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その未来に私の姿はなくとも ~先見の姫は大国の王に溺愛される~  作者: 瀬里@ピッコマ連載中


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8 王の婚約者

〝暁の涙〟盗難事件から約二か月。


セリーネの日常は、なかなかに忙しい。

歴史書の編纂の仕事は続いているし、一日のうちの何時間かは、ミナとルゥの教育も行っている。

お昼や休みの日は、ナディアとミナと過ごすことも多くなった。


けれど、忙しい理由の大部分は、何かにつけて面倒事を持ち込んでくるあの男──このグランディオス帝国の国王レオニス・ヴァルターン・グランディオスのせいだ。

レオニスは〝暁の涙〟盗難事件以降も王宮で起きた様々な事件をセリーネの元へ持ち込んだ。幽霊騒動や消えた写本、薬草園の盗難、東方の親善大使一団の体調不良などの面倒事だ。そして、セリーネは彼に求められるままに先見の力を用い、それらを解決してきた。

そこまでならまだよかった。

セリーネもレオニスにそのように使われることは覚悟していた。


ところが、困ったことに最近、面倒事の種類が変わりつつあった。

例えばこんなふうに──。




その日のお昼は、いつものように中庭に敷物を敷いてランチボックスを広げて、ミナとナディアと一緒に昼食を取っていた。


始めはミナに食事の作法が身につくまで、という理由で王宮の食堂デビューは見送っていたのだ。けれど最近ではこの外での気兼ねないランチが楽しくなってしまった。


「セリーネ様、ミナは、そのお肉がいっぱい食べたいです!」

「あ、ミナ、それ私も食べたいからさ。半分にしよう、半分」

「ふふ、そう言うと思って、お肉だけ、一人分余分に貰ってるの」

「わー、さすがセリーネ様! やったあ」


ひとしきり騒ぐと、しばらくの間は静かになる。

食いしん坊の二人は、食べることに集中すると静かになるのだ。


「前から思ってたけどさ、食堂の料理人、セリーネに甘すぎない?」

「え? このぐらい普通でしょう?」

「絶対違うってば」




そんな気安い会話を繰り広げていた時だった。

三人の前に、ある人物が立ち止まった。

淡い金色の腰まで届く髪を緩く編み込んだ、透き通るような青い目の美しい令嬢だった。儚げな印象だけれど、気の強さが隠しきれていない、そんな印象だ。

背後に侍る侍女が、彼女に日傘をさしかけている。


「あなたがエルディナ公国公女セリーネ・アルヴェリナ・エルディナね。このグランディオス帝国の王宮書庫に憧れ、歴史書編纂の仕事を聞きつけてやってきた変わり者の公女」


明確な敵意に反応しそうになるミナを、セリーネは手を差し出して止めた。

令嬢の背後の護衛が剣を抜きそうになっている。


(私の公女の地位を知っていながらのこのご様子。陛下ゆかりの方かしら……あ、もしかして)


ナディアも気づいたようで、小さくうなずいた。

セリーネは立ち上がって、軽く膝を折る。


「はい。私がエルディナ公女セリーネです。お会いできて光栄です。ルミナール公爵令嬢」


クラリッサ・ルミナール──最近噂になっていたのだ。

国王レオニスの婚約者がこの王宮にやってくると。

一か月後に行われる建国記念式典に合わせて王宮入りし、レオニスとの婚約発表をするのではないかと。


セリーネの挨拶に気分を良くしたのか、クラリッサはふっと見下したような笑みを浮かべる。


「私のことは知っていたようね。ならば、私があなたの所に来た理由もご存じかしら」


(まただわ)


最近、セリーネが忙しくしている理由──それは、彼女に持ち込まれるようになった新たな面倒ごとと同じ類のものだった。

〝暁の涙〟盗難事件以来、令嬢たちに絡まれることが格段に増えたのだ。

事件の際、レオニスと二人で行動する姿を多くの者に見られ、嫌な予感はしていた。しかし、それだけであれば、ここまで事態は大きくならなかっただろう。

それ以降、レオニスは何かにつけてセリーネのもとを訪れ、面倒事の解決を求める。しかも、そのために王宮書庫へ通うことを、隠そうともしないのだ。


(せめてこっそり来てくれれば)


