第八話/例えばお礼とか言われても大層なものはいらないんだよ。
ご都合展開&急展開注意。
いや、腹芸関係なんて、無理なんですよー(笑)
「さて、カリン殿。色々と遠回りをしてしまったが、本題といこうか」
「……はぁ」
国王さんの真面目な台詞に、わたしは気の無い声と溜め息を合成させるという高等技術で返事を返す。
気の無い声というのは、単純にこの先言われる内容について。溜め息については、理由が二つほどある。
一つは、この部屋に居る大人達の表情。国王さんはニヤニヤしてるし、金銀王妃さんは揃ってほほえましく見守る笑顔。ザハツィンさんは、厳つい顔で目を細めていた。……しょーじき、全員殴り倒したい。
そしてもう一つは……
「リファーナ! 私のカリンから離れなさい!」
「アイシアこそ! 私のカリン様から離れなさい!」
とか何とか言って、わたしの腕を抱きながら、わたしの両側から、わたしを挟んで、わたしを置き去りの言い争いをする第二王女&第三王女が原因なのです。
あの試合が終わって、後片付けを色んな人に任せた後、わたし達七人は国王さんの執務室に場所を移動した。そもそもが、試合自体イレギュラーな出来事だったから、実は本来ならもっと早くにここへ来ていたらしい。
そして今からしようという話は、わたしがこの王城へと来た理由のこと。つまりは、アイシアを助けた時のお礼うんぬんについてである。
……なんだけど、お姫様二人が部屋に入ってからずっとこんな調子でやってるから、いい加減話が始まらない。しかもこの二人の会話……っていうかやり取り、何回かループして同じような内容を言い争ってる。よりによって、わたしを挟んで。
「――《ドリフに学ぶお仕置き方法》!」
『はうあっ!?』
いつまでもやられるやり取りに、ちょっといらついてきたから魔法を発動! 『想像』したのは、八時になったら全員集合させる、あの国民的コント集団の番組。確か、あれの中でコレをネタに使っていたはず。
ゴイン! と、重いのか軽いのか分かりづらい鈍い音が二つ同時に響き、抱えられていた両腕が開放される。ちらりと視線を下ろして見てみれば、金髪と銀髪なお姫様が揃って頭を押さえ、ぷるぷるとうずくまっていた。
「とりあえず、落ち着こうか二人共?」
『は、はい……』
ニッコリ笑顔で警告をすると、顔を上げた二人は返事をしながらこくこく頷いてくれた。うむ、躾は大事だよね?
というか、わたしは誰のものでもないっちゅーねん。強いて言うなら自分のものだい!
「さて、話をしましょうか、国王さん?」
「うむ、そうだな」
豪胆だねぇ。目の前でこんなコントを見せられて、何事もなかったようにスルーしましたよ。流石一国の主。
まぁ、わたしとしては、話が進むならそれでいいけど。早く生活する場所を見つけないといけないし。
「とりあえずカリン殿、何か希望はあるか?」
「直球ですねー。もう少し、腹の探り合いとかしないんですか?」
「必要ないだろう。カリン殿は、素直な人格をしているようだし、聡明でもあるみたいだからな」
あはは、買い被り〜。めちゃくちゃ過大評価されてるよ、わたしってば。
「恐縮です」
「謙遜をせずともよい。謁見の間でのことなど、まさにそれであったではないか。あの場に居た、ほとんど貴族がカリン殿のペースに飲まれていたしな」
「いや、ホント、そこまで大層なことはしてませんから」
単に周りが頭を回していなかったのと、わたしを侮ってたからですよ。しかもわたし、話術的には何もしてないですからね?
あーっと、多分このままじゃ埒が明かないわね。本題について、ちゃかちゃか答えますか。
「えっと、お礼の件でしたよね?」
と、一応確認をとる。するとやはり、首を縦に振られた。
「今一番欲しいのは、住む場所、収入源、身分証明です。ただ、とりあえずどれも自分で確保するつもりですので、実質要求するものはありません」
「ふむ? それはいったい、どういうことかな? 旅をしているなら、確かに住む場所と収入源は欲しいだろうが……身分証明というのは?」
「だってわたし、この世界の人間じゃないんですもん。身分証明なんて、あるわけないですよ」
聞かれたことに、わたしは何も考えず答えていた。けど言ってから気付いた――これ、トップシークレットじゃんか!
