18 王の暗殺3/束の間の平和
レオニスは、セリーネをガラスからかばうように胸に抱き込む。襲撃者によって切り裂かれたレオニスの肩から、鮮血が床に飛び散った。
(大丈夫よ、これは、陛下が死なないルートだから!)
レオニスの投げた短剣を、襲撃者は苦も無くよける。
襲撃者はセリーネをにらみあきらめない。
その時、窓から、小柄な人影が二つ、飛び込んできた。
「陛下っ」
「セリーネ様!」
ルゥとミナだ。訓練場から襲撃の気配を感じてやってきたのだろう。
獣人の二人に、手負いの襲撃者は苦も無く引き倒される。
「お前、あの時の!」
ミナとルゥは、襲撃者を取り押さえた。
そこへ、ダリウスや近衛兵が駆け込んでくる。
ダリウスによってターバンをはぎ取られた男の姿は、クラリッサの護衛騎士だった。
緊張感が途切れたのか、セリーネを抱きしめていたレオニスの腕が緩む。
「陛下!」
レオニスは意識を失った。
◇◇◇◇◇
目を開けると、セリーネの姿があった。
唇をぎゅっと引き結び、目の縁が赤くして、憔悴しきった顔は、美しいといえるものではなかった。けれど、彼女にそんな顔をさせたのが自分かと思うと、不健全な喜びが溢れてくる。
手を伸ばして彼女に触れたくて仕方なかったが、腕は固定されていて動かすことができない。
「起きてすぐに君の顔を見られるなんて、天国かな。君にそんな顔をさせられるのなら、けがをするのも悪くないな」
「ふざけないでください! 陛下は国王なんですよ。なんであんなことを」
「ふざけているのは君だよ。私の告白を聞かなかったことにしようとしている」
セリーネの顔がはっとしたように歪む。
「先見の力をご利用なさりたいのでしたら、もうこんなことは必要ありません。取引に応じます」
「だから、そうじゃないと言っただろう? なんども言わせたいの? 私は、君を愛している」
セリーネの瞳が揺れる。何かを言いかけて、口をつぐみ、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……私は、受け入れられません」
「まあ、そう言うと思っていたよ。でも、私は引かないよ? 確かに、最初は先見の力への興味からだった。だけど、この数か月、君と過ごすうちに、君に惹かれていったんだ。君の善良なところも、献身的なところも、賢いところも、鈍感なところも、努力家なところも、美しさを鼻にかけないところも、全てが好ましい。何より、君のそばにいるのが心地いいんだ」
「やめてください」
「恋愛感情というのも、知ってみると意外といいものだね。無理に先に進めるつもりはないよ? でも、私は必ず君の心と体を手に入れる。覚悟しておくんだね」
セリーネは口をつぐむ。
「一つだけ約束して。次は、まっさきに知らせるんだ。特に君に危険が及ぶ先見を見た際には」
「わかり……ました」
「私が目覚めるまで、ここにいてくれたんだろう。私はもう大丈夫だよ。君も疲れ切ってるみたいだ。部屋で休むといい」
レオニスは、疲れ切ったセリーネに部屋で休むように告げて部屋から出すと、側近のダリオンを呼ぶ。
セリーネの不自然な動きには気づいていた。
ルゥとミナ、護衛をそばから引き離したのも考えがあってのことだと思い受け入れた。
試行錯誤を繰り返しているのもわかった。
「まさか、暗殺の先見だとは思わなかったけれど」
(色々試したけど、防げなかったから、事件を起こしての犯人逮捕に切り替えたのかな)
それに、彼女は襲撃が自分の暗殺だと気づいていなかった。
その理由は、きっとレオニスにある。
セリーネが一人でいるときには、影を複数つけていたのだ。
けれど、セリーネとレオニス二人だけの時には、自分の実力を過信して影を下げた。
結果として、レオニスと二人でいるときの方がセリーネは狙いやすくなった。
「先見もそこまで万能じゃないね」
思案しながら独り言をつぶやくレオニスを見て、ダリオンはため息をつく。
