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その未来に私の姿はなくとも ~先見の姫は大国の王に溺愛される~  作者: 瀬里@ピッコマ連載中


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7 王家の至宝5


セリーネがナイフを振りかざす少女の腕をつかめたのはほとんど奇跡だった。

少女の腕をつかんだまま背中から地面に倒れこむ。

肺から息を吐き切って、痛みに呼吸と動きが止まるが、どうにか耐えきる。


「セリーネ!」


セリーネは、自分に馬乗りになった少女のナイフを必死になって支える。

少女の瞳とセリーネの瞳が合う。

少女は、ぼろぼろと大粒の涙を流して泣いていた。


「ごめんなさい、お姉さん、ごめんなさい」


不意にぞっとするような気配を感じ、とっさにセリーネは叫ぶ。


「手を出さないで!」


(きっと、影が今、この子を殺そうとした)


「ふうっ、ううっ」

「大丈夫、落ち着いて。私はあなたを助けたいの。わかってるわ。あなた、姉弟がいるんでしょう? その子のために戦ってるのね」

「あっ」

「つらかったわね。でも、大丈夫よ。必ずあなたの姉弟を助け出すから」

「ほ……んと?」

「ええ、約束する。あの人、王様なのよ。知ってるでしょう。王様にできないことなんてないのよ?」

「うっ、うえーーーん」


少女の手からナイフが落ちる。

馬乗りになっていた少女は、そのまま、セリーネの胸に崩れるようにしがみつくと、泣き出した。


「お姉さん、ルゥ、ルゥを助けて」

「ええ、わかったわ」


セリーネは、泣き続ける少女の頭をゆっくりと撫でるのだった。




「陛下、私に尋問させてください」

「ああ」


影たちが縛り上げたのだろう。

縄をかけられ、地下の通路に転がされた男たちのそばに、セリーネはかがみこんだ。


「ミナ、この野郎、裏切り者! どうなるかわかってるんだろうな! ……げえっ」

「聞かれたことにだけ答えろ」


レオニスに腹を蹴り上げられて男は口をつぐんだ。

ミナはセリーネの影に隠れておびえている。


(この男に聞きたいことなんてない。見たいことだけ)


周りの光景が流れる。体をその場に置き、意識だけを因果律の先に向かわせる。

見るべきは、目の前のこの男ではない。ここにはいない男の仲間の未来だ。


映像が浮かび上がる。

酒場で、騎士に取り押さえられる男たち。酒場の窓の奥に見えるのは、王都の鐘のある尖塔。

向かいにある店は、看板がある。名前は……。


「そう、教えてくれてありがとう」


男は、何も言っていないのに、とぎょっと顔をあげる。

セリーネは、男にたった今聞いたかのように、レオニスに告げた。


「陛下、王都の尖塔のそば、三日月邸の向かいが彼らのアジトです。そこにあの獣人の姉弟が囚われています。名前は、ルゥ」


セリーネは、レオニスに笑顔でほほ笑む。


「陛下、今度こそ、陛下御自身の手で、彼を救い出してください」


(これで四つ目の映像の未来が、確定する)



◇◇◇◇◇



ステンドグラスが美しい、明るい王宮書庫を抜けた、その奥にある司書長室。

エルマーとセリーネ、そして、蒼牙族の少女ミナがある人の訪れを待っていた。

ミナはそわそわと落ち着きがない。

少女の姿のミナは、十二、三歳ぐらいに見える。銀髪に金の瞳の美しい少女だった。事件依頼、表向きはセリーネの部屋付きのメイドとして一緒に過ごしている。


あの事件を起こしたのは、王都を本拠地に盗みを働く窃盗団だった。今回は、ある筋から王家の隠し通路の情報と獣人の子どもを使っての作戦が提供されたという。

しかし、それ以上はとかげの尻尾のように情報はプツリと途切れてたどることはできなかった。先見でもそれ以上の未来はなかった。〝ある筋〟からは、完全に切られたということだろう。レオニスとダリオンは歯がゆい思いをしたらしいが仕方ない。

宝物は全て取り返したとということでこの事件はいったん収束した。


ナディアとセリーネの無実はもちろん証明された。

ミナの罪は、子どもであること、そして拐われて無理やり従わされていたことから情状酌量され、王家への一年間の無償奉仕を命じられた。

それが、セリーネのメイドとなったのである。


と、ノックの音もそこそこに扉が開け放たれ、一人の子どもが駆け込んできた。


「ルゥ!」

「ミナ!」


小さな子どもたちがひしっと抱き合う。

銀の髪と金の瞳の二人は驚くほど似通っている。セリーネがあげた赤いリボンがなければ見分けがつかなかったかもしれない。

ルゥに少し遅れて部屋に入ってきたのはレオニスだった。

カーテシーで出迎えるセリーネを手で制すると、レオニスは、セリーネに近づく。


「ルゥは、私に忠誠を誓ってくれたよ」


セリーネは、先見で見た四つ目の映像を思い出す。

そこに映っていたのは、齢を重ねたレオニスの姿だ。

そして、その背後に立つのは、精悍な騎士──獣人である蒼牙族の青年だった。


(最初はミナかと思っていたけれど、双子の弟ルゥだったのね)


蒼牙族──大陸の人里離れた山間部に住む狼に近い獣人の一族だ。運動能力と五感は、人のそれをはるかに上回る。幼少期は、獣と人の姿を行き来し、成人すると獣と人が混ざり合った姿で定着する。すなわち、人の姿に獣の耳と尾を持つのだ。

