二週間目
二週間目
直哉は特に意識しなくても、一度持った物を落とさないようになった。それに、集中していれば人にも触れる。目覚ましい成長だ。勉強は苦手な癖に、どうして身体で覚えるものはこんなにも早いのか。今更言っても仕方ないけど、少しは座学の方にその能力を分けてほしかった。僕の苦労を返せ。
学校の皆は、授業中は何時も通りに見える。ただ休み時間になると、皆を遊びに誘っていた直哉がいないから何だかぎこちない。もう少し時間が経てば、新しいリーダーも出てくると思うけど。
僕は直哉が皆には見えないから、休み時間になると教室を出て、屋上に続く階段の踊り場で話をするようにしている。何も知らない皆には、僕が親友を失って塞ぎ込んでるように見えるらしい。時々心配して声を掛けてくれる。そう言う時にはありがとうとか、大丈夫だからと言ってどうにかやり過ごしていた。どうも心配されるのは苦手だ。
裁判はまだ続いているけど、なるべく聞かないようにしてる。母さんたちも、家に直哉がいることは話してあるから協力してくれた。ただ、直哉はその気になったら自分でテレビを付けられる。勝手にテレビを見ないよう、他人の家の電気代を上げるなと言っておいた。今のところ効果は抜群だ。でもどうせ直哉が見るのはアニメだけだし、ちょっと気にし過ぎたかな。
「ただいま、サクさん」
『お帰り裕人』
『サクさん、ただいま〜』
『直哉もお帰り。学校どうだった?』
幽霊になってから、直哉もサクさんを見れるようになった。時々学校に行かないで、サクさんと一緒に散歩してることもある。羨ましい。僕だとサクさんの後を完全に付いていくのは無理だ。だってサクさん、民家を横切ったりするんだよ。
「直哉がふざけて掲示物の位置を貼り替えた以外は平穏無事でした」
『おやおや、直哉はそんなことしたのかい。この悪戯坊主め』
『あいたっ、ごめんなさい』
サクさんにデコピンされて、直哉が仰け反る。素直に謝るくらいなら最初からしなきゃいいのに。
「全く。誰かに見られたらどうするんだよ。あんなの完全に怪奇現象じゃないか。学校の七不思議入りしたかも」
『あはは、でもこれこそホントの心霊現象……ごめんっ、ホントにごめんっ、もうしませんっ』
握り拳を見せたら直哉が空中でスライディング土下座を披露した。着々と一発芸のレパートリーが増えてってる気がするよ。人の気も知らないで、暢気なもんだ。
「あのね直哉。ただでさえ、まだ直哉が、事故に遭ってから二週間しか経ってないんだよ。なのにうちのクラスであんな事が起きたら、面白可笑しく騒ぎ立てる奴がいるかもしれない。確かに掲示板で遊んだのは直哉だけど、僕は、そんな風に直哉の事扱われるの、嫌だよ」
言ってるうちに、どんどん顔が下を向く。やだな、泣きそう。
『裕人っ。ごめんな、俺何にも考えてなかった。もうあんな馬鹿なことしないから、なぁ、泣くなよ』
「泣いてないっ」
泣きそうなだけで、実際には泣いてないよ。勝手なことばっかり言うんだから。
『でも涙目じゃんか。悪かったよ、俺自分のことばっかで、裕人のこと考えてなかった。裕人には俺が見えてるから悲しくないだろうなんて、すっげぇ勝手なこと思ってた』
「……僕だって、悲しいよ。だって、直哉はここにいるのに、皆解らない。でも他の人になんて、話せないよ。絶対変な奴だって思われる。だから直哉にしか話せなかった」
どうせなら、直哉が生きてるうちに話せば良かった。直哉も信じてるって言えば、もしかしたら信じてくれる人がいたかもしれない。そしたら今ここに直哉がいると、言えたのに。
『裕人は、やっぱり優しい子だねぇ。他人の為に泣くんだから。僕の時も、こうして泣いてくれたっけか。懐かしい』
サクさんが頭を撫でてくる。ボロボロ涙が出てきて止まらない。直哉が泣いてる時だってお葬式の時だって泣かなかったのに、何で今頃泣いてるんだろう。
『ありがとうな、裕人。でも俺、裕人とおばさんたちが解ってくれてるだけで充分だよ。だって裕人は俺の一番の親友だもん。裕人が俺のこと解ってくれなかったら悲しいけど、裕人は解ってるじゃんか』
「嘘つきっ、うそ、つき。直哉、泣いてただろっ。いっぱい泣いてた、のにっ」
後は言葉にならなくて、ひたすら嘘つきと繰り返してた。泣き止む頃には目が腫れぼったく、家に帰ったら母親に心配された。何でもないよ、何にもない。ひたすらそう言って部屋に引きこもる。
ただ僕が、何にも出来ないのが悔しいだけ。こんなこと、母さんには言えないだろ。