閑話/アイシア・ファルク・リーン・ラッツフィラー(前)
幕間。第三王女はかくかたりき(笑)
とりあえず、こっちも書くつもりで第四話まで書いてました。
ちなみに、キャラ崩壊注意(笑)
――最初に見た時は、何かの冗談かと思いました。
夜の闇を溶かしたような艶やかな漆黒の髪。黒曜石を嵌め込んだような漆黒の瞳。見たことも無い簡素ながら決して質素ではない、むしろ最上級の布で作られたと思われる衣服。
そんな服越しでも分かるほど、女性的な身体。何故か短いスカートからは、とても綺麗な傷一つない脚が伸びています。
顔立ちも、まるで名のある職人が作った人形のような――しかし、そんな表現すらおこがましいほど端正でした。美しく形作られた眉。やや大きめで少しだけ吊り上がった瞳。すっきりと立つ鼻梁。みずみずしく、思わず喉を鳴らしそうな唇。
この世のものとは思えない、芸術品のような美しさ。まるで女神様のようで、ただ『美人』というしか無い人物。
そんな、女の私でさえ胸が高鳴り、見蕩れる女性が森の中からいきなり現れたのです。何かの幻と思うのも、状況を考えれば仕方ないこと。でもそれは幻なんかじゃなくて、周りに居た山賊達も突然の闖入者に目を丸くしているみたいでした。
やがて女性は、驚いた表情をしたり何かを考え込むような感じになったりした後、私と視線を合わせました。その瞬間、私の鼓動がドクン! と跳ねた気がしたのです。……何故でしょうか? ずっとあの瞳に私を映して欲しいと、そう思ってしまったのは……。
けれど、そこで私は今の状況を思い出しました。ここには、山賊という略奪を至高と考える愚図が居たことを!
「逃げて下さいっ!」
「※※?」
――この女性が汚される! そう思い叫んだ言葉は、しかしある種絶望を生む結果になりました。
……言葉が、分からない?
女性の口から出たのは、鈴を転がしたような心地良い声でした。でも発せられた言葉は、全く聞いたことがないもの。
「頭ぁ、どうしますかい?」
「どうするもこうするも、女だったら一つだけだろうが」
私と山賊の言葉を聞き、女性が慌ててキョロキョロとし始めます。言葉の意味が分かった、というのではなく、恐らく言葉が通じないことが分かったのでしょう。
「ちっと若くないですかい?」
「ヘッ、若いほうが絞まりも良いだろうよ!」
「ちげぇねえ! それに、中々の上物みたいだしなぁ!」
口々に下品な言葉を並べていく山賊に、怒りを浮かべないはずはないです。しかし、魔法を使おうにも斬られた痛みが邪魔をして、最悪暴発してしまうかもしれません。それでは、本末転倒というものです……。
やがてキョロキョロしていた女性の視線が、私をまっすぐ捉えました。ただその雰囲気は、徐々に変わっていきます。――とても恐いものに。
それに気付いていないのか、山賊の一人が女性に近付いていき、手を伸ばしました。そしたら、女性の視線が私を離れその山賊へと向き――なんと女性が山賊の手を掴み、一瞬で投げ飛ばしてしまいました!
明らかに身長も体重も上の男を、装備込みにも拘わらず軽々と投げ飛ばしまいました。流れるような動きは見たことがないものですが、何かの武術だというのは想像出来ます。……ということは、この女性は冒険者なのでしょうか?
そんな女性は、投げた山賊などもう忘れたかのように私に顔を向け、とても綺麗な……それでいてどこかかわいらしい笑顔を浮かべました。
「※※※※※、※※※※」
思わぬ女性の実力に驚いていた私は、その笑顔を見て別の意味で驚きました。何故なら、私を安心させようという気遣いが、何となく分かったから。
それからは本当に、あっという間の出来事でした。
『頭』と呼ばれた、恐らく首領を蹴り一発で倒し、その次に斬り掛かった男は舞うような動きで剣を避け、上段の蹴りで吹き飛ばします。その時に淡い赤色の下着が見えてしまい、状況も忘れて私の鼓動がまた跳ねてしまいました。
それからも女性は、山賊を全員一撃で撃退していきましたけど、一回だけ魔法を使いました。何かを叫んだ跳び蹴りと共に使われた魔法は、教練のお手本にしたいぐらいに綺麗に発動していました。……格闘術と同時に魔法を使うなんて、本当に女神様なんでしょうか。
そうこう考えていると、女性がこちらに向かって歩いてきてて――思わず一歩下がってしまいました。仕方ありません、だって間近で見ると心臓が爆発しそうになるほど綺麗だったんですから!
