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その未来に私の姿はなくとも ~先見の姫は大国の王に溺愛される~  作者: 瀬里@ピッコマ連載中


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2 新王レオニスとの対面

新王レオニス・ヴァルターン・グランディオスは玉座に腰かけ、琥珀色の瞳でセリーネを興味深げに見下ろした。


「帝国の新たな太陽が昇りしこと、お祝い申し上げます」


セリーネの王族に対するカーテシーを見て、レオニスはふっとほほ笑んだ。


「いらっしゃい。セリーネ姫。まずは長く王宮に留め置いたこと、お詫びしよう。聞いてると思うけど、先王陛下──叔父上が亡くなった。本当は国王になるのは私じゃなかったんだ。ただ、叔父上の息子たちがいろいろやらかして皇太子の地位をはく奪されてね。ついでに、王弟だったうちの父がやりたくないっていうから、しかたなく私にお鉢が回ってきたんだ」

「陛下」

「愚痴ぐらいこぼさせてよ、ダリオン」


レオニスは、すぐ脇に立ってたしなめるように見下ろす黒髪の側近にぼやいた。

セリーネはゆっくりと顔を上げる。

軽口に騙されてはいけない。セリーネはこの王を見定めなければならない。


「でね、セリーネ姫。今はすごく忙しいし、君のこと、あまり面倒なことにしたくないんだよね」


側室になるはずだったセリーネを王の葬儀にすら出席させずに軟禁していたのだ。


(私の存在を明らかにしたくなかったのだわ)


問題は、その理由である。──端的に言えば、彼はセリーネの先見の力を知っているのか、否か。


もしセリーネの力を知らなかったのなら、先王が若い側妃を人質代わりに娶ったという醜聞を隠したかったからだろう。その場合、新王はセリーネをひそかに追放しようとするだけだ。

だが、セリーネの力を知っているのなら──彼の目的は、セリーネを秘密裏に使いつぶすことにある。


彼が浮かべているのは、為政者が持つ感情を読み取らせない笑みだ。

さて、どうする、とでも言いたげに口元だけが笑みを刷く。


(いえ。本当は、どちらでもいいのよ。だって、陛下が知っていようといまいと、私の選ぶ道は変わらない)


「陛下。婚姻前に夫に先立たれた妻を哀れと思し召しいただけるなら、どうか私がこの国に残ることをお許しくださいませ」

「どうして?──ああ、同盟のことを心配しているのなら大丈夫だよ。あの武力に頼った強引なやり方は、国内外で大きな反発を招いた。この国では、もはや通用しない」

「温かいお言葉をありがとうございます。祖国の父母も安心いたしましょう。ただ、私がこの国に残りたい理由は同盟への懸念ではなく、宗教上の事情なのです。私は国を出る際、エルディナ国教からこのグランディオス帝国の国教へと改宗いたしました。エルディナ国教では、一度教会の庇護を離れた者を再び受け入れることは認められておりません。ゆえに、エルディナに戻れば私は異端とみなされ、宗教裁判にかけられる恐れすらあるのです」


セリーネは、淡々と語った。

「それは、なかなかに大変だね」

「破談となった身ゆえ、この先の婚姻はすでにあきらめております。エルディナでは、亡き婚約者に操を立てることこそ尊ばれております。修道院でも構いません。この国の片隅に置いていただければ、この帝国に一生祈りを捧げて過ごしましょう」


(本当は、そんなこと望んでいない。──けれど、私は故国へ返されるわけにはいかない)


セリーネは、先王への憎しみを呑み下した。


(魔術契約によって、私はこの国を出ることを禁じられているのだから)


魔術契約は、王の命に従うことと、破った場合の心臓の代償を主契約としている。さらに、それを可能にするために数々の補足契約が付け加えられていた。

セリーネの国外逃亡を封じる条項も、その一つである。

彼女が国外へ出れば、自動的にセリーネと弟アルセインの心臓に結び付けられた魔術契約が発動するのだ。


この場に魔術師らしき人物がいないことは心底ありがたい。高位の魔術師であれば、セリーネが縛られている魔術契約を見抜かれていたかもしれないから。

魔術師は、魔術国家エル=ザイアから、高額な報酬と引き換えに雇うことができる。が、少なくとも今、王のそばにはいなかった。


「ダリオン」

「は」


レオニスが伸ばした手に側近ダリオンが載せたのは、おそらくセリーネに関する資料だ。

レオニスは、ぱらぱらと渡された資料をめくる。


「ふうん。君は語学が得意なんだね。古代ネリス語とか、ザル=エン語とか、なかなかできる人はいない。じゃあ、これから王宮書庫で働いてもらおう。司書長の歴史書編纂を手伝ってくれるかな」

