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婚約破棄された治癒師令嬢ですが、戦場全回復で英雄になったら元婚約者の麻薬密売まで暴いてしまいました〜今さら泣きつかれても王子様に溺愛されています〜

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/06/05

「君は役立たずなだけじゃなく、他の人間の手を借りないと何も出来ないのか。仕事の邪魔になるだけだ、今すぐに辞めてくれ。それから、僕の婚約者も辞めてくれ。私生活でも君のような役立たずの世話は出来ない」


 仕事をクビになった上に、婚約破棄までされた。


 私は伯爵令嬢ソフィア・ベルンシュタインです。


 婚約者の伯爵ロイス・ローゼンバーグの運営する慈善事業で成り立っている診療所で働くようになったのは、私の父の一言がキッカケだった。


「娘にも治癒能力があって、我が屋敷での怪我は全て娘が治しているんだよ」


「それは……素晴らしい! 是非、うちの診療所で働いていただきたい」


 父と伯爵の間で話はまとまって、私は初めて働きに出ることになった。


 転生してから働くのが初めてだから、昼間の目の回る忙しさについて行けずに迷惑をかけてしまう。


 それだけではなく、診療所が閉まって落ち着いた夜にも、医療品の在庫整理で失敗してしまう。


 前世のくせが出て失敗してしまう。

 前世の事はあまり覚えていないんだけど。


 クビになっても仕方ないのかも知れない。


 でも、婚約破棄は別じゃない?


 よっぽど、伯爵様に呆れられたんだ。


 でも、働きたいって言ったのは私じゃないし、役に立てる治癒魔法は怪我人が少なく軽傷者ばかりで使える状況じゃなかった。


 帳簿と在庫の数が合わないから調べていたのは私の仕事じゃなかったのかもしれないけど……話すら聞かずに捨てられるなんて酷い。


 政略結婚で決められた婚約者に持っていた好意なんて一瞬で消えたわ。



 私は実家に帰るのも恥ずかしくて、行き先も分からない辻馬車に乗る。


 屋敷の怪我の治療は本当に私がしていて、お父様の自慢の娘だったのに……仕事になると使えない子になってしまった。


 人のほとんど乗っていない馬車の中で、一人で今までの反省会をしていた。


 そして、


 ついた先は、戦場だった——。


◆◇◆


 な、なんで!? なんで、戦場にいるの!?


 疑問を口に出す暇もなく、降りた直後に辻馬車に大砲が当たる。


 なんで、辻馬車に!?


 偶然、私は運良く外に出ていたから難を免れた。


「痛い……助けて……」


 ほとんど乗っていなかったとは言え、御者と若い男が一人、馬車の中で大砲の直撃を受けた。

 丈夫な鉄でできた馬車の車輪が歪んで、木でできた馬車の本体は折れたり無くなったりしている。


 馬車を引いていた馬が二匹いたけれど、どちらも倒れて暴れている。


 馬が立ち上がって馬車の本体に覆い被さったら今は生きている人も潰されてしまうかも……。


 嫌な想像に血の気が引く。


 ただ、馬の足は折れているようで、立ち上がって動く事はないだろう。


 少しだけホッとしたけど、それは問題でもある。


 私の治癒魔法でなら乗っている人も馬も治療できるけど、馬が治った瞬間に飛び跳ねて、治した人に怪我をさせるかも知れない。


 新しい怪我で即死になったら治癒魔法は効かない。

 助ける事で、かえって助からない事になってしまうかもしれない。


「……助け……て」


 声が弱々しくなっている。


「……!」


 一か八か、やってみようか!?


