表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

エメラルドグリーンの髪飾りの少女

作者: 幕田卓馬
掲載日:2026/07/07

【語り手:古本都紙魚】

ふへへ、それでは僕からも、とても興味深い——いえいえ、身の毛もよだつこわーい話を……。


みなさんは、夜の街にどんな生き物が徘徊してると思いますか?

ネズミ?

ゴキブリ?

それとも……ニンゲン?

これは都市伝説系の動画配信者から聞いた話なんですが、どうも、それらだけじゃないようなんですよね……。


『篠田林檎さんの怖いお茶会』エメラルドグリーンの髪飾りの少女……お楽しみ下さい。


(ぬぼーっとした古本都紙魚の表情が引き締まり……そして、演技が始まる)

 大きなビル群によって隔離された裏路地の飲み屋街は、酔っ払いのえずきと下水の臭いで充満していた。


 日頃の鬱憤を洗い流すかのように焼酎とウイスキーを流し込んだスーツの男は、人通りの少ない裏路地を歩いてた。

 気持ちのいい夜だ。あとは女の柔肌でもあれば言う事はない。身体の中心に粘つく欲情を抱えながら、雑居ビルのザラザラした壁に寄りかかり、淀んだ目で周囲を見渡す。


 ミニスカートの少女が、路地の向こうからゆっくりと歩いて来た。


 見るからに蠱惑的な風貌の少女だ。

 フリルのついたトップスは胸元の豊満さを誇張し、短すぎるスカートは柔らかな生足を覗かせている。

 まるで自分の身体を餌に、夜の海へ釣り糸を垂らしているようだ。バカな男がその餌に食らいつき、逆に財布の中身を喰らい尽くされる。

 

 脱色した髪につけた大きなエメラルドグリーンの髪飾りは、少女の身の丈には合わないほど、下品な輝きを放っていた。


 男はしばらく、その匂い立つ美貌に魅入られていた。左胸から押し出された熱い欲情が、足先を通って、ついには脳の毛細血管をも熱く滾らせる。


「ねえ君、大丈夫?」


 男は堪らず、目の前を無言で通り過ぎようとした少女を呼び止めた。口の中が渇いて、その一言はひどく滑稽に響く。


 少女は何も答えない。

 見向きもしない。


「すごく酔ってるよね? フラついてるよ? こんな場所で……危ないんじゃない?」


 無言で目の前を通り過ぎた少女に向かって、下心に塗れた言葉を差し出す。

 しかし、言葉は地面に転がった。ダラリと下げた両手を力なく揺らし、靴底は地面を擦り続ける。

 

 酒かクスリか……いずれにせよ前後不覚な事だけは確かだった。

 このまま放置すれば野垂れ死ぬかもしれないし、誰かが介抱してやねばならないだろう。どこか、人目につかない場所で、肌と肌を重ねながら……。

 男は己の欲情を自分勝手な正義で塗り固めた。

 

 少女は歩き続ける。今にも倒れそうにも見えるが、その歩みはいっこうに止まらない。


「あのさ……。危ないから、俺が、送っていくよ……」


 男は独りごつと、ゴキブリのような陰湿さで匂い立つようなうなじを追った。


 やがて少女は裏路地を抜け、不恰好な集合住宅が乱立する一角へと入り込んだ。

 寂れたマンションの影には、より深い夜が横たわる。異様な静けさの中、少女の靴底が地面を擦る音だけが響く。

 

 不気味だ。男の心に隙間風が吹く。

 路上に放置された新聞紙が舞い上がるように、数日前に見た地元記事の一文が脳に張り付く。


『N県N市M地区で、行方不明事件が頻発している』


 あ、M地区ってこの辺りか――


 背筋に悪寒が走った。

 しかし男は、それを罪悪感が呼び起こす気の迷いと捉え、再び目の前を歩く少女の後ろ姿を見つめる。臀部から背中そして頸へと、ヌルついた視線を滑らせた。


 エメラルドグリーンの髪飾りが、少女の歩調に合わせて小さく蠢く。


 蠢く——


 やがて少女は立ち止まった。


 目の前には古いアパート。

 見るからに単身向けの、トタンと錆びた鉄骨で装飾された安物のアパートだ。セキュリティなんて言葉は、ハナから丸めて道端に放り投げている。


 一人暮らしか――男は生唾を飲み込んだ。

 ならば、咎める人物はいない。細い両腕を押さえつけてさえしまえば、如何様にでも振る舞うことが出来るだろう。


 少女は階段を上り始めた。祝福の鐘の音のように、踏みつけられた金属が喘ぐ。


 男はその後を追った。ほんの少しだけ残された迷いも、目の前で左右に揺れる臀部の肉感の前では、脆くも崩れ去った。

 

