Ep1:渋谷、揺らぐ境界
■渋谷駅前
渋谷駅前の大型スクリーンが、朝の光を反射して白く輝いていた。
人の波、車の音、雑踏のざわめき。
いつもと変わらないはずの街に、ユウは“違和感”を覚えていた。
ALICEを外しているのに、視界の端に薄い光の線が残っている。
HUDの残光——本来なら、デバイスを外せば消えるはずのもの。
「……またか。」
ユウは目をこすった。
だが、光は消えない。
まるで現実に貼り付いているように、渋谷の街に薄く重なっていた。
センター街の看板の上に、
小さな数字が浮かんでいるのが見えた。
《Layer:1》
ゲームの表示だ。
ALICE ORIGINの層番号。
だが、今はゲームを起動していない。
「ユウ、どうしたの?」
隣から声がした。
アヤが覗き込むようにユウの顔を見ていた。
細剣使いの彼女は、ユウと同じくALICE ORIGINのプレイヤーだ。
「いや……なんか、見えるんだよ。ゲームの表示が。」
「また幻覚?寝不足じゃない?」
アヤは笑ったが、ユウは笑えなかった。
——これは、ただの疲れじゃない。
渋谷の街が、少しずつ“情報に侵食されている”。
■渋谷スクランブル交差点
信号が青に変わり、人々が一斉に歩き出す。
その瞬間、ユウの視界に“揺らぎ”が走った。
交差点の中央に、薄い影が立っていた。
人の形をしているが、輪郭がノイズのように歪んでいる。
ARのモンスター——
だが、ゲームを起動していない。
「アヤ……見えるか?」
「え?何が?」
アヤには見えていない。
ユウだけが、現実に滲む“影”を見ていた。
影はゆっくりとこちらを向いた。
目のような光が、ユウを捉える。
——ぞくり。
背筋が冷たくなる。
その瞬間、影はふっと消えた。
「……なんだよ、これ。」
ユウは息を整えた。
だが、胸の奥に残った不安は消えない。
■センター街
センター街に入ったところで、
ユウは見覚えのある男を見つけた。
黒いパーカーに、無造作な髪。
細身だが、どこか鋭い雰囲気を持つ男。
結城祐介。
ALICE ORIGINの初期開発に関わっていた元研究者。
ユウはゲーム内で何度か名前を聞いたことがある。
祐介はユウを見ると、
まるで待っていたかのように歩み寄ってきた。
「君、ユウだな。」
「……なんで俺の名前を?」
「ALICEが君を“適合者”として記録している。」
祐介の声は静かだったが、
その言葉はユウの心臓を掴んだ。
「適合者……?」
「君は、ALICE ORIGINの層構造と相性が良すぎる。
晴彦——伊藤晴彦が、君を“新世界の鍵”として注目している。」
伊藤晴彦。
ALICEの開発者であり、祐介の元上司。
「……なんで俺が鍵なんだよ。」
祐介は渋谷の街を見渡した。
その瞳は、何かを見抜くように鋭い。
「渋谷が、もう“始まっている”からだ。」
「始まってる?」
祐介は指をさした。
センター街の看板の上に、薄い数字が浮かんでいた。
《Layer:2》
アヤが息を呑んだ。
「……これ、ゲームの表示だよね?なんで現実に……」
祐介は静かに言った。
「ALICE ORIGINは、ゲームじゃない。
晴彦の“世界再構築計画”の実験場だったんだ。」
その時、センター街の奥から、
ゆっくりと歩いてくる影があった。
二刀を携えた男。
瞳が淡い赤に光り、HUDが瞳の奥に浮かんでいる。
祐介が低く呟いた。
「……黒瀬蓮。」
アヤが息を呑む。
「トップランカーの……?」
蓮は静かに笑った。
「祐介。お前も来たのか。
晴彦さんの世界に逆らうなんて、愚かだな。」
祐介の表情がわずかに揺れた。
「蓮……お前、改造チップを……」
蓮は二刀を軽く持ち上げた。
その動きは、ARアバターの戦闘モーションそのもの。
「俺は進化した。
現実の身体なんて、もう必要ない。」
蓮の瞳が赤く輝く。
「ユウ。
お前が“適合者”なら……証明してみろよ。」
センター街の空気が張り詰める。
祐介がユウの前に立った。
「ユウ、後ろに。」
蓮は二刀を構えた。
「進化した世界で、生き残れるか?」
渋谷センター街で、
人間同士の戦いが始まろうとしていた。