でもその行動は、女性を悲しませてしまったようで、ピタリと立ち止まり困ったように頬を掻いてしまいました。
「ち、違いますっ」
「※※※?」
自分自身、何をしたのかも何を言ってるのかも分からず、気付けば女性の手を掴んで見上げていました。すると女性は、また分からない言葉を口にして驚いたようです。
……忘れてました。言葉が通じなかったんでした。
「い、今のは別に貴女が怖かったというわけではなくて――」
それでも、私は言葉を続けます。伝えなければいけないことでもありますし、言わなければ気が済まないことでもありましたから。
「貴女の美しさに気後れしたと言いますか――って、私は何を言ってるんでしょうか!?」
あぁ、自分でも支離滅裂な言葉を口にしていると、ハッキリ分かります……。でも混乱して、考えるより先に口が動いているのです。
……もはや、制御不能な自分に泣きたくなります。これでも王家の人間なのでしょうか、私は……。
「え、ふぇっ!?」
すると気付けば、私はすっぽりと女性に抱きしめられていました。いきなりの出来事についていけず、混乱の極みにいた私の身体は勝手に腕を振りほどこうと動き出してしまいます。
しかしその腕はほどけることはなく、私の頭を何かが撫でていきました。
ビクリと勝手に反応した身体でしたが、二度三度とその感触が続いていくと女性が私の頭を撫でているのだと分かりました。
……なんという人でしょうか。あれほどの出来事があったのに、この人は私を気遣って慰め、落ち着かせようとしてくれているようです!
それが分かった途端、身体の力が抜けていき今まで分からなかったことを分かるほど、落ち着きを取り戻しました。――いえ、この人の温もりと優しい匂い、柔らかさが私を落ち着かせたのです。
やがて身体を離された時には、私は何も考えられないぐらいにポーッとしてしまい、女性をその状態で見上げていました。すると何故か女性は固まってしまい、二、三歩ほど下がり深呼吸を始めてしまいました。……はて? 何かあったのでしょうか?
しかし、森の中からの音に我に返ります。――そうでした、まだ山賊が居るのかもしれないんでしたね!
でも向けた視線の先から出てきたのは、見覚えがある白い全身甲冑でした。
その姿にホッとしたのもつかの間、女性は私を庇うように動いたのです。女性にとっては、彼が敵に思えたのでしょう。
私が「違います!」と言おうとした瞬間、彼の右手が閃きました。その剣筋は――私と女性の間!?
驚きで声を出せなかった私でしたが、幸いその剣は当たることはなく女性は回避を優先したので無事のようでした。そして入れ代わりに、私の姿を隠すような位置で女性へ立ち塞がった彼は、警戒を緩めず剣を構えました。
「アイシア姫、ご無事でしたかっ!?」
「ディオルド! 貴方はなんということを!?」
「――は? いえ、姫様、何を言っておられるのですか?」
「その方は敵ではありません。私を助けて下さった恩人です」
あぁ……本当になんということを……。無事だったから良かったものの、もしあの方をキズモノにでもしてしまっていたら、私の持てる権力を使ってでも地獄を見せてました!
「そもそも、あの方の女神が如き美しさが分からないのですか!? 刃を向けることすらおこがましい!」
「姫様!? ご乱心ですか!? 確かに、あの女は整った顔立ちをしていますが……」
「私からあの方を奪うつもりですか!」
「なんのことですかアイシア姫!?」
あぁ、やはりあの美しさは人を狂わせるのですね……。馬鹿みたいに真面目なディオルドまで、あの人に魅せられるなんて!
