20 前王の隠し子2
「私は、先王アウグスト・ヴァルターン・グランディオスの息子、ルシアンだ。先王の息子として、正当な権利を要求する。現国王レオニス・ヴァルターン・グランディオスの退位と、王権を要求する」
議場は騒然とする。
「前王陛下の息子は、幽閉された殿下だけではなかったのか」「どうなるんだ」「王位は」
貴族は口々に声をあげる。
声を上げない貴族たちも一部いる。
レオニスがちらりとダリオンの方を見ると、彼は心得たようにうなずく。
レオニスは静かに立ち上がると、議場はしん、と静まり返った。
「却下だ」
「陛下、何を根拠にそのような発言を?」
宰相ザイラスは静かにレオニスを見つめる。その黒い瞳の奥の底知れない野心を見抜いたものは、今までどれだけいたのか。
「お前こそ、何を根拠に議会に議案を持ち込んだ? 宰相ともあろう者が正式な手順を無視するな」
「緊急案件として臨時の議案を持ち込むことも宰相には、許可されております」
「それは、先王の時代のものだ。それらの全ての権限は、私の即位時に廃されている」
議席の議員から、いくつか声があがる。
「宰相閣下、陛下のおっしゃることは事実です」
レオニスは声を大きく上げた。
「何もこの件を握りつぶそうとしているわけではない。正式な手順を持って、と言ったはずだ。先王時代の議会を無視した強引な進め方は、皆、もう繰り返したくないだろう?」
議場は再びざわめくが、賛同の声が上がり始める。
「私の即位までのいきさつは皆、知っての通りだ。私が王位欲しさにこのようなことを言っていると誤解する者もいないだろう」
皆、レオニスが、仕方なく即位したという事実を知っている。
先王の突然の崩御のあと、皇太子の罪が明らかになり幽閉され、大公として地方の土地を任されていたレオニスの父が国王としての即位を渋ったため、やむなくレオニスが国王の地位についたのだ。
「今度ゆっくり話そう、従兄弟殿」
「はい、レオニス様」
ルシアンは、もうレオニスを陛下と呼ぶつもりはないようだった。不敵な笑みを浮かべてレオニスを見つめる。
レオニスもふっと笑い返し、議場を後にした。
議会での出来事は、瞬く間に、王宮中、そして王都へと広がった。
セリーネの元へも当然、その話は届く。
(きっと近日中に呼ばれるはずだわ。先見が必要だもの)
けれど、セリーネの予想に反して、レオニスがセリーネを呼ぶことはなかった。
(以前の先見では、国王として玉座にいたのはレオニス陛下だった)
セリーネは、以前、先見で国王として玉座にいたレオニスのその背後に立つ、獣人の騎士ルゥの姿を目にしていた。
けれど、未来は容易に動く。
(今こそ、近い未来を先見で見通すべきなのに)
しびれを切らしたセリーネは、レオニスの元へ急いだ。
「陛下はお会いになりません」
執務室にやってきたセリーネに対し、ダリオンの言葉はにべもない。
「けれど、今こそ〝私〟が必要なのでは?」
ダリオンに迷いはない。
「陛下は、〝それ〟が必要ないとおっしゃったのです」
「どうして⁉」
「今は、時期ではないのです。お下がりください」
ダリオンの表情に私的な感情は一切なかった。
何を言っても通用しないのを悟り、セリーネは執務室に背を向けた。
「また来ます」
◇◇◇◇◇
セリーネを見送り扉を閉じたダリオンは、はあっと大きなため息をつく。
「本当にいいんですか? 彼女がせっかく来てくれたのに。こういう時こそ、彼女を有効活用すべきでは?」
「未来の王妃を物みたいに扱わないでほしいな。ダリオン」
「婚約すら受けてもらえていないくせに」
「……そんなくだらないことを考えている余裕があるなんて、仕事が足りないようだね?」
「滅相もない!」
ダリオンは慌てて自分の執務机に戻った。
レオニスはそれを横目で見ながら、肘掛椅子に体を預けて天井を仰ぎ見る。
(確かに、ダリオンの言う通り、今は、彼女の先見の力があったほうがいい)
それなのに、迷う理由は一つだ。
「先見で、私が彼を殺すところを見られたくないな」
「むしろ、あなたの本質を知ってもらうよい機会では?」
レオニスは、ふっと笑う。
「それは、彼女を手に入れてからにするよ」
「彼女が見られるのが未来だけでよかったですね」
ダリオンはあきれ顔だ。
レオニスは、立ち上がると窓から外を見下ろした。
渡り廊下を去っていくセリーネの姿がここからだとよく見える。
ラベンダーグレーの光沢のある髪が光に揺れる。
レオニスには、確実に彼女を手に入れるまでは、伏せておきたい事実がある。
「本当だ。さすがに、あれは知られたくないな」
先王アウグストを殺したのは、レオニスだという事実を──。
◇◇◇◇◇
渡り廊下を通って、セリーネは自室への道を歩く。
その足取りは重い。
ミナが心配そうにセリーネの様子をうかがっているのがわかったが、それに構っている余裕はなかった。
(陛下は、それほど先見の力を重要視されていなかったってこと?)
