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第六話/例えば恥ずかしくて嬉しくてそんな気持ち。

 さて、少し困ったことになったかも。――いや、ホントの意味では、困ってないかもしれないけどね。

「カリン!」

「や、アイシア」

 どうしたものかと考えていた時、扉が壊れんばかりの勢いで打ち開けたアイシアが部屋に入ってきた。ただその様子は、心穏やかなものじゃないみたいだけど。

 ちなみに今は、対戦相手を決めるとかでの待ち時間で、控室にと用意された客室の一つに居ますよー。

「どうしてあのようなことをっ!?」

 おぉっ!? かつてない勢い! 微妙にキャラが変わってる気もするけどね!

 なんか、今にもつかみ掛かってきそうな感じで、もはやキス出来そうなぐらい近いアイシアに少しドキドキしつつ、「どーどー」と宥める。

「どうしてって言われても……まぁ、わたしはアイシアが考えているほど、高尚な人間じゃないんだよ」

 言っててなんだか恥ずかしいから、アイシアから視線を外して喋る。ついでに、アイシアの肩を掴んで身体を離す。

「……どういうことですか?」

 気勢が削がれたのか、幾分か落ち着いた声で問いかけてくるアイシア。うーん、正直話すと長いうえに、わたしが話しててダメージを受けるから、ごまかしたいところなんだけど……っていうか、ホント長いし恥ずかしいし時間も無いから、ごまかすんだけどねっ!

「まぁ、全部話すと結構な時間を使うことになるから簡潔に言うと、わたしは短気で自分勝手で子供っぽいってことかな」

「あの、それは特に酷く悪いことなんでしょうか? そういう部分というのは、誰しもあるのではないですか?」

「そうだね、ほとんどの人に当て嵌まるだろうね。だけどわたしは、そんな自分が好きじゃないんだよ」

 自分自身は嫌いだけど、周りの皆が肯定してくれる『わたし』は好き。こんなわたしでも、大切だと言ってくれたり好きだと言ってくれたりする皆が、わたしは大好き。

 だからわたしは、いつも余計なことに首を突っ込むんだ。わたしを見捨ててくれなかった皆みたいに、誰かを助けたいから。……その果てに、今異世界なんて所に来てるみたいだけどね。

「まぁつまり、あそこで我慢が出来なかったのが、わたしの『素』なんだよ」

 そんなわたしの言葉に、よく分かっていないらしいアイシアは、少しキョトンとしていた。……それもそうか。だって、全部を話さないと分からないことだろうし、話しても分かるかどうかって感じだしね。

 何やら考え込んでしまったアイシアに癒されつつ、微妙にちょうどいい位置にある頭を撫でようか悩んでいると、タイミング良く扉がノックされた。

「カリン、待たせたな。ようやく相手が決まったぞ」

 言いながら入ってきたのは、鎧を着けていないラフな恰好のディオルドさんだった。確か、今日はもう鎧を使う仕事が無いとかで、普段着に着替えていたんだっけ。

 ディオルドさんは、入るなりアイシアを見て少し驚いたようだったけど、何かを納得したように溜め息を吐いた。

「アイシア様、何となく気持ちは分かりますが、せめて今ぐらいは大人しくしていて下さい」

「……む。なんですかディオルド、人をお転婆みたいに。私はリファーナとは違います」

「そういう問題じゃありません。今の状況で、カリンにお一人で会いに来るなんて、余計たきつけるようなものですよ。あと、エルリファーナ様とは良い勝負です」

 やいのやいのと会話をする、王女と近衛騎士っていうのも中々妙な光景だよねぇ。二週間の旅で気付いたことだけど、この二人かなり仲がいいんだよね。例えるなら、歳の離れた兄妹みたいな。