「はい、謹んで拝命いたします」

「ちなみに、先王との婚約の件は面倒だから、なかったことにする。外で口にしないようにね。君は、大陸に名だたる我が国の王宮書庫に憧れ、歴史書編纂の仕事を聞きつけてやってきた変わり者の公女、ということにしておこう」

「はい、承知いたしました」


最善ではなかったが、セリーネの願いは叶えられた。


(陛下が私の先見の力を知っているかはわからない。けれど、今のところはどちらでも構わないわ。──私の選ぶ道はすでに決まっているのだから)


こうしてセリーネは、王宮書庫の司書としての務めを手に入れたのだった。



◇◇◇◇◇



王宮書庫は想像以上に美しい場所だった。

教会さながらの荘厳なステンドグラスはもちろん、精緻な彫刻が施された書棚も美しい。これらは、グランディオス帝国の重厚な歴史の重みを感じさせる。

王宮書庫は、一般公開されているエリアと、王宮禁書庫と言われる、王族と一部の司書のみしか出入りを許されないエリアとがある。

一月前に、レオニスから与えられた仕事は、この王宮禁書庫に併設された場所で、一般に公開できないような貴重な書物を歴史書として編纂することだった。

上司である王宮司書長のエルマー・グレイヴスの指示を受けて、黙々と古代語で編まれた資料を解読し、まとめる。

誰とも会わないこともあるこの作業は、今のセリーネにとってとてもありがたかった。


「大丈夫かい? セリーネ姫。根を詰めすぎでは? お昼はとっくに過ぎているよ」

「エルマー司書長。もう、そんな時間ですか?」


セリーネの上司である王宮書庫の司書長は、六十代の落ち着いた印象の白髪の紳士だ。

部下の仕事の状況にもよく気を配ってくれていて物事に没頭しすぎるセリーネに対してもこのように気にかけてくれる。


「セリーネ姫、君は今週働きすぎだよ。今日は、食事をとったら休むといい。ゆっくり家族に手紙でも書いたらどうだい?」

「そうですね。そうさせていただきます」


見上げると、ステンドグラス越しに見える日はとっくに傾いている。

セリーネは、書庫を後にして食堂へ食事をとりに行った。王宮書庫の司書であることを証明するメダルを見せると、食堂の料理人はすぐに持ち帰り用の食事の準備をしてくれた。

セリーネは、遅くなった昼食を持って自室へ向かう途中、中庭のベンチに腰掛ける女性を見かけた。

褐色の肌に漆黒の長髪、くっきりした目鼻立ちのその姿は、目を引く。


(サリマーン王国の方かしら? 使用人の中庭にいるのだから、お客様ではなく働いている方よね)


メイドのお仕着せでなく、異国の衣装を着ているところから、セリーネは、誰かの侍女だろうとあたりをつける。

サリマーン王国には興味があるため少し話をしてみたい気がするが、今のセリーネが誰かと親しくなるのはよくないだろう。


セリーネが彼女の前を軽く会釈をして通り過ぎる瞬間だった。


ぐうううぅ、と大きな音が鳴った。


あまりに大きな音だったので、セリーネは一瞬何の音だったかわからず、驚いてきょろきょろとあたりを見回してしまった。

ベンチで真っ赤になっている彼女を見てやっと音の正体に気づく。


(このまま去るのは……人として……)