「お嬢さん、こんな所で何をしているんだ、戦場が拡大してしまって、ここは危険だ!」


 腕を掴まれて声の主の身体に包まれる。


「馬は安楽死させて、人命救助を優先しろ!」


 声の主が、私を抱いたまま、後続の部下に命令しているようだった。


「ま、待ってください! 馬を殺さないで!」


 私は慌てて、抱き寄せられた腕から顔を出して、抱きしめている相手に向かって叫んだ。

 騎士が驚いて私を見ている。


 アイスブルーの吸い込まれそうな瞳に、黒い髪が揺れている。


「私には治癒能力があるんです。馬も人も一瞬で治せます!」


「まさか……」


「ただ問題があって、辻馬車を起点に治癒魔法が発動して、接触しているものを全部治癒してしまうんです」


「なるほど、馬が治癒した瞬間に暴れると言う事だな?」


 話がメチャクチャ早い。


 でも、馬を抑えるなんて出来ないって言われたら、安楽死させるしかない……。


「分かった。馬は俺が抑える。君はどこから治癒魔法がかかけられる?」


「辻馬車に私が接触すればいいんです」


「それは危険すぎるな。だが、大丈夫だ君の安全を最優先に考えよう」


 すごい……。

 この人、なんでも一瞬で理解してくれる。


 装飾の多い甲冑に、若そうなのに部下を連れている様子から、相当に身分が高い方なのだと思うけど……。


 迷ってる暇はなく、辻馬車に触れて、私は治癒魔法を使う。


 騎士様は馬の側で馬の手綱を握り、もう一つの手綱は部下が握っている。


 さっきまで馬車の中から聞こえていた声がない。


 私は全く余裕が持てないまま、辻馬車に縋り付くように手を触れて祈る。

 光が風と一緒に足元から溢れ出して、スカートを丸く膨らませる。

 そのままの状態で一瞬時が止まったかに見えた。


 次の瞬間に光が治癒範囲に広がって行く。

 私は祈りながら、瞳の端で光を捉える。

 光が辻馬車を越えて、地平線まで届く勢いなのが見てとれた。


 嘘!


 もう光は消えていた。


 治癒魔法は完璧に完了していた。


 ヒヒーン


 治癒した馬は驚いて暴れ出す。


 懸念していた通りのことが起こるが、騎士様が手綱を短く引き寄せて、馬を落ち着かせていた。


 もう一匹も部下が抑えきれなくなった時に騎士様が手綱を握って落ち着かせた。


 馬車のそばにいた、私も治癒した二人も助かった。

 馬車の二人は救助されて怪我一つない。


「すごいな。本当に人も馬も一瞬で怪我が治ってしまった。君は何者なんだ……」


 馬を預けて騎士様が私に向かってくる。

 私は青ざめていた。


「……どうか、したのか?」


 騎士様が私の様子に気づく。


「も、申し訳ありません……。治癒範囲を間違えました。戦場を全部、癒してしまったかもしれません……!」


 騎士様がまさかという表情をする。


「戦場……全部……まさか、敵もか!?」


◆◇◆


「辻馬車に接触しているものを治癒する能力じゃなかったのか?」


 騎士様に聞かれる。


「そうです……私が、接触している場所を治癒する範囲魔法なんです。けど、辻馬車の損傷が激しく場所だと認識できなかったようで、馬車のある土地全体に範囲が移ってしまったようです……。さっきの、光が届いた場所は全部、治癒範囲です」


「……規格外の治癒能力だな……そんな能力は聞いたことがない。君を疑うわけじゃないが、本当に光の範囲内で治癒されているのか調べる必要があるな。俺もちゃんと見ていなかったから、敵陣営に光が届いていたかどうか……」


 地平線に光が向かっていったように見えたけど、本当に光が届いた範囲はどこまでだったんだろう?


