第十一話/例えばただいま王都散策中。
お待たせしました!
「さてさて、次はどこに行こうか?」
今まで居たお店を出て、身体を伸ばして解しながら隣に立つリファーナへ問い掛ける。
「そうですわね……冒険者として必要そうな場所は最低限見て回りましたし、あとは見るなら、生活面で使うようなお店ですわ」
そう言いながら、リファーナは『少し考えてます』という感じに顎へ人差し指を当て、小首を傾げる。……抱いていいかな? ――いや、街中だし。それは駄目だろわたし。
というかね、そんな可愛い仕種をしながらミミをピコピコ動かさない。襲われても知らないわよ? 誰々が襲うとかは、あえて言わないけどさ。
「ふーむ。生活面とかなると、下手すれば家が出来るまでお世話にならないかもしわね〜」
生活面……まぁ、食料品店とか消耗品とかのお店だろうけど、実質今のわたしは王城で客分扱いという名の居候だから揃える必要がないんだよねぇ。むしろ、下手に揃えれないし。
服だって、王妃さん達からいっぱい貰ったから当分無理に買う必要ないし。――趣味に合うもの以外ね。
そもそも、わたしには何かを買うようなお金が今無いんだよね。元々こっちのお金持ってないし、お小遣をせびる相手も居ないからねぇ。
まぁ一応、王妃さんか国王さんに言うって手もあるけど、普通に考えて除外する選択肢なんだよ。だって、あそこにあるお金はわたしが使っていいようなお金は、一文も無いから。……ま、その前に、多分渡してくれないだろうけどね、あの人達なら。
……いや、渡してくれるかもしれないけど、その場合『報酬』として貰わなくちゃいけなくなるはず。だけどそれは御免だよ。わたしは別に、そんなもののためにアイシアを助けたわけじゃないもの。
だから、わたしが『報酬』を受け取るとしたら、国王さんから言われた例の仕事をしての『給料』だろうね。それなら、正当な対価だし。
「まぁ、とりあえずブラブラしよっか? 街を見るのも、目的の一つだし」
わたしのそんな提案にリファーナは特に反論が無いみたいで、素直に頷きながら返事を返してくれた。
良かった良かった。流石に、広いこの王都を一人で歩くのはまだ勘弁願いたかったのよね〜。
「そういえばカリン様? 今までのお店では何も買わなかったみたいですが、何故ですか?」
「普通にお金が無いからね、買う買わないじゃないもの」
「……そうなのですか? 私はてっきり、お父様かお母様に頂いているものと思っていましたわ」
「今のところ、貰ったのは王妃さん達からの服だけだよ。ある意味だと、これも予想外のものだったけど」
まぁ、思惑的な部分が入る……かもしれないけど、国王さんから直接何かを貰うよりは周りに言い分を押し付けれるよね、これだと。だってわたしは、一切の着替えを持ってなかったんだから。
わたしの今の立場……というか、わたしがアイシアを助けた人間っていうのは周知だろうし、これからの事は色々国王さんから貴族やら何やらへ伝わるだろうし。だったら、生活に絶対必要な部分では阿呆連中もあまり言えないでしょ。
というかね、服に関してはわたしも困ってたから凄い助かったし、何かを言う前に贈られたからわたしの意思は関与してないもの。これに突っ掛かってくる奴は、流石に居ないでしょ。
……まぁ、王妃さんから何かしらを受け取った、っていう事実は覆せなくなったけどね。
「そうだ。服のお礼も言わないと」
あれだけ服を貰って何も言わないなんて、失礼にもほどがあるからね。
「リファーナ、どうすればあの二人に会えるかな?」
とか言っても、一介の客分が気軽に王妃と会えるなんて思わないから、隣に居る最大のコネを使ってみる。――いや、むしろあの二人ならウエルカムかもしれないけど、要らぬ誤解やら噂やら警戒やらを広めないようにしないとね。主に、わたしの平和のために。
「それならお任せ下さいませ。ちゃんとお母様達に伝えておきますわ」
「ありがと」
よし。向こうからなら、会うのも特に問題はないでしょ。リファーナなら、間違いなく伝わるだろうしね。
ま、会えるかはまだ分からないけどさ。王妃さん達も、何か仕事があるだろうし。
「あの、カリン様。話は変わりますけど、その銜えているものは魔法具なのですか?」
「ん? 改造キセルのこと?」
「名前は分かりませんが、それのことですわ」
んー、確かに今じゃ魔法具になるのかな? チート的スペックによる魔法がかけられてるし。
というか、こっちにはキセルないのかな? それともリファーナが知らないだけ? いや、でも、今まで誰も改造キセルに触れてないってことは、珍しいものじゃないってことだよねぇ。むしろ逆に、珍しすぎて触れられないのかな?
