4 王家の至宝2
セリーネが、ナディアが収監された地下牢を訪れると、ナディアはすぐにセリーネの元に走り寄った。
「セリーネ、大丈夫⁉ ひどいことされてない? ごめん、私といたばっかりに」
「ナディア」
(この人は本当に…)
ナディアは助けを乞うことも、不遇を訴えることもせず、まずセリーネを心配した。
付き合いはまだ短いが、彼女の情に厚く温かな性質を、セリーネもすでに感じ取っていた。
セリーネは、そんな彼女をどうしても助けたい。
「大丈夫よ。ナディア。私はすぐに出してもらえたから」
ナディアは、ほっと息をついた。
「正確には、セリーネ姫が捜査を買ってでたんだ。ナディア夫人。君の汚名を晴らすと言ってね」
「へ、陛下⁉」
ナディアは、セリーネの背後にいたレオニスを見て目を丸くする。
(そうよね。驚くわよね。実際私も驚いたもの)
自分に監視役を付けてくれと言ったのはセリーネだ。
(でもまさか国王陛下が自ら監視役を買って出るなんて思わないじゃない)
レオニスはダリオンに散々反対されたが、自らこの役を引き受けることを強引に押し切った。
(この先、面倒なことにならなければいいんだけれど──いいえ、今はナディアに話を聞くことが先よ)
「ナディア、それより話を聞かせてほしいの。最近倉庫で何か変わったことはなかったかしら?」
「じゃあ、ナディアは自分の掃除している場所が、宝物庫の備品室だったことも知らなかったのね」
「うん、奥に宝物庫があることも知らなかったわ。入ったこともなかった。でも、鍵は渡されてたし、信じてもらえてない……」
ナディアの表情は暗い。
「じゃあ、不審なのは──侍女長の指示だと言って、ナディアに仕事を譲るよう頼んだ侍女くらいね。騎士には伝えた?」
「伝えたけど、そんな侍女は存在しないってさ」
(予想通りね。それに、ナディアが宝物庫に入っていないと証明することもできない。ナディアの無実を証明できない以上、犯人を捕まえるしかない)
「ありがとう、ナディア。陛下からも何かありますか?」
「気にしないでくれ。私はただの監視役だから」
「監視役?」
「気にしなくていいわ──ナディア。私が犯人を見つけるから、落ち込まないでゆっくり待っていて」
ナディアは、目の端に涙を浮かべながら、ぐっと強い表情でセリーネを見る。
「セリーネ。ねえ、犯人捜しはうれしいけど、無理しないで。私のために無茶したりしたら、助けてもらっても私、怒るから!」
(この人はもう……)
「心配しないで」
セリーネは、ぎゅっとナディアを抱きしめると、次の目的地へと向かうのだった。
どうやら、レオニスは本当に見張りに徹するらしい。
セリーネの後ろを半歩下がってついてくる。
王宮の廊下でそんな二人と行き会う人は、みな一様に驚き、慌ててレオニスに頭を下げる。
(この人、絶対にこの状況を楽しんでるわ)
見ようによってはセリーネが国王を従えて歩いている。
どう見ても不審だった。
(一体、どう思われるかしら。頭が痛いわ。でもそのおかげで自由に動けているのだから、今は感謝しなくては)
「何かな?」
「……いいえ」
レオニスは、後ろを歩くことに飽きたのかいつの間にか隣を楽しげに歩いている。
セリーネは内心ため息をつきながら、さっさとこの苦行を終わらせるべく歩く速度を速めるのだった。
セリーネは、ナディアが掃除を担当していた宝物庫の備品室に移動する。
突然の国王の登場に捜査にあたっていた騎士たちの背筋が伸びる。
「お疲れ様。中を見せて貰うよ」
その一言で、セリーネとレオニスはすんなりと捜査現場へ入れてもらえた。
ナディアが掃除をしていたという備品室は、確かにただの倉庫といった感じだ。
簡素な作業台や棚が置かれているだけの部屋だ。
「宝物庫の所在は一般には開示していない。先王崩御の際にいろいろあって、管理や警備の体制がうまく引き継がれなかったんだ……それは私の失態だ」
内容そのものよりも、国王という立場の人物がさらりと過ちを認めるその言葉に、セリーネは驚いた。
(この方は、生まれた時から王として育てられたわけではないからかもしれないわね)
だからこそ、多少の罪悪感からセリーネに便宜を図ってくれたのかもしれない。
備品室の奥の宝物庫の扉には、確認のための騎士がおり、宝物が持ち出されないよう、入出時は所持品検査まで行われている。
この警備体制の方が本来の姿なのだろう。
宝物庫の中は、広い空間に様々なものが置かれていた。重厚な造りの棚が並び、その引き出しにしまわれているものもあれば、展示用の美しいケースに入れたまま置かれているものもある。