「……辻馬車に当たった砲弾を放った敵陣営は、光が届く範囲にいたと思います」


「いや、違うんだ。あの砲弾は味方の誤射で、俺たちが慌てて被害の確認に来たんだ」


「え? そうだったんですか?」


 辻馬車が止まったのは国境近くの街の外壁の外にある停留所だった。

 戦場は街から離れた所にあって、今私から見えているのが味方陣営なのだろう。

 敵陣営は味方の先の地平線の向こうなら、治癒魔法は届いていないかもしれない。


「とにかく、君には一旦俺たちの陣営に来てもらう必要があるな」


 アイスブルーの瞳の騎士様が言う。


 敵まで治癒してしまったなら問題あるだろうし、そうじゃなくても、私の治癒能力は問題があるのだ……万能ではない事を伝えなくては……。


「わかりました……」


 私は渋々とうなづく。


「俺は、アレクサンドル・フォン・エストレア。君の名前は?」


 アレク……って!? え!?


「お、王子様だったんですか!? 私、王子様に馬の暴走を止めさせてしまったの!?」


 高貴な身分の方だとは思っていたけど……お、王子様!?


 噂で、整った顔の美青年で、文武両道で、特に騎士としての功績が大きい優秀な方だと聞いてはいたけど……本当に噂通りの人だ……。


 馬の暴走を止めた時のカッコいい姿にときめいてしまったけど、王子様なのね……。


「王子と言っても大砲の誤射も止められず、市民を危険に晒すような奴だ。君がいなければ馬も人も助けられなかったさ」


 素直に非を認めて感謝できるってやっぱり只者ではない。


「わ、私はソフィア・ベルンシュタインです」


「ベルンシュタイン伯爵のご令嬢か! あまり話したがらなかったが、治癒能力の噂は聞いていたんだ。しかし、ベルンシュタイン伯爵の領地とは真逆だが、どうしてこちらに来たんだ?」


 貴族の一人にすぎない、お父様の事もご存知なんて本当に有能な方……。


 その代わり、誤魔化せない……。


 私は婚約破棄された事を素直に話すしかなかった。



「ロイス・ローゼンバーグ伯爵か、診療所が評判だと聞いているが……帳簿と在庫の数が合わなかったと言うのは薬のことか?」


 アレクサンドル様がロイスに興味を持った?

 多分、二人は私より4歳上の23歳で同じ歳くらいのはずだけど……父の事をご存知のアレクサンドル様ならロイスのことはもっと詳しいのかも。


「一般的などこにでもある痛み止めの薬です。大量に在庫があったのに帳簿にはそんな記載がなくて……調べてる途中で、『君は昼の仕事もまともに出来ていないのに、余計なことをする余裕があるのか』とロイスに叱られてしまったんです」


 話を聞いてアレクサンドル様がより深刻な顔をしている。


 私の行動はやっぱりダメだったのかしら?

 働いた事がないから、こういう事がわからなくってダメだわ。


「調べるさせるか……」


 アレクサンドル様が扉の外にいた騎士に何か話している。


 私は今、アイゼン国境砦にいた。

 今回の戦争の相手、隣のヴォルグ公国との国境にある軍事拠点だ。


 アレクサンドル様の私室として使われている部屋に通されている。

 石がそのままの実用的な壁が冷たい雰囲気にしているが、質素だけど座り心地のいいソファが落ち着ける。


 この国、ラインダール王国は歴史ある騎士の国だが、最近王都を中心に騎士や男たちの間で麻薬が広まっており、それを斡旋しているのがヴォルグ公国ではないかと言うのが戦争のきっかけだった。


 ヴォルグ公国は執拗にラインダール王国の領土を狙っており、昔から定期的に戦争が起こっている。

 いつもなら、圧倒的な軍事力でラインダール王国が圧勝するのだが、蔓延する麻薬の影響で今回は初めて苦戦しているらしかった。


「負傷兵がとにかく多くて困っていたんだ。すでに報告があるが、我が陣営は全員が君の治癒魔法を浴びて怪我が完治した」


 アレクサンドル様が喜んでくださっている。


「そう、なんですか……」


「……ソフィア殿、なぜそんなに浮かない顔をしているんだ?」


 アレクサンドル様が喜んでいるところに水を出したくないけど……。


「負傷者が居なくなったのは嬉しいんです。でも、私には怪我は治せても、心の傷までは治せません。麻薬に手を出してしまう程に傷ついた騎士たちは、身体が治ったら自分をもっと痛めつけてしまうかもしれない。辻馬車の馬のように、助けるつもりが、被害を大きくしてしまうこともあるんです」