「あの、お昼、ご一緒しませんか?」




彼女は、ナディア・アル=サフィーと言った。

妖艶な美女が勢いよく物を食べる様子に始めは唖然としたが、慣れてくるとほほ笑ましい。


「ありがとう! ほんとは食堂でお昼食べようとしたんだけどさ、メダル忘れちゃって……もう、ドジでしょ?」


メダルがなくとも、これだけ特徴的な容姿だ。食堂で働く者が覚えていないはずがない。きっとよく思われていないのだろう。

特徴的な容姿の異民族に対して閉鎖的なのは、どこの国も一緒だ。


そして、話を聞いていくと、彼女の意外な経歴が明らかになった。

彼女は先王の側妃──第八妃だったのだ。


「ほんっと嫌になるわ。私、もともと旅芸人の一座で舞ってた舞姫なのよ? もちろん平民。『舞える娘が欲しい』って言われて無理やり連れてこられてさ。王宮に入るには貴族じゃなきゃダメだからって、急ごしらえで養子にされて、礼儀作法も付け焼刃で叩き込まれて……で、ここに放り込まれたの。妃なんて肩書きは飾りで、先王陛下の前で舞を舞ってただけよ?」


夜のお相手をさせられなくて本当によかったわ、と臆面もなく話すナディアの様子には苦笑いをするしかない。


(残念ながら令嬢教育は身についていないようね。初めて会った相手にそんな内情まで話してしまうなんて)


ただ、裏表のなさそうな彼女に、セリーネは悪感情を覚えることはなかった。


「大変だったのね」

「そう! そうなのよ! 先王陛下が亡くなった途端に、義父母は援助を打ち切って『好きにしなさい』って放り出すし。王宮で仕事探しても『礼儀作法がなってないから人前に出せない』って言われて、まともな仕事は回ってこない。結局『倉庫の掃除くらいが似合いでしょう』って……何よそれ⁉ ……まあ、事実なんだけどさ」


というよりも、同じ側妃という立場でこの国に来たセリーネとしては立場的に他人事とは思えない。ちなみにセリーネは第九妃になる予定だった。


「セリーネはすごいわね。異国で勉強したいなんて。それに書庫の司書でしょ? 所作もきれいだし、きっといいところのお嬢様なんだろうな」


セリーネは、あいまいに笑った。


「ねえ、セリーネ! また一緒にお昼食べない? おしゃべりする相手もいなくて、退屈で仕方なかったの」

「いいわよ」


侍女を連れてくることすら許されず、話し相手に飢えていたセリーネも、彼女の提案を快く受け入れたのだった。




その夜、久しぶりに家族に手紙を書いた。

グランディオス帝国での生活は、思ったより快適なこと。

歴史書の編纂の仕事は、楽しいこと。

エルマー司書長は、とても面倒見がよい上司であること。

セリーネは、これから穏やかな生活を過ごせそうだということ。


「それから、お友達ができたと書いてもいいわね」


ナディアのことも書いた。異国の舞姫だが、食いしん坊でどこか憎めない彼女のことを書いてもいいだろう。


「何かおいしい食べ物を送ってくれるかもしれないし」


セリーネは、くすくすと笑い声を立てながら手紙に封をしたのだった。



◇◇◇◇◇



その日は、いつものように中庭でお昼を食べていた。

ナディアのお腹の音が中庭に鳴り響くと言う衝撃的なあの出会いから二週間しか経っていないが、毎日顔を合わせているとそれなりにお互いのことが知れてくる。

セリーネとナディアは気が合う、そこそこに親しい友人関係と言えた。


「今日は仕事が早く終わったのね」

「うん、ラッキーなことにね、昨日と今日、仕事を代わってくれる人がいたの」

「あら、何かのお礼?」

「ふふ、知らない人なんだけど、色んな仕事を覚えたいんですって。侍女長からの指示らしいわ」


(それはちょっと……)


疑いすらしないナディアに対して、セリーネは心配になる。


「ナディア、もう少し用心するべきだわ。悪意を持ってあなたのことを報告する人もいるかもしれないわ。職務怠慢だとか、仕事を押し付けられたとか。そのくらいならいいけれど、例えば……」


その時、だった。

セリーネとナディアの前に近衛騎士三人が立ちふさがったのだ。

物々しい雰囲気に思わず会話を止める二人に対し、近衛騎士が高らかに告げる。


「捕らえよ。元第八妃ナディア・アル=サフィー。並びに公女セリーネ・アルヴェリナ・エルディナ。お前たちを、王家の至宝〝暁の涙〟を盗んだ咎で捕縛する」




──その日、セリーネとナディアは窃盗の罪で捕らえられたのだった。

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