そして案の定、アイシア以外の全員が目を丸くしていた。……ザハツィンさんの驚いた表情って、意外とレアなんじゃなかろうか?
「あー、カリン殿? その、世界というのは……」
うーん、流石にこれは国王さんでも、軽く流して適当に理解するってことにはならないか。
「そのままの意味ですよ」
そういって、わたしはアイシアとディオルドさんにした説明を、再び話していく。もちろん、携帯電話とかも交えての説明である。
ちなみに、鳥君との話のことは話さない。色々面倒になりそうだからね。
やがてわたしが全てを話終えると、執務室にはなんとも言えない空気が漂っていた。まぁ、流石に荒唐無稽だし、変な空気になるのも当然なんだろうね。――ぶっちゃけ、二度目だから少し慣れたけどさ。
「あ、ちなみにこの話、他言無用にお願いしますね。変な奴って思われるのも嫌だし、変な奴らに目をつけられるのも嫌だから」
「それは勿論だ」
念を押した一言に、国王さんは頷きで返答してくれた。多分、他のみんなも同じくだろうから、その答えは総意と取る。
まぁ、実際のところは、この人達が進んでこんな話を言い触らすわけはないって、ちゃんと分かってるけどね。そういう意味だと、わたしの状況を知っている人を増やしたかったのかな、わたしは?
「カリンさん」
「はい?」
名前を呼ばれ、考えに少し沈んでいた頭を浮上させる。そして声のほうを向いた瞬間、ふわりと抱きしめられていた。
感じる温もりは二つ。伝わる香りも二つ。それが何か一瞬解らず、わたしの頭はその刹那フリーズしてしまった。
「常識も言葉も通じない場所に来て、怖かったでしょう?」
「え、あの……」
「家族も知り合いも居なくて、寂しかったですわよね?」
「あ、いや……」
なに、この状況? いきなり王妃さん達が、二人一緒に抱き着いてきてるんですけど。
…………いや、分からないなんてのは嘘だ。この人達は、わたしを気遣ってくれている。
「でも大丈夫。私達が、貴女を色んなものから守ってあげるわ」
「だから、私達を家族だと思って下さいませ」
「…………ありがとう、ございます……」
なんというか……アイシアと言いこの人達と言い、温かいね。ホント、優しさが染み込むみたいだよ。ここの家族は、きっと今まで幸福に生きてきたんだろうな……。
下手すれば緩くなりそうな涙腺を閉め、わたしは状況に流されないよう努める。けど、真っ正面に居た国王さんは、そんなわたしに気付いていたようだった。
「よし、カリン殿にする礼が決まったぞ! 今日からカリン殿は、この王城で暮らしてもらうことにしよう!」
「お断りします」
勢い勇んで言われた国王さんの言葉を、わたしは真っ向から刹那の時間も無く微塵の迷いもなく、キッパリと断った。それに、まさかそんな一瞬で断られると思っていなかったのか、国王さんは言い切った恰好のまま固まっていた。
「どうして、カリンちゃん。結構、いい条件だと思うんだけど?」
問いかけてきたのは、銀髪王妃さん。……というか、いつの間にか呼び方が『カリンちゃん』になってるんですけど?
