第一話/例えば誰かに助けを求められたら。
この小説は、基本的に一人称視点で進んでいきます。
――ピピ――ピ――ピ。
…………んぁ……?
ピピ――ピ――ピピピ。
……なんか……おとが……。
ピピピピピピピピピピ――!!
「うわひゃぁっ!?」
なに、なにごと!? 火事!? 地震!? オヤジ!?
「それとも、ついに巨大ロボが攻めて来たの!?」
けたたましく鳴り響く高い電子音に、わたしは攻撃に備えてシュバッと素早くベッドから起き上が――ってから、ふと目に入った目覚まし時計の頭を叩く。すると、今までの煩さが嘘のようにピタリと音が止む。
なんのこたぁない。普通に、今の音は目覚まし時計君が仕事をしていただけだったようだ。
「あー……しまった。昨日、目覚ましかけちゃってたんだ」
ポツリと呟き、あくびを隠すことなく盛大に漏らし、一仕事終えた目覚まし時計君を引っつかむ。デジタル表記のそれには、六時ジャストと出ている。……あ、一分になった。
そんな目覚まし時計君を定位置に戻し、ベッドから出て伸びを一つ。――してる最中に、またしてもあくびが漏れた。
「あふぅ……流石に眠いわね……」
学校がある時ならいざしらず、今は夏休み二日目。つまり、こんな時間に起きる必要はないのだ。
でも、普段この時間に起きてるから、ついつい目覚まし時計をセットしていたみたい。まぁ、昨日夜更かししたわけじゃないから問題はないけど……なんか微妙に損した気分かも。
「あー、なんか起きぬけに変な事言った気がするけど……まぁいっか」
きっとお兄ちゃんの影響だろうし。昨日も、また新しいロボットゲームを押し付けてくれたし、多分それのせいでしょ。
「……とりあえず、顔洗いにいこ」
……あれ? というかわたし、なんか独り言多くない?
「ねぇ華凜ちゃん、今日は誰かと遊びに行かないの?」
そんなことをいきなり聞いてきたのは、お母さんだった。
現在時効は朝の九時。所はリビングのソファー。そこでわたしは、お母さんの質問に首を傾げて言葉を返す。
「どして?」
「だってぇ、昨日もほとんど家に居たし、出掛けてもコンビニとかランニングとかだったじゃない? 夏休み入ったばっかりなのに、誰とも遊ばないからお母さん心配しちゃって……」
おいおい……何を言ってますかこの母上様は。それって実際口にしなくても、「友達居ないの?」って聞いてるじゃないか。いや、もしかして恋人の心配か?
「単に予定が合わないだけだよ。りっちゃんは夏休み早々に家族で旅行に行っちゃったし、まーりんは補習のせいで一週間ちょい遊びに行くの禁止だって。散々愚痴られたし、多分今頃教室でだれてるんじゃないかなぁ」
うわぁ、言ってて何だけど、凄いその光景が思い浮かぶわ。
思わず頬を緩めていると、二十代にしか見えない四十二歳な母上様は、自分の頬に手を当てて首を振った。……何ですか、その『やれやれ』って仕種は。溜め息吐きながらとか、完璧にそうとしか考えられないじゃないの。
「やれやれ……まったく、この子ってば」
ちょっ、実際に口にしましたよこの人ってば! 相変わらず、遠慮をしない母上様だこと!