でも駄目です! あの人は私のです! あの柔らかさといい匂いは私のものなんですからっ!
そうして少しばかりの時間は、何を言ったのか余り覚えていません。考えていたことも、あまり覚えていません。覚えているのは、何故かディオルドと言い争いをしていたことぐらいです。
しばらくして落ち着くと、そこには信じられない光景がありました。なんと女性の肩に『神鳥』が止まっていて、しかも女性は会話をしているようでした。
「『神鳥』と、会話をした……だと?」
傍らで驚愕の声を上げたディオルドの言葉と、私も気持ちはほとんど一緒でした。でも女性は、それがどういうことか分かっていないようで、かわいらしく首を傾げていたのでした。
その後互いの誤解も解け、馬車に戻り街への道程を急ぐことにしました。まだ日も高いので大丈夫でしょうが、のんびりしていたら日が沈むまでに着かないかもしれませんから。
裏切り者の御者の代わりには、近衛騎士の一人がついていて、ディオルドは警護のためと言って一緒に乗っています。……先程のようなことがあった後なのでしょうがないのでしょうが、恐らくディオルドはこの女性を警戒しているのでしょう。謝罪はしていますし敵とは思っていないのでしょうが、それでもすぐに信じることが出来ていないようです。
……いえ、もしかしたら、この人が何者か見極めたいだけかもしれません。だって、『神鳥』にも臆さず会話までしていたのですから。
この大型王家専用馬車は、王族や客人が内部で不自由をしないよう部屋のようになっています。椅子はソファーのように柔らかく、お茶も出来るよう机があったり揺れが無かったりしています。……まぁ、今は侍女が居ませんし『神鳥』が机に乗っていますので、お茶は出来ませんけど。
やがて女性が状況を聞かせてほしいと、丁寧な口調で問い掛けてきました。命を助けていただいたので、最低限のことはお話する予定でした。だからそれは、特に問題はありません。
けれど、話し始めた瞬間に、いきなり女性から制止の声がかかりました。それに思わず目を丸くする私でしたが、謝罪と断りを入れてきた女性はとても真剣な声音をしていました。
まず確認をしたいということで聞くと、「ここは『にほん』じゃないの?」という質問がされました。私が思わず「に……ほん?」と聞き返すと、女性は表情を強張らせて固まってしまいました。
それが心配になって今居る場所を口にすると、女性の顔色が少しだけ悪くなった気がしました。やがて女性は天を仰いでしまいます。
「そーだよねー……薄々感じてはいたんだよ、何かおかしいってさ。さっきのも映画の撮影にしては生々しすぎたし、リアルにフルプレートなんて着てる人間が居るし。何より、言葉が全く聞いたことがないんだもん。いくら分からなくても、ヨーロッパ系の基本的な公用語なら何となく聞いたことある感じはするだろうしさぁ」
天を仰ぎながらの言葉は何一つ意味が分からず、私は何を言っていいのか、そもそも話し掛けていいのか困ってしまい、結局無難な言葉をかけていました。でも私の言葉に返事はなく、女性は何かを考えるようにじっとしてしまいます。
やがてこちらを向いた顔には、先程までとは『何か』が違う表情を浮かべていました。そして聞いてほしいと言われた話は、とても信じられるようなものではありませんでした。
けれど私は、女性の話を信じようと――信じられると思います。
……確かに、『けーたいでんわ』と言う凄まじい技術が使われた機械や、女性の国のお金を見たということもあります。けれど何より、この女性がわざわざこれほどまでに精巧な作り話をする、理由が見付からないからです。
女性にも「私は貴女を信じます」というと、逆に驚かれました。それからいくつかやり取りをして、信じるに値する理由を述べていくと、次第に女性も納得をしていったようです。
……ただ、最後に一番思っていることを言うと、女性は「うにゃぁぁぁぁぁ!」と叫び、悶えてしまい、背もたれにボフッと倒れてしまいました。……はて? 私は何か、変な事を言ったのでしょうか?