「とりあえず、ここに居る人はアイシアの件であのことを知っていますか?」
「……御者のこと?」
いえーす、おふこーす。
「わたしは一般人だから、そういう裏があることには係わり合いになりたくないんです。元の世界に帰るまでなるべく平穏にすごしたいんで、出来れば厄介事の中心からは外れていたいんですよ」
ただまぁ、ちょっと嫌な予想は存在してるけどね。
「ふむ、確かにそうだが……それは少しばかり、厳しいかもしれないぞ」
「それはどうしてですか?」
「もし、御者の工作をした者が居るのだとしたら、カリン殿を敵と見なしているやもしれん。そうなれば、何かを仕掛けてくる可能性もある」
「……例え、王家と距離をとっても?」
「変わらんだろうな。すでに、カリン殿は実力を見せてしまっている上に、王家と繋がりが深いと思わせてしまっているはずだ」
もっともらしく頷きながら、国王さんはそう言う。でもそれは、わたしも予想していた嫌なパターンだからそれほど衝撃はない。
だって、国王さんと言葉遊びをするわ、第三王女とは仲よさ気に抱き合うわ、第二王女からは「嫌いにならないで」発言だもんね。警戒しないほうが、おかしいわよ。
「だからせめて、こちらで住居は用意させてくれないか? 王城には、そちらが出来るまでの滞在ということにしてくれて構わない」
「……でも、わたしはいずれ帰るんですよ? それなのに、家を用意してもらうのは……」
「確かにそうだな。しかし、場合によっては『帰れない』という可能性もあるし、いつになるか分からないだろう? それならば、住める場所があるほうがいいと思うが」
確かに、一理ある。鳥君は『必ず帰す』と言ってくれたけど、ホントに帰れるか分からないし、今日明日ってわけじゃ……絶対にない。だからこそ、わたしは長期的な計画を考えていたんだから。
だったら、この提案自体は凄く魅力的なんじゃないのか? ……向こうにも、それなりに思惑がありそうだけど。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「うむ、そうしなさい。何か希望などはあるか?」
希望……普通に暮らせればいいけど、正直こっちの一般が分からないからなぁ。
「うーん、特に希望とか浮かばないですね。そもそも、何か言おうにもまだ一般的な生活とか、分からないんで」
「そういえばそうだな。では住居に関しては、三日後にまた改めて聞くことにしよう」
そうして下さいな。多分三日あれば、何か希望が出てくるかもしれないし。
まぁ、今希望があるとすれば、なるべく日本的な家にしたいなぁってことかな? 外見的な意味じゃなくてね。
「次に収入源だが……何か当てはあるのか?」
「とりあえず、ギルドにでも登録して稼いだり、どこかのお店で働こうかと」
「ふむ。確かにカリン殿の実力であれば、特に問題はないだろう。――そこで、提案が一つあるのだが」
はい、来ましたお約束な話題。実力を見せた以上、何か言ってくるとは思ってましたよ〜。
……それはそれとして、王妃さん方? いつまでわたしに抱き着いて、かいぐりかいぐり頭を撫でてたりするんですか? 手櫛も止めて下さい、こそばゆいですから。というか、今からちょっと真面目なシーンなんですけど、ガールズトークみたいなことをしてないでよ!
「……なんですかね?」
きゃっきゃ騒ぐことはないけど、ちょっとはしゃいでる雰囲気を出す王妃さん達を気力で無視して、国王さんに話を促す。それに気付いているらしい国王さんは、目で済まなそうにしながら話を続けた。
「なに、カリン殿の実力を見込んで、格闘術の使える魔法士として特別顧問をしてもらえないか? ということだ」
「特別顧問……?」
おや? てっきりストレートに、『国に仕えろ』的な意見かと思ったんだけど。まぁ、それなら考える必要もなく、バッサリ断っただろうけどね。
「これまで、魔法と近接戦闘を使える段階で両立させた者は、ほぼ居なかったと言ってもいい。しかしこれは『人』に限ったことで、『魔物』はその枠に納まっていないのだ。魔物の一部には、魔法も使ってくる奴も居るからな」
「……つまり、擬似魔物戦としての経験値を積ませるために、何かをしろと?」
「基本的には模擬戦と考えている。それに、カリン殿に魔法士達や騎士達を鍛えて欲しいとも、考えている。特に魔法士達には、良い刺激になるだろうからな」
「ちなみに、何で騎士さん達に魔物対策を?」
「もちろん、討伐をする時に役立つからだ。普段はギルドなどの管轄だが、国民を守るのは国の務めだからな」
「なるほど。そのついでに、国力も上げたいと」
「ははは、お見通しか。確かに、それも否定はしないさ」
悪びれた様子も無く、からからと笑って国王さんは白状する。やー、食えない人だわ、ホントに。
でもまぁ、それならわたしが言いたいことも、分かってるわよね?