まぁとにかく、聞かれたなら答えましょうか。
「確かにこれは魔法具になると思うよ。こっちで手に入るか分からないから、色々壊れないような魔法をかけてあるしね」
「ご自身で作られたのですか!?」
「物は違うよ? 昔から持ってた私物だから」
とか言って補足を加えるけど、リファーナはあんまり聞いてなかったみたい。目を丸くしたまんまだし。
「……カリン様なら、職に困るということはなさそうですわね」
「そう?」
「えぇ。魔法具を作れる職人というのは、特別多いというわけではないのですわ。しかし、その需要は生活に使われるものから冒険者が使う小道具、武器防具まで多岐に及んでいて、腕が良ければ国が召し抱えるほど。そしてカリン様は魔法士としても規格外なのですから、そちらの関係でしたら手放したくないと思うのが普通ですわ」
……そりゃそうか。普通に考えたら、優秀な人材を好き好んで外にやりたくないわよね。
でもまぁ、それならわたしも少し気をつけないといけないかな? 下手すれば、危害なんてレベルを越えて問題に巻き込まれそうだわ。チートだし。
厄介事は無しにして、平和に暮らせればいいなぁ。
「あ。それならさ、王都にもそういう魔法具を作ってたりする人は居るんだよね?」
「それはもちろん、何人か工房を構えていますわ」
「作業とか、見れないかな?」
「……どうでしょうか。人によっては見学なんて以っての外、という場所もありますし」
「見せてもらえそうな心当たりとか無いかな?」
「ありますわ」
え? ちょっ、マジで!? その流れで即答なんですかリファーナさんや!?
「ど、どこ?」
予想外だった動揺が少し出てたみたいで、口にした言葉はちょっと吃った。それに気付いたのか、リファーナはクスリと小さく笑いましたとさ。
……いや、いいんだけどね? 多分わたしも、似たようなリアクションしたと思うし。
「ここですわ、カリン様」
とか言うリファーナは、微笑みを浮かべながらわたしの背後を指差す。それを追って振り返ると、一軒のお店があった。
……さっきの笑いは、話題のタイミングに対して? それともやっぱり、わたしの吃りに対して? 凄い判断に困るんですけど!
でもまぁ、それを確かめることはしないけどさ。ちょっと恥ずかしいし。
「ふむ? アクセサリーのお店?」
気を取り直してお店を見てみると、看板にはそういう種類を示すエンブレムが飾ってあった。
この国では、一部種類の商売はこうして何を売っているのか分かるようにする習慣があるそうだ。ギルドは元々そういう施設だったから別にしても、あれから見回った武器屋やら防具屋なんかは、見て一発で分かるようなのだったしね。
「私の顔見知りが経営しているお店ですわ。裏に工房があって、そこで彫金したり魔法を組み込んだりしていますの。個人商店ではありますが、職人の腕は一級で王都での人気も支持も高いお店ですわ」
へぇ〜。それは中々、良さそうな感じだねぇ。なにより、リファーナに信頼されてるのはポイントが高いわ。
「それじゃ、リファーナの眼鏡にかなったお店を見てみましょうか」
おどけてそんな風に言って、リファーナへウインク一つ。そしたら、ちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせちゃいましたよ。……というか、わたしキザじゃね?
と、とりあえず、ダメージを受けるのは耐えろわたし! 流石に街中、しかもお店の前は駄目だ。営業妨害だし、これから王都を歩けなくなる!
そんな内心を隠しつつ、お店の扉を開ける。すると、カランカランとカウベルみたいな音が耳に入ってきた。
「いらっしゃーい」
出迎えてくれたのは女性の声。ざっと店内を見ると、カウンターに一人店員らしき女の人が居たから、今の声は多分この人だろうね。
あとは、何人かお客さんが居るみたい。あ、男の人も居る。ふーむ、人気はあるみたいだね。
「カリン様、とりあえず私が話をしてみますわ」
「うん、お願い」
そう返すと、リファーナはカウンターのほうへ歩いていった。是非とも、勝利をもぎ取ってくれたまへリファーナくん。
揺れるシッポを見送ってから、特にすることもないし並んでいる商品を眺めることにする。……んー、アクセサリーの基本的なデザイン感覚も、大体向こうと同じなんだねぇ。
でも十字架とか、宗教的な意味はこっちにあるのかな? そっち関係は全く知らないんだよね、そういえば。
とか言っても、最近はファッションとかで身につけてる人居るし、こっちでもそういう感覚があったりして。
そんな感じにうむうむ唸りながら色々眺めていると、戻ってきたリファーナに呼びかけられた。
「早かったね、リファーナ。それで、交渉の結果はどうだった?」
「はい。普通に話したら、二つ返事で了解がもらえましたわ」
……なんとまぁ。それは見られても問題がないほどに専門職なのか、それとも見せても問題がないほどにリファーナが信頼されてるのか。どっちなんだろうねぇ。
とりあえず、作り方自体は門外不出じゃないのは知ってるから、多分後者なんだろうなぁ。
「では行きましょうか、カリン様。工房は奥にありますわ」
「ん」
リファーナに頷き、案内をしてもらう。途中、笑顔で手を振ってきたカウンターのお姉さんに手を振り返したりしてから、わたし達はお店の裏口から外に出る。そこには、中庭と小屋みたいなものがあった。
そしてそのぽつーんと建つ小屋に近づくと、小屋の扉には小さめの鐘が付いていた。それをリファーナが鳴らすと、『リー……ン』って鈴みたいな音が響いた。……なるほど、呼び鈴なんだねこれ。
しばらく待つと、中から足音が聞こえてきて扉が開いた。
「待たせたな――って、第三王女の嬢ちゃんじゃねぇか」
「こんにちは、ガルベスさん。今日は工房を見学したいと頼まれまして、こちらの方をご案内したのですがよろしいでしょうか?」
「アァ?」
……ヤンキーですか? いや、職人なんだろうけどさ、凄い鍛冶職人みたいなんですけど。まさに『親方!』みたいな?