 私が言い終わらないうちに、アレクサンドル様が私を抱きしめた。


「それは、俺がずっと考えていた事なんだ。君に——君にはわかるのか!」


 アレクサンドル様はとても優秀で有能で、悩みなどない方のようだったのに……。

 治癒させることしか出来ない私と同じ悩みを持っていた?


「アレクサンドル様……」


 開いていた扉から入って来ようとした騎士が、慌てて引き返す。


「失礼しました!」

「いい、何があった」


 私から離れてアレクサンドル様が騎士の方に向かう。


 私の顔は真っ赤になっている。

 今のは別に恋愛的な意味はない真面目な抱擁だったのに、騎士には誤解されたかも。

 こんなに真面目で部下の事も深く考えているアレクサンドル様が私のせいで誤解されたら嫌だわ。


「ヴォルグ公国から、降伏の申し込みだと!?」


 アレクサンドル様が驚いている


「聖女様の治癒の光が、敵陣営の一部にも届いたようで、一瞬で怪我を治してしまう聖女様の力に、勝ち目がないと思ったようです」


 騎士の説明にアレクサンドル様の顔が花が咲いたように輝く。


「君は英雄だ! 戦況が一気に傾いてしまった」


 アレクサンドル様が私を抱き上げて頬にキスをする!


 すごく喜んでくれるのは嬉しいけど、これじゃますます騎士に誤解されてしまう!


「あの、待って下さい!」


 私は、笑顔で去ろうとする騎士を呼び止める。


「アレクサンドル様は決して私に恋愛感情があるわけじゃないんんです。さっき抱き合っていたのも、みなさんを思って、私の治癒魔法について想いを馳せていただけなんです!」


 アレクサンドル様が誤解されないように精一杯説明する。


 騎士は呆気に取られた顔をした後で、笑顔を作る。


「分かっていますよ、聖女様。ここにいる男達はみんなあなたに感謝のキスをしたいと思っていますから」


 騎士は爽やかに、だけど、ものすごく面白いものを見た後のように笑いをこらえて去っていった。


 な、何かおかしなことを言ったかしら?


 私は、まだ私を抱き上げているアレクサンドル様を見た。


 騎士とは違って怒ったような顔をしている。


「君は、俺が君に恋愛感情を持っていないと思っているのか?」


 怒ったような口調でアレクサンドル様が言うけど、


「あ、あるわけないですよね? 王子様だもの」


「王子以外に君に相応しい男はいないだろう」


 アレクサンドル様に今度は唇にキスされた。


「君はこの国の宝だ。俺から逃げることはできない」


「え!?」


 気付いたら、戦場にいて、何故か王子様の婚約者になっていました。


◆◇◆


 ラインダール王国の王都にある城に私はいた。


 アレクサンドル様との婚約が正式に決まって城で王妃になる為の教育を受けている。


「ソフィアは、俺と結婚したくないのか?」


 二人きりになると、俯いてしまう私に、アレクサンドル様は不安を感じたようだった。


 城に戻って鎧を脱いだアレクサンドル様がカッコ良すぎて直視できないだけなんだけど。


「アレクサンドル様と結婚できるなんて嬉しいですけど、私に王妃なんてつとまるかどうか……」


 ただ、治癒能力があるだけで、実務能力があるわけじゃないのに。


「君以外の王妃を国民は認めないだろう。一人で戦争を終わらせる英雄的な行為をしたんだから。俺は、王子というだけで君みたいに思慮深く素敵な女性と結婚できるんだ。役得だな」