群れで生活し、そのグループのリーダーに対しての忠誠心は非常に厚い。

そして、あまり知られていないもう一つの特筆すべき特徴は、彼らの忠誠心の向かう先。

命を助けられた蒼牙族の若者は、救った相手に、無二の忠誠を使うのだ。

得ようとして得られるものではない。

それ故、蒼牙族の騎士を従えることは、多大なる実利があるだけでなく、その人物の高潔さをも表す。

ある意味、憧れやロマンの象徴でもあった。セリーネの弟のアルセインも憧れていた。


「陛下は無二の宝を得られましたね」

「君のお陰だよ」


レオニスは、隠れ家に軟禁されていたルゥを、直接助け出したのだろう。

まだ子どもである彼の未来を縛り付けてしまうことに抵抗はあったが、映像で見た蒼牙族の騎士の表情には一点の曇りもなかった。あるべき未来で最善なのだと確信が持てた。セリーネは自分のこの感覚を信じている。


もちろん、蒼牙族とは言っても、今はただの子どもたちだ。

セリーネは、言葉を交わして抱き合う二人をほほ笑ましく見守った。


「助けた男女が逆じゃなくて本当によかった」

「はい?」


声が小さくてレオニスの言葉はうまく聞きとれなかった。

レオニスは、言い直す気がないらしく、ただ微笑むだけだ。


「忠誠といえばさ、エルディナ公国の王族には、忠義を示す特別な挨拶があるんだろう?」

「はい。騎士道が尊ばれる前からの古い挨拶です。今では単なる儀礼にすぎませんが」


(本当は、より詳しく先見するために──相手に触れる方法を、当時の王女が苦肉の策として考え出したものなのだけれど)


「見たいな」

「陛下がお望みでしたら」


セリーネは、レオニスの前に両膝をついてひざまずく。

レオニスの右手を両の手で恭しくとると、セリーネは、そのままレオニスの手の甲に静かに口づけた。


「暁の王に、幾久しき栄光を」


しん、と今まで騒がしかった司書長室の中が静まり返る。

違和感を感じて顔を上げると、皆がセリーネを見ていた。

エルマーもミナもルゥも。もちろんレオニスも同様だ。

ああ、と一つの事実に気づいてセリーネは自分が不敬であったと悟る。


「申し訳ありません、陛下。手袋をお召しでないのに。始めに申し上げるべきでした」


この大陸の一般的な貴族の挨拶にも、男性が女性の手にキスをするというものがある。それにしても、手袋の上からキスをするフリをするといったものだ。


(手に直接触れてキスをされたら、不快に思われて当然ね)


「いや、いい。これが本来の挨拶なんだろう?」

「はい、そうですが……配慮が足りませ……」

「ただ、君がこの挨拶をするのは禁じる……私以外には」


セリーネは、突然言い渡されたレオニスからの発言の真意を測りかねた。レオニスの表情から読み取ろうとしたが、レオニスはいつも通りの感情の読めない笑みだ。


「この挨拶は私だけのものだ」


レオニスは右の手にちらりと目をやると、すぐにセリーネに背を向けた。


「じゃあね、セリーネ。また来るよ」


そのまま振り返らずに、片手を上げてセリーネに手を振る。

いつの間にか呼び捨てにされている。


「陛下! 僕も戻ります!」

「君はもう少し話してからおいで」

「いいえ! 僕は陛下の護衛ですから!」


ルゥは本当にレオニスに随分懐いているらしい。頬を紅潮させていかにも心酔している様子がほほ笑ましい。

ルゥはレオニスのあとを走って追いかけていく。

ふと気づく。


「あら、ルゥと話せなかったわ。また来るとおっしゃったから、きっと会えるわね」

「私としては、もう少し別の点を気にしてほしかったのですが」

「はい、次は失礼のないようにいたします」


エルマーの苦笑いにセリーネもまたほほ笑み返すのだった。



◇◇◇◇◇



夜半、灯りを落とした執務室で、レオニスはソファにもたれかかり、側近を振り仰ぐ。


「例の侍女は見つかったの?」

「いいえ。侍女だけでなく、宝石商から黒幕へのルートも全て断ち切られており、見つかりませんでした」

「まあいいや。証拠はないけど犯人はわかり切ってるからね」


側近のダリオンは、眠ってしまった獣人の少年に毛布を掛けた。

新しく護衛にした獣人の子どもは気配に敏いが、早くに眠ってしまう。

側近との後ろ暗い話は、必然的に夜遅くになってからだった。


「それよりさ、思わなかったか、ダリオン? ──全て姫の腕の中で泳がされているようだった」

「はい。私もそのように感じました」

「あの話は本当だったみたいだね。飼い馴らしたら、あの力、意のままに使えるのかな?」


ランプの光を受けたレオニスの琥珀の瞳は、金色を帯びて妖しくきらめく。


「それにはやっぱり、私に惚れてもらうのが一番だよね。自分から私のためにあの力を使ってくれるといいんだけど」

「陛下、相手は小国とはいえ一国の公女です。ご自重ください」

「だって、懐かない猫ほど飼い馴らすのが楽しいだろう?」

「それが本心ですか」


ダリオンは、はあっとため息をつく。


「欲しいよね。セリーネ。彼女が──彼女の、先見の力が」


レオニスは、そっと右手を掲げる。

うっとりとした瞳で、ランプの灯りに照らされた右手を見つめるのだった。

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