「陛下はセリーネ姫を信じすぎなのでは?」
「何がいいたいのかな」
「考えなかったとは言わせません。護衛を遠ざけるなど、彼女が悪意を持っていたのならば、陛下の命の危機に直結します」
「手厳しいね」
「先見の内容は、彼女にしかわかりません。虚偽を教えたら? 陛下が彼女の心を射止めていたらこんな心配しなかったのですが」
「ダリオン、振られた私の心をえぐるのはやめてくれる?」
レオニスは、ベッドの上から気弱そうな声を出す。
「セリーネはさ、かわいいよね。俺と関わって婚約者候補になったからクラリッサの護衛に襲われたのに自分のせいだって思い込んでさ。彼女は、善人だよ。お前たちを側に置いている私の人を見る目を信じてほしいな」
レオニスがそう言うとダリオンは、ぐっと言葉に詰まる。
わずかに照れているのがわかる。
「さっさと薬を飲んで早く治してください」
「げ」
側近は、ばしっと薬湯をおしつけ、遠慮がない。
「ルミナール公爵家はいかがいたしますか?」
「あの家はそこそこ使えるけれど、娘を押し付けてくるのがうざったかったんだよね。今回逆に恩を着せられるから、ちょうどよかったんじゃない? 国王の殺人未遂を、クラリッサの修道院で手打ちにしてやる、そう持ち掛けてうまく手駒にしなよ」
「はい、仰せのままに」
「今回、本当なら、もう少し事前に情報収集ができたと思うんだよね。──そろそろ〝あいつ〟を呼び戻さないとね」
◇◇◇◇◇
セリーネは、レオニスの部屋を後にした。
ミナが後をついてくる。
『愛しているんだ』
(こんなはずじゃなかった。陛下は私のことを利用しているだけだと思っていたのに。あんな言葉聞きたくなかった)
あそこで命をはってセリーネを助けようとした以上、レオニスのセリーネへの想いは本物なのだろう。それを信じないわけにはいかない。
(先見の力は知られていた。でも、陛下は先見が命を削ることを、きっと知らない)
「だとしたら、最初に戻るだけだわ」
(婚約は、やっぱりできない。だって、そんな親しい関係になってから私が死んでしまったら、きっと傷つくもの)
自分を好きだと言ってくれる人を傷つけたくはなかった。
(先見が命を削ることを、最後まで気づかせない)
それから。
(私の命はいつまでもつかわからない。けれど、最後の時は、多分、事故で死ぬのが一番いいわ)
セリーネは、自分の終わらせ方を初めて見定めたのだった。
◇◇◇◇◇
王都へと向かう街道は沿いには一面の麦畑が広がっている。それはこの国の豊かさの象徴ではあるが、十六歳の少年にとっては、全く興味をそそられない。
少年──ルシアンは、頬杖をつくと、馬車の窓からつまらなそうに外を眺めた。
光の加減によっては赤く見える栗色の巻き毛に、猫のような琥珀の瞳が特徴的だ。
「なあ、エリオット。まだ着かないの?」
「はは。ルシアン様。さっきからそればっかりですね」
ルシアンの向かいに座った世話役の青年貴族、エリオットは銀縁の眼鏡の奥の瞳を細めて笑う。
「だって王都は、フォルディア領とは違うんだぜ。狩りしかない田舎と違う! 着いたら、馬上槍試合も見られるし、サロンやオペラ、夜会に仮面舞踏会だってあるんだろ!」
「閣下に世話役を頼まれた身としては、あまり羽目を外していただきたくないのですが……」
「硬いこと言うなって!」
「多少は目をつぶりますから、勉強にも励んでくださいね」
興奮気味にエリオットに話しかけていたルシアンは、がっくりと肩を落とす。
「勉強ねえ。なあ、そんなにエルディナ語って必要なの?」
「閣下がおっしゃるのですから、そうなのでしょう。それに、教えてくださるのは、エルディナの公女セリーネ姫です。美しくて賢い才女だとか」
「ふーん。どんな人かな! まあ、美人に合うのは楽しみだよな」
「そうですね、楽しみですね」
明るい顔で想像を膨らませるルシアンに、エリオットは目を細めるのだった。