 2階廊下の一番奥、ドアノブに手をかけるとドアは軋みを上げて開く。少女はその隙間から、滑り込むように部屋の中へと消えた。


 カギをかける音は――聞こえない。

 男もノブに手を伸ばす。回すと、ドアは何の抵抗もなく開いた。


 隙間から覗いた部屋の中は薄暗かった。

 生ゴミが腐ったような、異様な臭いが鼻腔に突き刺さった。少女はよほどズボラな性格らしいと、男は顔を顰める。

 中に入ろうか迷ったが、暗い部屋も鼻をつく臭いも、込み上がる欲情には勝てなかった。

 

 短い廊下の右側にキッチン、廊下の突き当たりにワンルーム。


 掃き出し窓のカーテンは開いていた。

 そこから漏れ入る夜の街の明かりで、部屋の中はうっすらと輪郭を保っている。


 少女は――いた。


 部屋の真ん中で、窓の方を向いた状態で、微動だにせず佇んでいた。


 靴も脱がずに男は少女の元へと向かう。

 欲望の捌け口を目指し、歩く。


 臭いはどんどん強くなる。


 吐き気を催すほどに。

 

 そして、少女は振り向いた。

 首を大きく歪めて、顔だけで振り向いた。

 口の隙間からだらしなく垂れ下がった舌。目は左右が別々の方を向き、白眼だけが際立つ。


 タスケテ……。


 半開きの口が、そう動いた気がした。

  

 髪につけた大きなエメラルドグリーンの髪飾りが蠢く。


 髪飾り?


 いや、ちがう


 あれは、生き物――


 たじろぎ視線を泳がせた男は、視界の隅に異様な光景を見た。


 部屋の隅に、人間が山のように積み上がっている。


 その全てはボロけた毛布のように折り重なり、見開かれた光のない眼球が男に向けられていた。


 死体……?


 男は漏れ出そうな声を飲み込む。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい……


 脳が警笛を鳴らす。

 

 フラフラと後ずさった男は、床に散乱した物体に足を取られて転んだ。

 着いた右手に床とは異なる柔らかな感触。見ると、骨と皮だけになった女の死体が、ぐしゃぐしゃに捻じ曲がって転がっていた。


 叫び声すら出ない。


『N県N市M地区で、行方不明事件が頻発している』

 

 不吉なニュースを思い返す余裕など、今の男にはなかった。


 目の前に転がる女の腹がモゾモゾと動く。


 その蠕動は胸に移り、喉を抜けて、口腔へと至る。


 女の口が開いた。


 そこには、エメラルドグリーンの巨大な蜂が蠢いていた。


 羽音が響く。


 男の叫びは、一瞬で途絶えた。



   *   *   *



 エメラルドゴキブリバチという寄生蜂がいます。


 ゴキブリの脳を操り、巣穴へと誘い、その体内で幼虫を育てるという特殊な生態を持っています。


 以前は、ゴキブリ達が我が物顔で闊歩していた夜の世界。


 しかし今や、その世界を住処とするのは、ゴキブリだけではありません。


 他人の欲を貪る者――


 自分の欲で他人を汚すもの――


 酒、暴力、金、クスリ、性――


 寄生体が、より柔らかくより栄養価の高い()()()()の存在に気付いた時、新たが進化が促進されたのでしょうか。


 やつらは、夜を支配したいという人間の欲が生み出した、怪物なのかもしれませんね。

【語り手:古本都紙魚】

いやあ、実に興味深い寄生バチですよね。

人間に寄生するハチが目の前に現れたら、僕は率先して頭を差し出しますよ。生きたまま虫に操られるって、どんな感覚なんでしょうね。

ふへへ? ダメだって? せめて今あるオファーをこなしてからにしろって?

うーん、どうかなぁ……(にちゃあ)


【あとがき:幕田卓馬】

虫好きの都紙魚くんらしい、虫に関連する怖い話にしました。怪異というよりはクリーチャーものになっちゃいましたが、お許し下さいm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おぉぅ……これは2重に怖かった(´・ω・`) 思考回路や行動含め、この男の存在がまず怖い…… そして虫!しかも実在する虫がモデルと言う恐怖! ホラー好きとしては、とても楽しく読ませていただきましたm(…
全スタンプを押しちゃいました(笑)作品としては間違いなく怖いお話です。だけどトシミ君のキャラクターがうまくハマっているからこそ微笑んだり、笑ってしまうところも。それから、この被害にあった男も悪しき男で…
最近、ハリガネムシに寄生されたカマキリが、ハリガネムシに脳を操られ、水辺に向かうことを知りました。このカマキリ、水辺でハリガネムシの卵を食べた昆虫を捕って食べていたのですが、まさか自分がこんな目に遭う…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