王宮司書としてやってきた変わり者の王女は、陛下のお気に入り。陛下に取り入っているらしい。

最近では、そんなうわさが、王宮内を駆け巡っているそうだ。

ちなみに全てナディアによる情報だ。


セリーネは心の中で大きくため息をついた。

セリーネの沈黙を肯定ととらえたクラリッサは、セリーネをにらみつける。


「陛下も、即位されたばかりで話相手がいなくてさみしかったのでしょう。でも、あなたの役目はもう終わりよ。今後はご自分の立場をわきまえなさいな」

「承知しました」

「ふん」


クラリッサは、セリーネを一瞥するとくるりと身をひるがえす。

従う侍女たちのひそひそ話す声が置き土産だ。


「地べたに座り込むなんてはしたないわね」「公女と言っても、しょせん田舎の公国だもの」「美しいと聞いていたけれどそれほどでもないわね」


セリーネは彼女が見えなくなると、ふうっとため息をつきミナとナディアの座る敷物の上に再び腰を下ろした。


「さあ、食べましょう」

「なんですか⁉ なんなんですか⁉ セリーネ様に失礼です! ミナあんなの許せません!」

「自分は何様って感じよね」

「ミナ、ナディア。私は公女とは言え、グランディオス帝国に比べたら田舎の小国出身なの。国の格が違うのよ。まあ、こんなものでしょう」


ミナは納得がいかないと言った表情で眉をしかめている。


「それより、陛下も婚約者がいらしたのならお忙しくなるでしょう。あまり書庫にはいらっしゃらなくなるのではないかしら。それが一番ありがたいわ」


独り言のように続けるセリーネの言葉に、ナディアとミアは顔を見合わせるのだった。



◇◇◇◇◇



その日の午後。

王宮書庫の奥まった場所にある司書室。

セリーネはいつものように歴史書の編纂作業に取り組んでいた。

今日は同じ出来事について、複数の古代語で書かれた事象を整理する仕事をしている。

異なる視点で語られる見解の相違が、なかなかに面白い。


その時、隣の机で文字を書く練習をしていたミナがぱっと顔をあげる。


「ルゥだ」


ミナはいそいそと扉の前に立つ。


「陛下とルゥと護衛のおじさんだけです」

「お招きして」


ミナは扉を開ける前からその鋭い感覚で外の気配をつかむ。

ミナが扉を開けると、レオニスとルゥがするりと部屋に入り込む。もう一人の護衛のおじさんとやらは、扉の外で待機らしい。

レオニスのいつもは隙なく整っている赤銅色の髪が、こころなしか乱れている。


「ミナ、お茶をお入れして」

「はい、セリーネ様」


最近、ミナはお茶の入れ方をマスターしたばかりだ。

セリーネとレオニスは、小さな応接セットに、ミナの入れたお茶を挟んで向かい合った。


「クラリッサが君に迷惑をかけたと聞いた。君が心配になってね」


レオニスは、開口一番、心配そうな表情でそう告げる。


「迷惑だなんて。ご挨拶をさせていただけです」

「でも、君に何か言ったんだろう」

「クラリッサ様は、陛下がこの王宮書庫によくいらっしゃることを耳にされたようです。その理由が私で、こともあろうか恋愛的な意味で誤解されていらっしゃいました」

「……誤解」

「ご婚約者であるクラリッサ様のご懸念は当然のことかと思います。──陛下。老婆心ながら申し上げますと、あまりこちらにいらっしゃるのはよろしくないかと。ご用件がおありでしたら、ダリオン様やエルマー様を介していただけませんか。陛下直々にお運びいただかなくとも、ことは足りましょう」

「セリーネ。彼女は幼なじみではあるが婚約者ではないんだ。彼女があなたにそんなことを言う権利は全くない」


(どういうことかしら? クラリッサ様はご婚約者ではないの? まあ、どちらにしろ関係ないわ)


「クラリッサ様が陛下のご婚約者でないということは承知しました。ですが、陛下がこちらにいらしゃることは、陛下の今後のご婚約者様にも誤解される恐れがあるということです」