騎士が十人ほど室のあちこちを調べているが、ガラス破片が飛び散るある展示用ケースの周りに特に人が多い。
「あのケースに、〝暁の涙〟が入っていたんだ。見るかい?」
「はい」
見なくてもよいのだが、見ないのは逆に不自然だろう。
実のところ、この事件はすでに先見によってある程度可能性が絞られている。
けれど、先見の力の説明なしに結論へ至れば、不審に思われるだけだ。
セリーネは、あたかも推理によって結論にたどり着いたように見せなければならない──こちらの方が至難の業だった。
ガラスケースをざっと確認した後、セリーネは宝物庫の壁沿いを歩き、やがてその痕跡を見つけ出す。
「陛下、この場所で拾った品を、一時お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「何これ? 動物の毛に見えるけど」
「ええ。おかしいですよね、こんな場所に動物の毛なんて……。これを調べてみたいと思います」
セリーネが次に向かった先は王宮書庫だった。
すでに書庫へ戻っていたエルマーが、セリーネとレオニスに従う。
「王宮の地図に、大陸種族体系?」
「はい、そこに今回の事件につながるヒントがあるかと思います」
「セリーネ姫。王宮地図ならさ、多分、王族にしか伝えられてないものがあるよ。ほら、隠し通路とかが載っているやつ」
「本当ですか⁉」
(それなら格段に推理がしやすくなるわ──陛下も隠し通路が怪しいと気づき始めたようだから、いっそ陛下の成果にしてしまおう)
「王族の血筋にしか反応しない魔術錠がかかった禁書庫があるんだ。特別に入れてあげよう」
「禁書庫……」
その言葉の甘美な響きに、セリーネは思わずエルマーの方を見た。
彼は苦笑しながらも、うなずいてくれていた。
王宮書庫のさらに奥、司書長室の隣に禁書庫へとつながる扉があった。
レオニスが魔術錠に手のひらを載せると、重厚な扉はギイ、と音を立てて開いた。
セリーネは、初めて足を踏み入れる禁書庫に、胸の高鳴りを抑えられない。
魔法の灯りに照らされたその場所は、さほど広くはない。
ただ、連綿と続くグランディオス王家を支えてきた秘された文書が、そこには眠っていた。
入ることを許されたからといって、無遠慮に開くほどセリーネは愚かではない。タイトルにざっと目を走らせ、その内容を想像するにとどめた。
「地図……地図……これじゃないかな」
禁書庫の中央に置かれたテーブルに、レオニスは一枚の地図を広げる。
そこには王宮と、それを網羅する隠し通路が示されていた。
さらに、その通路へ至る出入口までも。
「陛下、どう思われます?」
「なるほど……」
レオニスは、セリーネの期待通り〝正解〟にたどり着いてくれた。
同様に「大陸種族体系」も開き、宝物庫で拾った動物の毛を調べると、こちらもレオニスは苦も無く正解にたどり着いてくれる。
「隠し通路を調べないとな」
「ですが、王族の有事のための隠し通路でしたら、大々的な捜索は難しいですよね」
「そうだね。人を絞らなくては」
時間はだいぶたっており、すでに夕方だった。
今日の捜査は終わりにし、明日に備えて休むことにする。
一つだけ、セリーネは気になることがあってレオニスに問いかける。
「ところで、陛下はお強いですか?」
「騎士団長と張るぐらいには」
「安心しました」
「?」
「本日はお疲れさまでした。それではお休みなさいませ」
不審な眼差しを向けるレオニスににっこり微笑んでセリーネは自室へと向かうのだった。
◇◇◇◇◇
セリーネの部屋は、王宮の使用人棟ではなく、客室棟の一角にある。
ナディアの部屋とも割と近い。
今回の窃盗事件で、セリーネ自身の疑惑もまだ晴れたわけではないため、他者との接触も制限されている。
帰りは、レオニスでなく代わりの監視役の騎士が部屋まで送ってくれることになった。騎士の見守る中、食堂で持ち帰りの夕食を準備してもらい、部屋で食べることにする。食欲がないので香辛料を多めに振ってほしいとお願いしたら、顔見知りの料理人は快く対応してくれた。
送ってくれた騎士に礼を言いセリーネは部屋に入る。
〝暁の涙〟を探すため、部屋に誰か入ったのだろう。
物の位置がところどころ変わっていたり、引き出しの中がかき回された痕跡があった。
セリーネは、壁をちらりと見る。
そこには、赤いリボンがかかっている。
セリーネは、窓を開ける。
(さあ、おびき出すわよ。〝暁の涙〟を奪い、ナディアに濡れ衣を着せた窃盗犯を)