だとしたら、レオニスはそれだけセリーネを愛しているのだと言うことになる。
(でも、それなら私に会いたがらなかった理由は何?)
「陛下が何を考えているのかわからないわ」
セリーネがつぶやき、顔を上げると、その先に、ある人物の姿がある。
明らかにセリーネを待っていたらしく、腕組みをして壁にもたれかかって、こちらを見ている。
「先生、久しぶり。急に授業休んじゃってごめん。でも、いろいろうわさは聞いてるでしょ」
セリーネは、カーテシーで彼を出迎える。
「帝国の新しき灯に敬意を──ルシアン殿下」
「やめてよ。先生にそんなこと言われたくないな。あ、もう先生って呼ばなくていい?」
「ご随意に」
「じゃあ、名前で呼びたい。セリーネ」
「……はい」
この国で、セリーネを名前で呼ぶのは、ナディアとレオニスだけだ。自分の領域に踏み込まれた感じがするが、セリーネにそれに否を唱えることはできない。
彼は──王族だ。
(それにしても、以前の彼とは別人のようだわ。人懐こい弟のような方だったのに)
「ね、エルディナ公国の王族には、特別な挨拶があるんでしょう? それをしてもらえる?」
「それは……」
『ただ、君がこの挨拶をするのは禁じる……私以外には』
『この挨拶は私だけのものだ』
レオニスの言葉が脳裏に蘇り、セリーネは動きを止める。
「ルシアン殿下、申し訳ありませんが……」
ルシアンがセリーネに一歩近づく。
「これ、エリオットにも内緒なんだけど。セリーネは、〝俺の言葉に逆らえない〟って本当?」
がんっと、頭を鈍器で殴られたようなショックが全身を襲う。
(なんでこの方が知っているの⁉)
それは、セリーネが縛られた魔術契約だ。
──グランディオス帝国王族の命は絶対であり、その命には最大限の努力を持って応じる。
──王族の命を破った場合は、魔術契約により二人の人物の心臓が止められる。
ルシアンは──王族だ。
「あはっ、本当なんだ。──じゃあ、言い方を変えようか、セリーネ」
ルシアンは、捕食者の笑みでセリーネを見下ろす。
「俺に、エルディナ王族に伝わる特別な挨拶をするんだ」
反発しそうになった瞬間、心臓が見えない糸で縛り上げられるような感覚がする。
(いけない。これではきっとアルセインも)
故郷で、いきなり痛みに襲われたであろう弟のことを考えると、自然とすべきことが決まった。
セリーネには、レオニスとの約束を破ることを選ぶ。
明確な拘束力を持つのは、ルシアンの命令の方だった。
(きっと、契約を知った上で意思を持って命令されたから……)
セリーネは、ルシアンの前に、両膝でひざまずく。
ルシアンの右手を両の手で恭しくとると、そのまま──。
パシッと音がした。
セリーネの腕が捕まれそのまま勢いで背後に倒れこむ。
見上げた先には、レオニスの姿があった──。