「わ、私の方が役得ですよ。アレクサンドル様よりも素敵な方なんて世界中探してもいないのに」


 アレクサンドル様は微笑んでいる。

 本当のことだけど、口から出てしまって恥ずかしい。


「ところで、君は実務能力が低いと思っているようだけど、そんなことはないんだ。むしろ、高過ぎるくらいだな」


「え? そんな、役に立ったことなんてないのに」


「いや、治癒能力よりも、君の実務能力の方がこの戦争を終わらせたと言っていい」


「ええ!?」


 戦場を全て治癒できてしまう能力は自分でも怖くなるくらいなのに、それ以上の実務能力って……流石に嘘です。


「君の元婚約者のロイス・ローゼンバーグ伯爵が麻薬密売で捕まった。君が見つけた痛み止めの在庫と帳簿のズレを調査させて発覚したんだ」


「ええ!? あの倉庫に隠してあった大量の痛み止めが、麻薬だったの!?」


 倉庫の奥に隠されていた大量の痛み止めを思い出してゾッとする。

 あれが麻薬で、人の人生を壊すものだったんだ.。

 あんなに大量に……。


「そうだ、ソフィア、在庫は隠されていたんだ。君は在庫の山を見て、帳簿を調べたんじゃない、帳簿を調べて、在庫の山を発見したんだ。何故、帳簿を調べようと思ったんだ」


「それは、診療所で働き出して二週間の間に痛み止めを処方されたのが数人しかいないのに、診療所の棚に痛み止めが三、四箱置いてあったから、多すぎると思ったんです。古過ぎると効かなくなるから、いつ購入したのか知りたくて……」


 前世でのクセがついでて気になったんだけど。


「普通はそんなこと気にしないんだよ、ソフィア。だから、ロイスは君に麻薬の密売を暴かれることを恐れて、急いで婚約破棄したんだ。「役立たたず」じゃない、有能すぎて君は婚約破棄されたんだ」


「そ、そうだったの!? でも、麻薬だなんて私は気づかなかったから、偶然、あなたに出会わなければ、ロイスは捕まらなかったの!?」


「普通ならそうなるんだが、今回は違うんだ」


「どういうことですか!?」


 アレクサンドルがため息をつく。


「これは俺の失態なんだが、軍にロイスと繋がっている奴がいたんだ。辻馬車に誤射した大砲を撃ったものが所属していた小隊が全員、金に目が眩んで裏切っていた。ロイスは君が戦場の方に行く辻馬車に乗り込むのを見て、大砲で辻馬車ごと君を殺すように先回りして命令していたんだ」


 辻馬車を降りた瞬間に、大砲が辻馬車に当たった時の衝撃がまた身体を駆け抜けた。


「ぐ、偶然じゃなかったの……」


 降りるタイミングがズレていたら、私は死んでた……。


「ソフィア、自分への治癒は出来ないのか?」


「で、出来ます」


 私の治癒魔法が見つかったのも、幼い頃に自分の怪我を治していたら屋敷全体を癒してしまっていたからだった。


「なら、君は助かったはずだ。大砲で狙うなど許されない事だが、俺が駆けつけて馬を押さえるから、君は辻馬車に乗って怪我をしていても助かった。そして、規格外の治癒能力で今と同じように俺の婚約者になっていただろう」