レオニスは、セリーネの言葉をじっと聞いていた。

琥珀の瞳がはらむ光が揺れているのは、きっと──気のせいではない。


「あなたがそんなことを気にする必要はない。セリーネ、君の本心を知りたい──君は、私の婚約をどう思っているんだ」




この国に来た当初、レオニスがセリーネの先見の力を知っているかははっきり言って不明だった。

しかし、三か月がたった今、レオニスの様子を見るに、どうも先見の力を知っているとは言いがたい。

セリーネの力を知っているのであれば、セリーネに命令すればいいだけなのに、それをしない。


ここまで来ると、何も知らないレオニスがただ純粋にセリーネのことを好いているのだとしか思えない。

セリーネの元に困りごとを持ってくるのも、セリーネの元を訪れる理由を作りたいだけにしか見えないのだ。


(私に好意を持っているならばいっそのこと篭絡して、このばかげた魔術契約を解く方法を見つけさせる? 少なくとも私に力を使わせないでいてくれるかしら?)


しかし、それができるほど自分に魅力があるとは思えない。

先見の力を知った時、セリーネの命と先見の力をのせた天秤は、容易に力の行使に傾くだろう。

そんな不確かなものに、エルディナ公国の後継たる弟アルセインの命と、今後先見の力を持って生まれてくるエルディナ公国の子孫の命はかけられない。


(それに、本当に私を好きならば、哀れだわ。自分の好意の代償が、好いた女の命だったなんてこんな皮肉があるかしら?)


セリーネの先見の力を本当に知らないのだとしたら、そんな業を背負わせるのはさすがに心が痛む。


だから、セリーネにとっても、レオニスにとっても、今ここで彼の好意を拒絶するのが最善なのだ。




「きっと陛下の側近の方も動かれているでしょうから、私などが申し上げるのはおこがましいのですが、そうですね。国内の政情はある程度安定しているようですし、国外に目を向けて、貿易立国であるセレヴァンの姫君や、希少鉱物を算出しながら鎖国政策をとられているツィルカの姫君などはいかがかと」


セリーネはにっこりとほほ笑む。

さすがにここまで言えばセリーネの拒絶の意思に気が付くだろう。

レオニスは、傷ついた顔をして去っていくだろう。


「セリーネ、貴重な意見をありがとう」

「いいえ。ご参考になれば幸いです」


セリーネの想像通り、レオニスは表情を凍らせた。

セリーネの心も痛む。けれど、これは最善へと至る、必要な過程なのだ。そう言い聞かせ、ぎゅっと手のひらを握りしめた。

レオニスは目を伏せ、静かに席を立つ。


(きっと、もう、彼はここに来ないわね)


セリーネが下を向いたその瞬間だった。

バンと音を立てて、レオニスがテーブルの中央に手をついた。

思わず顔を上げたセリーネの視界いっぱいにレオニスの顔が映る。

セリーネは思わず息を呑んだ。

赤銅色の髪が揺れ、琥珀の瞳は光を受けて金にきらめいている。

やや吊り上がったまなじりを細め、にっと不敵に笑う。


「だけど、残念ながら全く参考にならないね」


セリーネは、呆然として目を瞬いた。


「君の意見を私が聞く必要は、はっきり言って全くない」


(はい?)


「逃げられると思ってるなんて、どうも、私の努力が足りなかったようだ。私も本気を見せないといけないな」


(え?)


そう言うと、セリーネの耳元に手を伸ばす。

そのままレオニスは、頬に触れないぎりぎりの所に這うように手を添わせ、セリーネのラベンダーグレーの髪を一房すくいあげた。

セリーネは視線を絡めとられたかのように目を逸らせない。

レオニスは、セリーネの瞳を見つめたままセリーネの髪にキスをした。

ほほ笑むレオニスの手のひらから、セリーネの髪が零れ落ちた。


「今後とも、よろしく頼む」


レオニスは呆然とするセリーネを残し部屋から出ていく。

最後にくるりと振り返る。


「ああ。わかっていると思うけど、婚約者については、私が直接君に言ったこと以外は信じないように」


レオニスとそれを追いかけるルゥの姿が扉の向こうに消えていく。

セリーヌは、呆然としながらその姿を見送るのだった。




セリーネの元にクラリッサから茶会への招待状が届いたのは、それから一週間後のことだった。


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