「そうじゃないわよ。恋人よ、こ・い・び・と! お友達が居るのは心配してないわよ、何度もあの二人は遊びに来てくれてるし」
あー、そっちか話題。まぁ言われてみれば、確かに友達関係で心配しないわよね。遊びにもしょっちゅう行くし、向こうの家に泊まりに行ったりわたしの家に泊まりに来たりも、案外頻繁だし。
しっかし……恋人ねぇ。
「いやぁ、わたしに恋人は無理でしょお母さん。のり君とかお兄ちゃんならまだしもさ」
そう。幼なじみののり君やお兄ちゃんは、ぶっちゃけモテる。告白とかも、のり君は頻繁にされてるし、お兄ちゃんも学生時代にちょくちょくされてたらしい。だから、恋人が出来るならそっちだろう。……本人達には、その気はないみたいだけど。
対して、わたしは告白なんてされたことがないし、そんなそぶりすら感じたことがない。むしろ、のり君と一緒に居ることが多いから、殺気をビシビシ感じてるけどね……。
「まったく、周りの子も見る目がないわねぇ」
はぁ……と溜め息を吐く姿と台詞には、スッゴい既視感。りっちゃんとかまーりんとか、よく同じような感じになって同じような台詞を言うもの。でもそれがなんでかは、わたしには全く分からないんだよねぇ。
「もう二年生なのに、浮いた話が一つもないのはちょっとねぇ」
「いや、あんまし関係ないんじゃないかな、そういうのは」
「そう? 普通学生って言ったら、恋したり部活したりじゃないかしら。しかも高校生なら、大体恋愛ばっかりじゃない?」
「それはかなり偏見入ってまするよ母上様」
というか、この話の流れは少しマズイかも。お母さんってば、こういう話題すると長いんだよねー。昔っからお兄ちゃんが捕まってる場面をよく見てた経験からすると、最悪一時間を越える時があるもの。何せ、お母さんの恋愛観からお父さんとの馴れ初めまで話題が進んだり、色んなことを根掘り葉掘り聞こうとしてくるんだから、長くなるのも当然かもしれない。
……過去一度、わたしも味わったことがあるけど、終わった後にお兄ちゃんがげっそりしてる理由がよーく分かったわ。出来れば二度と味わいたくないぐらいにね……。
しかし、これを回避する唯一の方法を、わたし達兄妹は知っている。いや、むしろ編み出したと言っても過言ではない! ……たまに失敗するけど。
そしてその方法とは、すなわち――
「あー、家に居てもしょうがないし、ちょっと散歩に行ってくるね!」
逃・亡!
素早く立ち上がり、脱兎の如くリビングから去る。何だか後ろで「もう、しょうがないわね」とか聞こえるけど、気にしない。何だか苦笑気味な声だけど、気にしなーい!
そうして危機を脱出したわたしは、軽快に階段を上って自分の部屋へと帰還する。外に出るには、少しばかり向かない恰好だったからね。具体的には部屋着だけど。
手早く服をベッドへ脱ぎ捨ててから、クローゼットを開けて中を見る。といっても、何百着もあるわけじゃないけどね。
適当に今の気分でちゃっちゃと選んだ結果は、白いノースリーブシャツとライトグリーン&モスグリーンの同系統二色なチェック柄ミニスカート。ちなみに下着は、ちょっとフリルが付いてる淡い赤色。
お風呂には朝食食べた後に入ったから、身体はバッチリ綺麗綺麗さ!
「あ、ついでにあれも着よっと♪」
思い付き、クローゼットからもう一着取り出したのはフード付きのサマージャケット。緑色が淡く付いてる程度のこれは、今年みんなで海に行ったとき着る用に買ったもので、ちょっとお気に入りだったりするのだ。
それら一式を着て箪笥から靴下を出して履き、机の上に置いてあるものを掴んで部屋を出る。でもまだ外には出ない。まずは洗面所が次の目的地だ。
鏡に映るのは、平均より少し高い身長の艶やかな長い黒髪を持つ少女――って、こんな風に言うとナルシストっぽいな。でもわたし自身、この髪はちょっと自慢だったり。
ただ、お尻ぐらいまで長さがあるから、維持するのが結構大変なんだよね〜。気がつくと枝毛が出来てたりするし、濡れると乾くの遅いし。「綺麗だね〜」とか「羨ましい〜」とか「憧れる〜」とか言われるけど、実際には苦労があるんですよ? 多少頭も重いしね。
そんな自慢の長い髪。下ろしたままにはいたしません。寄せて集めて、左側で纏めるとぉ〜〜はい、サイドポニーの出来上がり!
細いリボンで束ねたら、崩れてたりバランスが悪かったりをチェック……うんOKみたいね。んで、最後の仕上げにリボンを貫かないよう位置に気をつけて、桜と椿の装飾をあしらった簪をそれぞれ一本ずつ挿して完成!