「引き受けても良いですけど、少し条件がありますよ?」
「聞こうか」
「一つ、わたしは国に仕えるわけではなく、あくまでも外部協力者にすること。一つ、わたしの生活を乱さないことを、最低限守ること。以上の二つが、引き受ける上で絶対条件です」
つまり、国はわたしに強制力を持たず、何かを命令することは出来ない。また、わたしの平穏を乱すような強引な手段を使った場合も、言い逃れは出来ない。簡単に言えば、そんな条件だ。
破ったらどうこうするというわけじゃないけど、前提としてはこれぐらい言わないとね。……まぁ国王相手に、一般人は普通こんな対等以上の交渉はしないんだろうけど。
「ふむ……少々そちらに利が多いのではないか?」
「代わりに、わたしは仕事のことでは一切秘匿せず、教えられるようなことは普通に教えますよ」
わたしの出した条件に、案の定一言言ってきた国王さんは、わたしが返した言葉に反応した。
「ほう。確かに、魔法を近接で使えるような知識を得るのは、大きな利になるな。鍛えれば、カリン殿までとは言わずともかなりの戦力が出来そうだ」
「戦争とかしないで下さいよ?」
「それはないな。我が国は平穏にすごせていれば、それで十分だ。多分、他の国も同じだろうさ」
なら良いけど。というか、近接で魔法使えても戦争に勝てるわけじゃないか。
「あとは身分証明だったか? カリン殿は、何か商売でもしようとしているのか?」
「いえ、別にそんなことはないですけど?」
なんでそんな質問?
「普通に暮らすだけであれば、身分証明など必要ないぞ?」
「えっ!? そうなんですか!?」
「うむ。必要なのは、商人か冒険者、あとはそれなりな身分の者達だろうな」
うーん、こういうのもカルチャーショックっていうのかな……? 日本じゃ、わりと身分証明書とか使う場面多かったし、あるのが当たり前だからなぁ。
「そうなんですか……。でもまぁ、結局はギルドに登録するつもりなんで」
「結果として、どちらにしても身分証明を得る、というわけか」
そういうことですね。
「では、堅苦しい話はこれで終わりだな。細かい調整などはこちらでしておくから、安心してくれたまえ」
……あー、すみません、なんか安心出来ないです。というか、またにやけ顔に戻ってますよ? 絶対に何か企んでるでしょ?
「あぁそうだ、ついでに一つ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「魔法を使う時、どんなものにも言葉と一緒に使用していただろう? あれは何故なんだ?」
技名とかか。確かに、この世界の人達が魔法を使う場合は、ほとんど『想像』だけで済ませてるらしいからね、全部に――使うたび言葉にするのは珍しいんだね。
「あぁ、それは魔法を明確な形で使うためですよ」
「ほう?」
「魔法は『想像』したものを具現化させるけど、人の想像力も限界がある。だからこそ、それを補うために『言葉』で形にするんですよ」
まぁ、それらしいことを言ってるけど、ただ真似事をしただけなんだよね。だって、技名を叫ぶのは伝統文化だし……一部の伝統だけど。
でも多分、やり方として間違ってはいないと思う。日本には『言霊』なんて言葉もあるんだし、『言葉』っていうのは力を持っているんだよ。あとは動作と連動させたことで、より明確な魔法になったんだろう。
というか、ちょっと思考がゲーム的な感じがするから、動作だけでもある程度の魔法が使えそうだね。反則なスペック持ってるし、わたし。
「ふむ……カリン殿、学院の特別講師も提案したいのだが……」
「いや、それはちょっと……。というか今気付いたんですけど、特別顧問とかも反感買いませんかね?」
「実力を見せれば問題なかろう」
あっけらかんと言い放つなよー。他人事だと思ってー。……って、他人事なのか。
チクショウ、ちょっとこの国王さんを小さな不幸にしてやろうかしら。二週間便秘とか!
「さて、話はこれぐらいにしようか。カリン殿も、到着早々あんなことになり疲れただろう?」
「あー、確かに疲れましたね。ホント、色んな意味で疲れてますよ……」
話を締めにきた国王さんに、わたしは小さな不幸プレゼント計画を引っ込め、ぐったりとした声で答えを返す。何故なら、未だに王妃さん達がわたしで遊んでいるからだ。いい加減、無視するのも限界です……。
そうして、わたしと国王夫妻のファーストコンタクトは、最終的に気疲れやら身体的な疲れやらでとにかく疲れたものになりましたとさ。