 確かに、そうなっていたと思う。


「でも、もし、大砲が辻馬車に当たらなかったらどうだ?」


 アレクサンドル様に聞かれて、考える。


「たぶん、そのまま街の外壁の中に入って、アレクサンドル様と会うこともなかったと思います」


 街の中から、戦場に向かって治癒魔法を使うこともなかったと思う。

 回復してしまって、かえって悪くなる事もあると知っているから。

 治癒魔法を使うとしても、どこか建物の中で、戦場全体に治癒魔法がいきわたるなんて事もなかった……。


「もしかして、ロイスは私を狙ったせいで破滅したの?」


「そういう事だ。完全に因果応報の自滅だな」


◆◇◆


 後日、逮捕されたロイス・ローゼンバーグの裁判で証言する事になった。


「ソフィア、証言してくれ、僕が麻薬など隠していなかったと! 僕は大量の痛み止めが麻薬だったなんて知らなかったんだ!」


 ロイスは往生際が悪かった。

 大砲を誤射した騎士団や、診療所の仲間達がすでに素直に全て証言しているのに。


「ソフィア、君を愛してる。婚約破棄は間違いだったんだ。痛み止めを麻薬にすり替えた奴に騙されて、正しい判断が出来なかっただけだ。君の有能さを僕が理解できなかった。君が在庫を調べていた時に、ちゃんと君の話を聞いていればと後悔している。どうか、考え直してくれ!」


 ロイスは涙を流して私に訴える。


 婚約破棄されて捨てられた時に、ロイスへの好意なんてなくなっているのに、泣いて殊勝なことを言われたって、心が動く余地は無かった。

 たくさんの人の人生を壊しておいて、保身のための涙を流す様子が悪辣だった。


「診療所に置いてあった痛み止めの購入記録が三年分の記録があった帳簿にはありませんでした。診療所にあった痛み止めは、少なくとも三年以上前のものでした。箱が少し色褪せていて、古くなっているのは見てわかり、薬の効果が心配になってくる時期です。もし、ロイスが大量の痛み止めの在庫を私と一緒に発見して麻薬だと知らなかったなら、診療所の古い薬は捨てて、大量にある新しい痛み止めと入れ替えたはずです。それに、何故こんなに痛み止めがあるのか調べたはずです。私がいなくなった後に、これらの行動をとっていないなら、ロイスは隠された大量の痛み止めが麻薬だと知っていた事になります」


 おお! と、聴衆から声が上がった

 ロイスは悔しそうに唇を噛む。


 隣国と共謀した麻薬密売の我が国側の首謀者として、有罪判決を受けたロイスは、爵位を剥奪されて死刑を言い渡された。


「ソフィアの父親が、屋敷で起きる怪我は全て娘が治しているなんて言うから、とんでもない親バカだと思うだろう。……まさか、それが本当のことで、親バカの世間知らずの箱入り娘がこんなに有能だって、誰が気付けるって言うんだよ!!」


 ロイスが最後に言った言葉に、私自身が「確かに!」と納得してしまう。


 けれど、私より先に私のことを認めてくれたアレクサンドル様は違った。


「ソフィアの話をちゃんと聞いていれば、些細なことに気づいて予測を展開する彼女の有能さはすぐに分かっただろう。お前が、ただ無能なだけだ、ロイス・ローゼンバーグ」



 それから、ロイスの処刑はすぐに実行されなかった。

 隣国、ヴォルグ公国との戦後交渉の材料として、観念して罪を全て認めたロイスの証言が役にたったからだ。


 ヴォルグ公国はラインダール王国に多額の賠償金を支払う事になった。

 今後はラインダール王国の領土を狙って戦争を仕掛けて来る事もないだろう。

 もしかしたら、これがきっかけで国が滅びる可能性すらある額だった。


 その後で、ロイスの処刑が行われたが、関心が薄かった。


 私とアレクサンドル様が結婚して、第一子となる女の子が生まれたばかりで、国中が浮かれていたからだ。


「君が、あまり有能でない事を願うよ。ソフィアのように国の宝になってしまうと、おじいちゃんでも近づけなくなるからね」


 そんな風に父が孫に語りかけていた。


 私は王家の後を継ぐ男の子を産まないといけないから、一番私に近づける男、アレクサンドル様と今日も堂々とくっついていられた。


「愛してるよ、ソフィア」

「私も愛しています、アレクサンドル様」


 これが、戦場で英雄になってしまった私の物語——。


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