閑話/二人のお姫様の気持ち。
今回は少し短めかもです。
夜、私はある人を思って月を見上げています。
「カリン様……」
頭の中に浮かぶのは、この夜みたいに黒い髪と瞳を持った、とても強くて綺麗な女性のこと。そうするだけで、名前を呼ぶだけで、胸の辺りが温かくなったり切なくなったりする。
多分、出会いは最悪だったでしょう。ただそれは、自業自得の事なのですけど。
騎士との試合を見て、ほんの少し興味が出た。だから手を出した。……でもそれは、状況を一切見ていなかったが故に、一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていましたわ。
あの人に止められ、その姿を見た瞬間、私は心を奪われた。それはまるで、夜が具現化した女神だと思いましたから。
ただその後、諌められた時に醜態を晒してしまい、今思い出しても顔が熱くなるような事をしてしまいましたわ……。
「お父様の執務室で聞いた話は、流石に驚きましたわ……」
顔の熱さをごまかすように息を吐き、私はあの時の話を思い出します。衝撃的という言葉は、まさにあのような場面で使われるのでしょうね。
でも同時に、カリン様のことを想うと胸が苦しくなりますわ。『世界』なんてものを越えて、それでもきっとあの人は自分を見失ってはいない。気にしていないと見せつつも、強いと周りに思わせつつも、本質は変わっていないのでしょう。
それは本当に、私の想像を越えた心。寂しいわけがない、辛くないわけがない、怖くないわけがない。しかしそんなものを、おくびにも出していない姿は……逆に少しだけ悲しくなりましたわ。
あの人に会って一日も経っていませんけど、こう思わずにはいられない。――寂しいなら、辛いなら、怖いなら、どうか私に甘えてほしい。弱音を吐いてほしい、頼ってほしい。
きっと、私はまだまだ世間なんて何も知らない、籠で育った弱い小鳥。貴女を乗せて空を行くことも出来ないでしょうし、支えようにも翼は折れてしまうでしょう。
それでも私は、貴女の力になりたい。『ラッツフィラー王国』の第二王女としではなく、一人の人として。貴女と対等な、人として。
だけど私は分かっていますわ。第二王女という立場があって、今の私なんだと。切り離すことは出来ませんし、意味もありませんもの。
それでも、私は私の『想い』を持って貴女を助けますわ。そこに見返りは……ほんの少しだけ、あれば十分ですわね。
「カリン――カリン・ナナカワ……」
不思議な響きを持つ名前……。様式としては、『豊葦原』と同じようなもの。呼べば胸が切なくなる。
「お母様……これが、そうなのでしょうか……?」
答えが返ってくるわけもない問い掛け。それはそうですわ。お母様は、この部屋――私の部屋には居ませんもの。
それでも、きっとお母様は「そうだ」と言ってくれるのだと、何故か確信出来ますわ。昔お母様に聞いた通りの感覚がしますもの。
『その人を考えるだけで、胸が温かくなって幸せな気持ちになって、でも同時に切なくなって苦しくなる。それはそれは、素敵だけど辛いモノ』
……確かに、お母様が言った通りですわ。素敵な気持ちになるのと同時に、辛い気持ちにもなる。
「私、エルリファーナ・デュオル・リーン・ラッツフィラーは、カリン・ナナカワに『恋』をしている……」
一人呟き、口の中で言にする。そうしたら、また胸がキュッとなって、少しだけ鼓動が速くなる。でも少し違和感。何かが違うと、感情が訴えてくる。
「……違いますわね。私は、カリン様を『愛している』のですわ」
――そうなんですの?
今の言葉、私が考えるよりも早く口から出ていましたわ。……ということは、それが私の本当の気持ちなんですのね。
「『愛』……ふふ、何か、凄く恥ずかしいですわ」
きっと今見たら、私の顔は真っ赤になっているのでしょうね。そしてこれが、『一目惚れ』というものなのでしょう。
「あぁ。人を好きになるというのは、こういう気持ちなのですか」
今まで生きてきて十五年程度ですけど、世界が輝いて見えますわ!