そんな親方さんは、じろじろとわたしを観察中。正直、勘弁願いたいんですけども。地味に居心地が悪いわっ!
というか、いいのか王女にそんな気安い言葉をかけて。……いや、今まで王都歩いてても、みんなリファーナに気さくだったけど。まぁわたしとしては、歩きやすいからいいんだけど。
「ほう……」
何よその反応!?
「嬢ちゃん、その魔法具は誰の作品だ?」
「……わたしだけど?」
「ほう……」
いや、だから何なのその反応は!
「いい作品だ。魔法に綻びもないし、定着率も申し分ない」
……ごめんなさい、力技なんです。
「気に入った! 見学を許してやろう!」
「はぁ、ありがとうございます」
がっはっはっ、とか言って上機嫌な親方さん。テンションの差があるから、ちょっと気のない風な返事をしちゃったけど、別に気が乗らないわけじゃないんだよ?
とにかく、快く中に入れてもらうことには成功したわけだ。ありがとう、親方さん。
「で、嬢ちゃん。なんだってうちの工房に?」
「選んだ理由は簡単ですよ。単にリファーナが案内してくれただけですから」
「なるほど。なら、嬢ちゃんがわざわざ工房を見たいって言った理由は、なんなんだ?」
「それは単純に、魔法具を作る様子を見たかったんで」
そんな会話をしながら歩けば、特別大きくもない小屋だから目的の工房にはすぐ着いた。でもここ、ぱっと見普通の部屋にしか見えないんですけど?
「ここが、魔法具を作る工房だ。彫金をする工房は別にあるが、目的はこっちだろ?」
「えぇ、そうですね」
ドカッと椅子に座って聞いてくる親方さん。そして近くにある棚から、一つの腕輪を出した。
「今から作業をするが、こっちは何も説明しねぇからな。見るなら勝手に見てろ」
そういって、親方さんはホントに作業を開始した。……まぁ、弟子入りしたりしてるわけじゃないから、別にいいけどね。
「《我が求めるは炎神の加護。業火に焼かれぬ旅人の外套。しかしこの身に宿る事なかれ。汝が宿るは守護なりし彼の物》」
そんな詠唱が終わると、親方さんの持つ腕輪の上に直径三十センチぐらいの魔法陣が現れる。それは輝きを増しながら回転し、やがて腕輪に吸い込まれていった。
……うぉぅ、鮮やかだ。慣れてなかったわたしなんかより、ずっと綺麗に魔法を定着させてるわぁ。流石職人ね。
――魔法具を作るには、『魔法』という『概念』を物体に固定させる必要がある。それが出来れば、魔法を使える人なら誰でも作ることが可能だ。……まぁ、定着させる腕が悪かったら魔法具の質は悪くなるんだけど。
でも簡単に言えば、魔法具には魔法が封じ込められていて、燃料となる魔力が無くなるまで魔法が使える道具ってことなんだよね。
ちなみに魔力は、使用者のじゃなくて『媒介』に込められている分を使用する。じゃないと、『魔法が使えない人向け』っていう売りが無くなるからね。
だから武器とかに使われる『媒介』は、なるべく多くの魔力を込められる『媒介』が好まれるし、そういうやつは必然的に値段が高くなったりしてる。
あと、魔法陣を使うのもミソだと思うわね。
魔法陣っていうのは、例えば超強力な魔法を使う時にも使われるもので、ある意味魔法のパワーアップツールみたいなもの。
これを出すことで、意図的に『普段とは違う魔法を使う』っていう考えを自分に植え付けて、色々なことが出来るようになる。
魔法を媒介に固定する、なんていうことに使うのも、そういうことなんだと思う。なんだかんだ言って、この世界の魔法には『自己催眠』の要素が大きく関わってくるみたいだし。
そんな感じで、魔法についての自己考察を考えながら、親方さんの作業を見ていたり彫金のほうも見たりして、この日は夕方までこの工房を見学していたのでした。
……リファーナには、ちょっと悪いことしちゃったかなぁ……?