 一応公私はちゃんと分けてるみたいだし、本人達がそれで気にしてないみたいだから、別に問題ないけど。

「ディオルドさん、対戦相手が決まったんでしょ? 早く行かなくていいの?」

「あぁ、そうだったな……。ま、そこまで急ぐ必要もないさ。向こうも準備があるだろうからな」

 あ、そ。なら、気にしなくていっか。

 でもまぁ、だからといってのんびりするわけにもいかないので、わたしはとりあえずディオルドさんを促して『ショー』の会場へと向かうことにした。

 一応アイシアも一緒に連れていく。城の中とはいえ、一人にするわけにはいかないからね。……実は隠れた護衛さんがいるみたいだけど、一緒に居るほうが安心出来るし。

「しっかし、お前も中々豪胆というか恐れ知らずというか……貴族連中に喧嘩を売るか、普通?」

「喧嘩なんて売ってないよ? ただ『実力を見せてみろー』的なことを言われたから、『かかってこいやー』って言っただけだもん。売ったのは向こう、わたしは買っただけ。それに、どうせあの中に居た人が戦うわけじゃ、ないんでしょ?」

「そりゃそうだな。一部の貴族以外は戦闘なんて出来ないし、そもそも騒いだ中にそんな気概があった奴は居ない」

「ですよねー」

 道すがら、ディオルドさんが話しかけてくる。しかも会話から見るに、あの時にわたしがしていたことを知っているようだった。

 実はあの謁見の間で、わたしは魔法を使っていた。どうやら、実力がある人は魔法行使を感知出来るらしい。武術派なら空気と肌で、魔法派なら魔力の感覚で分かるとか。といっても、実際の詳しい情報までは読み取れないみたいだけど。

 そこで、あの視線の群れを感じた瞬間から、わたしはレーダーのようなものを発動させたのだ。

 謁見の間の空間認識。どれだけの人が居るのか。明確な敵意の有無は。という三つを調べる平面レーダーを、頭の中に浮かぶようにしておいたのである。しかもそれを、一般人には分からない魔力量に抑えて。

 あと、わたしが一番最初に言葉を口にした時も、前に居た五人だけに声が届くようにした。もちろん、この二つの魔法には敵意が込められていないから、感知されても問題は無い。

 つまり、騒いでいたのはそういうものを一切分からなかった(・・・・・・・)奴ら、ということになる。分かっていたら、多少疑念はあっても山賊の撃退結果に異をとなえなかっただろう。何たって、『魔法士』だからね。

 もちろん、騒いでいた全員が愚者ってわけじゃないと思う。そういう人達は、純粋に素性の怪しいわたしを警戒していたんだろうし。――ま、愚者連中は、全く違う心持ちだったんだろうけど。

「それで、対戦相手って、どんな人? 強さはどれぐらい?」

「名前はナルバル・キー・グリマン。グリマン子爵家の次男だが、実力は中々あるぞ。王国騎士団でも、わりと認められているみたいだからな。そうだな……レイジルを覚えているか?」

「あの副団長さん?」

「そのレイジルと、同じぐらいの実力だと聞いている」

 へー……それはそれは。貴族の坊ちゃんが道楽してるんじゃ、ないみたいだねぇ。何たって、近衛騎士第二師団副団長と同じぐらいだっていうんだから。

 一応、わたしは特訓の時にアイシアの護衛に就いていた騎士さんとは、全員手合わせをしてある。もちろん、レイジルさんともだ。……あの人、結構強かったんだよね。

 ただまぁ、今の(・・)わたしなら何も問題はないけど。

「そんな強い人が来るなら、わたし負けちゃうかもしれないわね〜」

「……どの口が言うか、全く」

 ニヤリという笑みを浮かべるわたしに、ディオルドさんは肩を竦めて溜め息を吐いたのだった。

 そうやって、模擬戦(ショー)についての会話をしたり普通の雑談をしたりしているうちに、いつの間にか舞台――訓練場の前に来ていた。

 王城の敷地の一画にあるとは言え、訓練場は城と微妙に離れている。しかも、かなりの大きさを誇っていた。……いや、ちょっと大きい体育館ぐらいかな?