「明日……カリン様は、ギルドに行かれるのでしたわね」
ふふ、ギルドであれば、私の領域ですわね。ならば明日は朝一番に、カリン様のお部屋へ行かなくてはなりませんわ。
他にも色々街を見て回るのでしょうから、オススメの場所もお教えしなくてはいけませんわね。そ、それで……上手く案内を出来たら、また抱きしめて頭を撫でてほしいですわ……。
■□■
「ということなのですけど……」
そう締め括り、私はお母様の言葉を待った。お母様は、私の後ろに座って髪を梳きながら、「んー」と何かを考えるような声を出しました。
今私は、お母様の部屋に居ます。どうしても、眠る前に話がしたいことがあって、部屋に来たのです。……押しかけては居ませんよ? ちゃんと扉をノックして、部屋に入る許可はもらいましたから。
「アイシアは、どう思っているのかしら?」
「どう、とは?」
「カリンちゃんがリファーナに抱き着いて、その後リファーナが抱き着いたことについて」
……それは、どういう意味の質問なんでしょう? 今話した内容を、お母様は聞いていなかったのでしょうか?
「えっと、モヤモヤした感じで……」
「それは感じたことよ。確かにそれも大事だけで、今聞いたのは『思った事』よ」
それは……何か違いがあるんでしょうか?
私が首を傾げていると、お母様はクスリと微笑み私を柔らかく抱きしめました。
「アイシアには少し難しいかしら? 私も貴女ぐらいの時には、同じような感じだったしね」
……だから、いったいどういうことなんでしょう? イマイチ、話が見えないのですけど……。
「あるでしょう? その光景を見た時に、例えば『羨ましい』とか『嫌だ』とか、『嬉しい』とか『ほほえましい』とか」
「それは、『感じた事』と何か違いがあるんですか?」
「あるわよー。凄い違いがあるんだから」
クスクスと笑うお母様は、少し口調が砕けているようです。よっぽど、この話題が楽しいんですね。
でも、『思った事』ですか……そういうことなら、もう一度思い出さないといけないですね。
そうして、あの試合でのことからお父様の執務室でのことまでを思い出し、何故かカリンとの出会いからを少しだけ思い出してしまいました。判断すべき情報を引き出し、整理して、『思った事』が何かを探します。
「……少し、『嫌だ』と思います。『私を見てほしい』とも」
「そう。ふふ、やっぱりね……」
やっぱり? お母様は、私の悩みに何か心当たりがあるのですか?
「アイシア、貴女はカリンちゃんに『恋』をしてるわね。それも、一目惚れね」
「ふぇっ!?」
お母様から言われた言葉に、私の鼓動はいきなり跳ね上がりました。だって、お母様が『恋』をしていると言うんですから!
「今までの話を聞く限り、まず間違いないわね。というか、なんで気付かなかったのか逆に不思議よ」
「だだだ、だって、『恋』なんてしたことないんですものっ!」
「あら? それなら、カリンちゃんが『初恋』ということになるのかしら」
お母様の楽しげな声に、私は反応出来ずにあわあわとすることしか出来ませんでした。
――カリンが私の『初恋』? 考えれば考えるほど、顔が勝手に赤くなっていきます。
「そういえば、カリンちゃんとお風呂に入ったのよね?」
「え、えぇ。出会った日に……」
「よく我慢出来たわね〜。私なら、その時に食べてたわよ?」
「食べっ!?」
お母様、食べるとはそういう意味なんですか!? やはり春本のような、口に出すのが憚られることをするのですか!?
「アイシアも、そう思ったんじゃないの?」
「そ、それは……」
問い掛ける言葉に、思わず俯いて指を落ち着きなく絡ませてしまいます。今の私は、多分一番顔が真っ赤になってるはずです。
だって、私は確かにカリンをそういうふうに思ったことがあって、身体が変な風に火照ったこともあるのですから。
「ふふふ、ようやくアイシアにも春が来たのね。これは私も、応援しないといけないわね」
「応援って……でもカリンからすれば、迷惑かもしれませんし」
「甘いわよアイシア! 恋は戦争なの。攻め落とすしかないのよ! リファーナにカリンちゃんをとられてもいいの?」
「そ、それは嫌です……」
「でしょう? 大丈夫よ。私が見る限り、カリンちゃんは貴女を結構好いているわ。脈ありよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。それに、貴女は私の娘なんだから。自信を持ちなさい」
振り向くと、お母様はにっこりと笑顔を向けてくれていました。……確かに、お母様の娘なら凄く自信がつきそうです!
それから私達は、遅くまでお喋りを続けていました。途中、少し興奮しすぎて騒がしくなってしまったのが、ちょっぴり恥ずかしかったです……。
リファーナ=ピュア
アイシア=中学男子|(笑)