「……よし、今日も決まってるぜ!」
出来の良さに、鏡の中のわたしも笑顔を浮かべる。
ちなみに化粧はしていない。まぁ、普段からしてないんだけどね。
スカートのポケットから携帯を取り出して時間を見ると、すでに十時に近かった。うーむ、微妙に時間を食ったなぁ。
「じゃあ、行ってくるねお母さん」
リビングのドアを再び開けて、中を覗き込むようにして声をかける。
「行ってらっしゃい華凜ちゃん。お昼ご飯はどうするの?」
「んー、それまでには帰ってくると思うよ。公園に行くだけだし、予定としては」
「分かったわ。車に気をつけてね〜」
「わたしは小学生かっ」
さて、行ってきますの報告とツッコミも完了したし、外へ繰り出しますか〜。
散歩用の動きやすい靴を履きながら、ガチャリと音を立てて玄関のドアを開く。すると夏特有の熱波な風が、むわっとするような空気を入れてくる。それに構わず外に出ると、今度はまるで親の敵と言わんばかりのギラギラな陽射しが照り付けてきた。
「うーん、夏だねぇ」
呟きながらお向かいさんをチェック。いつも止めてある自転車が無いってことは、今日はのり君お出かけなんだ。……なんかイベントあったっけ? ゲームの新作発売日か漫画とかの新刊が出る日?
「ま、いっか」
結局考えても分かんないから思考放棄! というか、スケジュールなんか事細かに把握してませんよ、わたしオタクじゃないんで。
確かに、男の子系の漫画とかゲームとか、人並みより少し詳しいけどそれは取り巻く環境だったり、好きなだけだもん。オタクってレベルまでは、踏み込んでないもんね、まだ。
「って、わたしは誰に向かって言い訳してるんだか」
思わず出る苦笑をそのままに、トントンと爪先で二、三回床を叩く。そしてターンして玄関に鍵をかけ、改造キセルを銜えてからようやく目的地へと足を向けた。
◆◇◆
わたしが――わたし達が住んでいるのは、とあるベッドタウンの一画だ。まぁ、わりかし端のほうだけど。
両親に聞いた話だと、駅とか都心部に遠いから安くなってたとかで、進んで端のほうを買ったらしい。ちなみに物件で間取りが違うということはなく、どこも少し大きな一軒家という規模だから、安いほうがいいじゃないという母上様の意見にお父さんが押し切られたらしい。まったく、昔からそんなんだったのか力関係は。情けないぞ父上様。
それで、ご近所の中で特にのり君の家と仲良くなり、家族ぐるみでのお付き合いが現在まで続いているということだ。
しかしこの立地、確かに都心部へは遠くなっているが、逆に併設されている自然公園にはかなり近くなってたりする。
ベッドタウンの住民に憩いの場所として用意された自然公園は、目論見通りに大人気でランニングする人や散歩する人、はたまたデートをする人など多種多様な盛況ぶりを見せている。まぁ、わたしもその一人ではあるけど。
「そういえば、前にまーりんから聞いたけど……夜も大人気らしいわね、この公園」
なんというか、皆さんスキモノですこと。
「おー、華凜ちゃんじゃないか。今日は散歩かい?」
わぁ、唐突に知り合いにエンカウントだ。
「こんにちわー、山本のおじさん。はい、今日は――というか、今は散歩です。ランニングは朝に済ましたので」
「そうかぁ。熱中症とかに気をつけてな〜」
「ありがとうございますー。おじさんも気をつけてくださいね〜」
手を振って去っていく山本のおじさんに、わたしも手を振り返す。いやぁ、今のご時世にここまでご近所付き合いしてる地域も、中々に珍しいかもしれない。というか、わたしの個人的な知り合いなのかも? 大体がランニングとか散歩とかで知り合った人達だし、住所知ってる人も全然居ないしねぇ。
「……ん?」
おじさんと別れてから歩き続けてて、気付けば森林エリアに来ていた。でもまぁそれ自体は別にいい。散歩用コースの一つだし、元々こっちに来る予定だったから。
ただわたしが不思議に思ったのは、こっちに飛んでくる一匹の鳥だ。その鳥はまっすぐ迷わずわたしに向かってきていた。
「おぉー……」
間近に迫った鳥に、思わず感嘆の声が出る。何故なら、物凄く綺麗な姿をしていたから。
街で見るような鳥類じゃなく、猛禽類のような力強い外見。灼熱の焔みたいな緋色の羽。長い尾羽。頭部から伸びる、一房だけある青く長い毛。サファイアのような瞳。――全てが芸術品のみたいな綺麗な鳥だった。
「……おいで?」
我知らず語りかけながら右腕を向ける。すると、何一つ迷わず、怯えず、警戒せず、腕に止まった。しかもどういうわけか、爪の痛みが全く感じられない……気遣ってくれてるのかな?