「カリン」

「ん?」

 訓練場の外観を眺めていたわたしに、今まで黙っていたアイシアが話しかけてきた。

「私は……カリンを素敵な女性だと思いますし、魅力的に感じています」

 ――は? いきなり何を言い出すのかね、この子ってば。

「私を助けてくれた強さも、優しさも、私は好ましく思っています。普段の、少し子供っぽいところも同じく。――私は、カリンが大好きです。だから言います。カリンは、素敵な女性です」

 真剣な表情で言われた言葉に、わたし呆然。多分、口を開けた間抜けな表情になってると思う。――気配で分かるけど、ディオルドさんも同じような感じになってると思う。

 ……多分、場面が違ったら「それってプロポーズ?」なんて茶化してたと思うね、確実に。

 だけど今は、そんなことが出来ない。だってアイシアは真剣に、何も知らないのに、一生懸命考えて、わたしを思ってくれてる。わたしを『肯定』してくれている。

 ――単純に、凄く嬉しい。この世界に来てから初めての『好き』に、表情がどんどん崩れていくのが分かる。多分――いや、絶対に今わたしの顔は、凄くゆるゆるな笑顔になっているって分かる。そして、耳まで真っ赤になっていることも、嫌ってぐらい分かってる。

「あ、アイシア……あの、えっと……」

 わたしは、真剣な『好意』に弱い。軽目のものだったり、状況によるお礼のようなものだったら何でもないけど、こういう風にわたし個人を思ってぶつけられる、わたしを(・・・・)肯定(・・)してくれる(・・・・・)気持ち(・・・)には凄く弱い。

「あ、ありがとう……」

 だから、凄く嬉しくて凄く恥ずかしくて、顔が真っ赤になってるだろうけど……だからこそ、わたしはちゃんとお礼を返す。気持ちを、返すんだ。……まだ少し慣れないけどね。

「――カリン!」

「うわっ!?」

 そしたら、わたしを見て何故かぷるぷる震えていたアイシアが、いきなり抱き着いてきた!

「可愛いです! 綺麗なのに凄く可愛いです!」

「え、ちょっ、あ、アイシア!?」

 うわっ、超恥ずかしい! アイシアが叫んでいる内容もだけど、何よりこの場所でこの状況ってのが超恥ずかしい!

 誰かヘルプ! なんて思っていたら、救いはすぐに与えられた。

「アイシア様、もう少し慎みをお持ち下さい」

 すっごく冷静なディオルドさんの一言に、暴走気味に抱き着いてほお擦りしていたアイシアはハッとしたように動きを止めて、弾かれたようにわたしから離れた。

「ご、ごめんなさいカリン……少し我を失っていたみたいです」

 そう言って顔を赤くしながら謝るアイシアに、思わずクスリと笑みが漏れる。同時に、さっきまでわたしが感じていた妙な緊張感やら恥ずかしさはなくなり、ナチュラルに気持ちが落ち着いていた。

 つまりは、自然体。いつものわたしに戻った気がしたのだ。……まだちょっと顔が赤い気がするけどね。

「ではカリン、頑張って下さいね!」

「ほどほどにな。くれぐれも、やり過ぎるなよ?」

 アイシアは半ば逃げるように、ディオルドさんはそれを追って訓練場へと入っていった。

 いやしかしディオルドさん? わたしが勝つこと前提な言葉をするのはいいんでしょうか? というか、諌めていくな。わたしだって、全力は出さないわよ。

 と、そんな二人の背中を見送りつつ、今までしまっておいた改造キセルを取り出して銜え、火皿に白い粉を入れる。……麻薬じゃないよ?

 スッと勢いよく吸い込むと、微かな甘味と爽やかな清涼感が口に入る。砂糖を混ぜたハッカ。それが粉の正体。最大級に落ち着きたい時、わたしが使う魔法の品物だ。……って、こういう風に言うと、本気で危ない薬みたいだな。

 まぁつまり、わたしの改造キセルは『ハッカパイプ』なんだよね、実は。だから、タバコを吸うような機能はないのだ!

