった


JDは、まだ煙をあげている壊れたロボットの前に立ち、溜め息をついた




「あら、紅虎(フォンフー)♪今夜の約束忘れないでね♪」


「もちろん♪楽しみにしてるよ~♪」


「虎ちゃん、ちょっと手伝っとくれ」


「はいはーい♪」


一仕事終えた紅虎(フォンフー)は、あちこちで声をかけられる度に愛想よく応え、城を歩いていた



中庭の回廊に出ると、窓の外を眺める人物に気づいた


いつもは厳しい表情を崩さず、射抜くような冷たい目をしているが、今はまるで別人のようだ


自分にも他人にも厳しいエリュシオンが、唯一優しい眼差しを向ける人物


窓の外に誰がいるのか、考えるまでもない


紅虎(フォンフー)は、近くの窓を開けると大きな声で、呼び掛けた


「シ~ルックちゃ~ん♪」


中庭で子ども達と花を摘んでいたシルクが、呼び声に顔を上げた


戦で国を失い、この国に流れ着いたところをエリュシオンに救われた美しい娘


その名の通り絹のような白い肌と、流れるような漆黒の髪を持つ


可憐な外見だが、彼女はこの城で一番の医師である


祖国で進んだ医療技術を身に付けており、治療の為ならば腕を切り落とすのにも表情一つ変えない


おかげで、国中で匙を投げられていた患者が彼女に命を救われた


戦闘で常に最前線に立つ紅虎(フォンフー)も、彼女にとっては常連の患者である


「午後からはJDの手伝いがあるんじゃなかったの」


「もう終わったの~♪俺様、超つえーから一瞬よ~♪でもちょこっと怪我しちゃった~、治療して♪」


シルクは呆れたように溜め息をついたが、窓越しに紅虎(フォンフー)の額の傷を診る


細い指が前髪をかきあげ、真剣な眼差しが注がれる


暖かな海の色


シルクの瞳は、生まれ故郷の海を思い出させる


綺麗な綺麗な、青い色


吸い込まれそうになる


「診療室へ来て。消毒しなきゃ…リオン様」


シルクの目が、廊下の奥に移された


自分から視線が逸れたことを残念に思う


「今、子ども達と花を摘んでいたんです。後でお部屋にお持ちしますね」


手にしていた柔らかな色の花束を、エリュシオンに見せて笑う


綺麗な笑顔だと思った


いつも誰にも優しく、笑顔を絶やさないシルクだが、この笑顔は別物


その笑顔に込められた気持ちは、当人には届いているのだろうか


エリュシオンも、滅多に見せない笑みを浮かべ、シルクの頬が薔薇色に染まる


シルクが背中を向けて歩き出したが、二人の青年はその場に留まっていた


からだの片側に冷たい気配を感じる


「フォン、いい度胸してるじゃないか」


「な、なんのことか、わかんな~い」


ジリジリと距離を開ける


エリュシオンは普段、彼の右腕のことは紅虎(フォンフー)と呼ぶ


子どもの頃のように愛称の“フォン”と呼ぶのは怒っている証拠だ


目の前でシルクと至近距離まで近付いたことが原因だ


彼の愛銃に、弾が装填された音が耳に届いた瞬間、

紅虎(フォンフー)は一目散に逃げ出した




冷静沈着で、感情に乏しいエリュシオンがあんな風に感情をさらけ出す相手は紅虎(フォンフー)だけだ


紅虎(フォンフー)も、それを理解した上であえて行動しているのだった



エリュシオンの追撃から冗談抜きに命辛々逃げ延びた紅虎(フォンフー)は、ようやくシルクの診療室に辿り着いた


「遅いじゃない、そこ座って」


白衣に身を包んだシルクが、無駄のない動きで額の傷の消毒をする


視界の端に黒い毛玉が入った


「よう、琥珀」


シルクが連れ帰った狼の魔獣の仔は、日々成長している


初めはその存在が危ぶまれたが、シルクの躾が行き届いているためか決して人を襲うことはなかった


しかし、あくまでもシルクにしか心を許しておらず、他の人間には愛想がない


紅虎(フォンフー)の声に反応し、少し尾を揺らしたのはまだいいほうだ


他の人間には全く見向きもしない


「相変わらず愛想がないねぇ」


「最近は少し言葉も覚えたのよ。ねえ、琥珀」


「シルク、コハクイイコ」


「そうね、いいこよ琥珀」


シルクに撫でられ、気持ち良さそうに目を細める姿は、少し大きな犬にしか見えない


琥珀はシルクの膝に顎をのせ、勝ち誇ったように横目で紅虎(フォンフー)を見る


「か、可愛くねぇ~」


人に育てられた魔獣は、今のところ問題なく育っている


これだけシルクに愛情をもって育てられているのだから、恐らく大丈夫だ


紅虎(フォンフー)は、治療の礼を言って席を立とうとした


「あら、まだよ。上脱いで」


「やだ、シルクちゃんたら大胆♪まだ日がある内に~?」


おどけて見せるが、シルクの目は真面目だった


「あたしの目を誤魔化せると思ってるの?本当に治療が必要なのは背中でしょう?さっさと脱いで」


なんとか逃れようと試みるが、治療に関してシルクは一切妥協しない


仕方なく、上着を脱いで背中を向ける


シルクが、一瞬息を呑んだのがわかる


その反応は当然だろう


紅虎(フォンフー)の背中には無数の傷がある


切りつけられ、刺され、抉られ、焼かれた傷の痕


ひどい暴行を受けた傷痕は、十数年経っても消えない


地獄の日々をくぐり抜けた体だった


誰にも見せたくなかった


軟派でお調子者の紅虎(フォンフー)が、決して人前で服を脱がない理由



それは、彼の語りたくない過去にあった


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