9. お茶会への招待
「すまないね、セリーネ姫。やんごとなき方から君に必ず出席させるようにと頼まれてね。私の顔を立てると思って参加してもらえないだろうか」
お茶会の招待状を持ってきたのは、王宮書庫の司書長のエルマーだった。
日頃お世話になっている上司であるエルマーに頭を下げられては、セリーネに断ると言う選択肢はない。
「エルマー様。実は、私、グランディオス帝国で公式なお茶会に伺うのは初めてなんです。グランディオスの文化を楽しませていただきます」
「そういってもらえると気が楽だよ」
恐縮する上司にそう笑いかけて、セリーネはお茶会への参加を決めたのだった。
クラリッサ嬢の茶会は、王宮の中庭、王族のみに使用を許される庭園を貸し切って行われるらしい。
(こちらでいいのかしら?)
王宮に来て三か月になるとはいえ、必要のない場所には出入りしない生活をしていたため、王族の庭園などには足を踏み入れたことがない。
風に乗って漂ってくる心地よい芳香に誘われて進むと、華やかな薔薇が咲き誇る庭園へと行きついた。
美しい装いをした招待客たちは、庭園に入ってきたセリーネを驚きに満ちた目で見つめる。
(やはり目立つかしら)
セリーネの衣装は、エルディア王国風だ。
グランディオス帝国の衣装を準備する時間がなく、ナディアに相談したところ、衣装ダンスをひっくり返したナディアにこれしかないと勧められた衣装だ。
『これこれ、これが一番いい!』
『セリーネ様素敵です』
ナディアとミナがほれ込んだエルディアの衣装は、体にそった立ち襟と広く空いた胸元が美しいオフホワイトのドレスだ。スカートは布がたっぷりと使われているが膨らませず、やや体に沿う自然なライン。長い袖は内側にスリットが入っており、歩くたびに袖が揺れ腕がちらりと見える。ウエストに巻かれた長いサッシュは淡いピンクで、襟と同じく繊細で美しい刺繍が施されている。
セリーネのラベンダーグレーの髪と合う美しい色合いの衣装はもちろんお気に入りなのだが、あまりに視線を集めすぎて不安になってくる。
ナディアとミナはよいと言ってくれたけれど、ちょっと浮いてしまったのかもしれない。
(おとなしくして、適当なところで切り上げればいいわね)
そう思っていたのに。
「あら、セリーネ公女。いらしたのね」
「ルミナール公爵令嬢、本日はお招きいただきありがとうございます」
隅で静かにしていようと思っていたのに、セリーネの席はこともあろうにクラリッサと同じテーブルだ。
「それにしても、先日身の程をお知りになられたのではなかったのかしら」
「お国の衣装かしら。陛下の気もその衣装でひかれたのね」
テーブルにいるのはもちろんクラリッサの取り巻きたちだ。
「お褒めいただきありがとうございます。こちらはエルディナ公国の準正装になります。ルミナール公爵令嬢に敬意を表し着てまいりました」
「まあ、田舎貴族だけれど、礼儀としては悪くないわね」
下手に出てにこにことほほ笑んでいると、相手は少し毒気を抜かれたようだった。
それよりもセリーネは、グランディオス帝国のお茶会が気になっている。テーブルクロスにセッティングされた茶器。並べられたお菓子。
会話は右から左へ聞き流し、お茶とお菓子を堪能する。
「それよりも、クラリッサ様と陛下の婚約はいつ発表されるのでしょう?」
「楽しみですわ」
「きっと建国記念式典の舞踏会でですわね」
(陛下は、婚約者ではないと言っていたけれど、どういうことなのかしら……まあいいわ。関係ないもの)
先日のレオニスの様子を思い出しそうになり、セリーネは思考を振り払った。
「きっとそうですわ。だってこの庭園は王族でないと使えない場所ですもの。ここでのお茶会を許すなんて、ご婚約者として考えられている以外、ありえませんわ」
「そうですわね。おめでとうございます。クラリッサ様」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
テーブルの全員が口々にクラリッサに祝いの言葉をかける。
(私も言っておこうかしら)
「おめ……」
心臓がどくん、と大きな音を立てる。
そして、軋む。
まるで見えない手に握りしめられたかのように。
セリーヌは口をつぐむと、それはすぐに収まった。
(今のは、何? まさか、魔術契約が発動しかけたの?)
『ああ。わかっていると思うけど、婚約者については、私が直接君に言ったこと以外は信じないように』
(まさか、この程度で? どれだけ強く願ったと言うの⁉)
理不尽すぎる魔術契約に対しての恐れより、変な望みをセリーネに課したレオニスに怒りが湧いてくる。
「まあ、公女様はクラリッサ様をお認めにならないということ?」
「やはり、身の程をお知りでないのかしら?」
「それとも、本当に婚約者の地位を狙ってらっしゃると言うの?」
(クラリッサ様が婚約者かどうかなんてどうだっていいのよ。ただ、今、おめでとうと言っておかないと確実に面倒なことになるのに)
彼女たちを敵に回していいことなんて何もないが、どうにもならない。
(私と一緒に魔術契約で結ばれたアルセインを危険にさらすわけにはいかないわ)
セリーネがあきらめ、下を向いて口をつぐんでいた時だった。
庭園の入り口付近にざわめきが走る。
ざわめきは徐々に大きくなり、セリーネは、誰かがやってきたのだと悟る。
「陛下よ、陛下がいらっしゃったわ」
「やはりクラリッサ様に会いにこられたのね」
驚いて顔を上げると、そこにはレオニスの姿があった。
赤銅色の髪の下の顔は、相変わらず嫌になるくらい整っている。
(なんでここに来たの? まさか……)
セリーネは、嫌な予感に眉を顰めると、案の定、レオニスはセリーネの顔を見てにっと笑った。
「レオニス陛下。お久しぶりです」
クラリッサは、レオニスの姿を見ると、立ち上がって彼のそば駆け寄りカーテシーをした。
その顔は明るく喜びに満ちている。先ほどまでセリーネを蔑むような表情で見下していた人物とは別人のようだ。
「お席を用意しますわ」
「いや、今日は用事を済ませに来ただけだから」
「まあ、どんなご用事ですの?」
「うーん」
思わせぶりに会場を見回すと、レオニスはその視線を、わざとらしく、セリーネの前で止める。
「用事はセリーネになんだ」
(なんでそこで呼び捨てにするの⁉)
会場中の視線を集めながら、レオニスは、視線を合わせないように下を向いたセリーネの前に歩み寄る。
(やめて、ふざけないでちょうだい!)
必死に目に力を籠めるセリーネの視線を、レオニスは楽しげに受け止める。
そのまま腰をかがめると、膝の上に置かれたセリーネの手をとった。
「セリーネ。来月の建国記念式典の舞踏会にパートナーとして出席してもらいたいんだ」