「ふぅ……――よし!」

 頭はスッキリ。調子はバッチリ。心はポカポカ。

 今のわたしは、阿修羅すら凌駕する人をも凌駕するさっ!



「おー、イケメンだねぇ」

 目の前に立つ人物を見ての第一印象は、そんな感じの言葉だった。

 茶髪はやや短めで、甘いマスク。わたしより少し高い身長で、すらりとした身体。……うーむ、モテそうだわこの人。

「貴女が、噂のカリン・ナナカワさんですか?」

「どんな噂かは知らないけど、確かにわたしは華凜・七河だよ」

「なるほど、確かにお美しい女性だ」

 ――さぶっ!? 何今の!? 本気で鳥肌立ちそうだわっ!

「あはは……それはどうもー」

 手をヒラヒラさせ、適当に流して返す。そんな反応が予想外だったのか、少し目を丸くしてふっと笑う対戦相手さん。……あーはいはい、どうせこんな反応も珍しいとかなんでしょ。イケメンだもんね、家柄もいいもんねー。

「それで? どんなルールで戦うのよ、ザハツィンさん?」

「どちらかが戦闘不能になるか、降参するか。また、その判断がされたら試合は終了。武器は何を使用しても構わないが、相手を殺さないようにすること。以上だ」

 多分審判的な役割をするためだろうが、何故かザハツィンさんがわたし達の間に、一歩引いた場所で立っていた。

 そんなザハツィンさんから言われたルールは、確かに分かりやすいものだった。殺しは無しだけど、怪我は容認。武器の制限は無しで、審判もいる。ある意味じゃ、普通の試合だね。

「ふーん。わりと普通だわね」

「実力を見るならば、小細工は無しのほうが分かりやすいだろう」

 スッパリと言い放つザハツィンさん。その声は渋いというよりは重厚って感じで、見た目も相俟って下手すれば子供が泣き出しそうである。

 でもこの人、中々に食えない人物だ。謁見の間であれだけのことをしたのにほとんど動じてなかったし、今もわたしが名前を呼んでもノーリアクションだし。……うーん、出来れば敵に回したくないな、この人。

「見物の人達、何も遮ってないけど大丈夫なんですか?」

「魔法士達が防壁を張っているから、よっぽどがない限り無事だろうな」

 ほほぅ、なら気にしなくても大丈夫かな。確かに見てみれば、なんかちらほらと魔法使いっぽい人達が居るわね。うわー、本職の魔法士見るの初めてだから、ちょっと感動。

「……ふむ、時間だな」

 おもむろに懐中時計を取り出し、ザハツィンさんがそう言って一歩下がる。

 同時に、ざわざわと雑談をしていた外野(ギャラリー)が話すのを止め、ぴたりと静かになった。

「両者、位置へ!」

 一応試合なので、形式的なものがそれなりに存在する……みたい。もちろんわたしはそんなものは知らないので、ザハツィンさんの目配せから察した。つまりは、試合開始の時には互いに距離を開けてから、ってことらしい。

 ふむ。この辺りは、世界が変わっても同じなのか。

 とりあえず適当にそれっぽい場所へ立ち、軽く深呼吸。すると改造キセルから、まだ少し残っていたらしいハッカの味がした。

「両者、構え!」

 その言葉に、相手――確か、ナルバルとか言う人は、何の特色もない剣を鞘から抜いて正面に構えた。……なるほど、確かに実力はあるみたいね。しっかりしてて、ぱっと見じゃ隙がないわ。

 対して、わたしは軽く半身を引き構える。空手の構えを、大分緩くした感じに。その構えに、周りが少しだけざわめく。まさかわたしみたいな小娘が、本当に格闘戦をすると思っていなかったんだろう。

「――始め!」

 それじゃ、いっちょうやってやりますかっ!

戦闘シーンは、長くなったので次回に持ち越しです。

この話――前半部分が、書いてて思いの外長くなりましたんで(笑)

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