「ふふ。君、何処から来たの? この辺……というか日本の鳥じゃないよね?」
そんな問い掛けに、鳥君は高い声で一鳴きして答えてくれた。うーん、鳥の言葉は専門外だから、何を言ってるのか分かんないわね……。
『――――』
……んん?
「今、何か聞こえたような気が……?」
人の声みたいなものが聞こえた気がして、キョロキョロと周りを見る。でもそんな雰囲気はなくて、いつも通りの散歩道があるだけだった。
「気のせい……かな?」
『た――て――い』
――っ!? 違う、勘違いじゃない。確かに人の声だ!
「……誰? 誰か居るの?」
『――すけて』
「上手く聞こえない……。何が言いたいのっ!」
『誰か、助けてっ!』
「っ。待ってて、今助けに行くから!」
人の声……それも、女の子の声がはっきり聞こえた瞬間、わたしの中から不気味に思っていた気持ちが消えた。こんなにはっきりと助けを求められたら、『助ける』以外に選択肢なんて浮かばないわよ!
でも、声が聞こえる方向が全く分からない。何故だか分からないけど、至る所から聞こえてくる感じがする……!
捜す最中も女の子の声は途切れることはなく、どうにも出来ずに焦ってきはじめたとき、今まで大人しかった鳥君がばさりと飛び立った。いきなりの出来事に少し呆然としたわたしに、高い鳴き声がかかる。
「着いてこい……ってことなのかしら?」
むしろそれ以外考えられない。何故か、否定の思考は浮かばなかった。
「頼んだわよ、鳥君!」
今まで銜えていた改造キセルを落とさないようにポケットへ入れ、先を飛ぶ鳥君を追い掛ける。大丈夫、足は速いほうだから、置いていかれることはない――はず!
そうして走り始め数分、いつの間にか獣道のような場所を進んでいた。あの自然公園は、元々ある里山を使ったものだから実はこういう道もある。ただし、奥のほうだけだけど。
……ということは、さっきの声は迷子になって変な場所に行っちゃった子の声が、風に乗って遠くまで聞こえてきてたってこと?
ちょっとした仮説を立て終えた辺りで、いきなり生えている草の高さやら種類やらが変わった気がした。いや……高さは確実に変わってて、大分高くなっている。
――いやまて、いくらなんでもそれはおかしくないか? というか、いつの間にか鳥君の姿が無くなってるし!?
「ちょっ、素人の二次遭難なんて、シャレにならないわよっ!」
ヤバ、このままだとわたしまで危ないじゃないの。のり君とお兄ちゃんに、また呆れられて怒られるコース!?
嫌な想像が頭に浮かび上がり、意図せずして足の進みが落ちていく。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
「――っ、今のは!」
落ち込みかけていた足を再び奮い立たせ、今度は位置が分かるぐらいにはっきりと聞こえた声の方向へ向かう。
今のは、誰がどう聞いても悲鳴だ。しかも、わりと切羽詰まる感じのやつ!
そうして草を掻き分けながら走ると、すぐに森を抜けた。どうやら、かなりの距離を走っていたらしい。
急に開けた場所に出たことによる明暗の差に、一瞬顔をしかめてから手を翳し、庇を作って瞬きを二、三回して目を慣らす。その効果はすぐに現れ、白かった視界は平常に戻り目の前に広がる光景を映し出す。「なっ――」
でもわたしは、そんな光景に言葉を無くしてしまった。
そこには――一人の女の子を、山賊みたいな恰好をした奴らが取り囲んでいるという、信じられない光景があったからだ。