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その未来に私の姿はなくとも ~先見の姫は大国の王に溺愛される~  作者: 瀬里@ピッコマ/Lineマンガ連載中


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17 王の暗殺2

セリーネが王宮書庫の司書室で編纂作業に勤しんでいると、外から「お待ちください!」

という慌てた職員の声が聞こえる。


ミナが立ち上がり、扉の前で待ち構える。

バンッと扉が開き、淡い金髪に透き通るような青い目の美しい令嬢が入ってきた。

入ってきた人物に対して、セリーネは、顔を上げなかった。


「あなた、お忙しい陛下に散々わがままを言って振り回しているそうね!」

「……」

「なんとか言ったらどうなの⁉」

「クラリッサ様、作業がひと段落するまでお待ちいただけますか?」

「あなたねえ!」

「ミナ」

「はい!」


セリーネに声をかけられたミナが、クラリッサに向かって勢いよく前に出る。

「ひっ」とおびえた声を漏らすクラリッサの前に立ったのは護衛の男だった。鞘に入ったまま剣を横なぎにして、ミナを退ける。

ミナは、体をのけぞるように逸らすと、そのまま一回転してタンっと一歩下がった。


「獣人か」


茶色の髪と瞳の護衛の男は、無表情のまま、そのままクラリッサの前に立つ。

ミナは、男をにらみつけ懐に手を伸ばす。

バチバチと火花が散りそうになる中、セリーネは立ち上がるとミナの頭に手を載せた。


(ミナと張り合える実力なのね)


手の震えを必死に押し殺し、なんでもないことのように明るい声をあげる。


「さあ、ひと段落着いたわ。ミナ、お客様にお茶をお出しして」

「はい、ただいま」

「いらないわ。それよりも、さっきの質問に答えなさいよ⁉」

「それなのですが、何のことでしょう?」


以前感じた余裕などかけらもない。怒りに我を忘れたクラリッサは、噛みつくように続ける。


「陛下に毎日のように夕食の時間をとらせて、部屋まで送らせて。〝暁の涙〟をつけて舞踏会に出たからっていい気になるんじゃないわよ! あなたなんか、陛下に遊ばれているだけなのよ⁉ その証拠に、陛下はあなたと一向に婚約しないじゃない」

「矛盾なさっていませんか? 私が陛下を振り回していると言いながら、私が遊ばれているだなんて。クラリッサ様はひょっとして私を心配なさって来てくださったのかしら?」


そう指摘すると、クラリッサは、カッと頬を赤くする。


「だって、陛下が、陛下がおかしいもの! あの人は、あんな人じゃない! 何かに固執するような人じゃ……」

「クラリッサ様は陛下の幼なじみでらっしゃいましたね」

「そうよ! 私のほうがあなたなんかよりずっと陛下のことを知っているんだわ」


(それはそうね。私は何も知らなかったわ。目的のために人の心を平気で弄べるような人だなんて)


「ええ。そう思います。私も、陛下があんな方だと思いませんでした。私があれだけ渋ったのに強引に婚約の話を進められるなんて」

「え」

「クラリッサ様は、何か勘違いなさっているだと思います。陛下が私と婚約をしないのは、陛下が渋っているからではありません。私がお待たせしているのです。陛下は、私に何度も愛をささやかれるのですが、私の気持ちが付いていかなくて」

「うそ、うそよ」


ふっと見下すような笑みを浮かべてみせる。


「舞踏会で私に〝暁の涙〟を使わせたのも、虫よけ、なんですって。実際、他の男性から声をかけられることはなくなりましたわ。陛下の執着は怖いぐらいですもの──それに、噂は聞いてらっしゃるでしょう。暁の涙の事件。私に活躍させようとした、陛下の自作自演じゃないかって。クラリッサ様はどう思われます? 陛下の想いは本物かしら?」


クラリッサの顔はもはや蒼白だった。


(ごめんなさいね。陛下の想いは本物なの。それほどに陛下は、私の〝先見の力〟に焦がれているのよ)



◇◇◇◇◇



セリーネは、レオニスを確かに振り回していたかもしれない。

犯人が事件を起こしやすいように、夕食は決まった曜日、決まった時間にしてもらう。

食事は決まった時間に始め決まった時間に終え、食事の後は毎日同じルートを通ってセリーネを部屋まで送ってもらう。

そして、──隙を作る。

ミナとルゥには、少し前からこの時間暇を出すようにしていた。

必ず夜の庭園を通り、二人きりになりたいと護衛騎士には、距離をとらせる。


「暑くなってきましたね」


薔薇の季節は終わりを迎えようとしていた。舞い散るバラの花びらと、幾分収まってきた香りは、夜風にのって庭園に漂う。

二人きりで話すことは、たわいもない話ばかりだ。


「エルディナでは、どのように夏を過ごすの?」

「エルディナは北方なので夏が短いのです。人々は皆、短い夏を精一杯楽しみます。氷が解け湖や川が現れるので、泳ぎや舟遊びを楽しみます。また、文化的な交流や行商が活発になる時期でもあるので各地で祭りが開かれます。人の行き来も盛んになるので、出会いも生まれます。恋の季節でもありますね」

「君は、どうしていたんだい?」

「私は、そうですね。お祭りが大好きでした。昨年は、弟のアルセインと一緒に行きました」

「弟と仲がいいんだな」

「ええ。十歳になるのですが、しっかり者で姉想いの大切な弟です──足が疲れてしまいました。陛下、そこへ座りませんか?」


セリーネは、レオニスと二人、建物の影になる場所のベンチに座る。


(陛下は私が先見に基づいて動いていることに気づいているのね。だから、あまり疑問をさしはさまずに私の要望を聞いてくださっている。周囲には、質の悪い我がままだと思われているようだけれど、それも都合がいいわ)


「陛下。陛下は……」

「死ね! 公女!」


その時だった。セリーネの視界の端から、白刃が振り下ろされる。

カキーンと剣がぶつかる音が夜の静寂に響き渡る。

レオニスが、懐から隠し持っていた剣で襲撃犯の白刃を受け止めたのだ。


一番最初の先見の映像では、レオニスは剣を持っていなかった。

セリーネが、心配だから剣を持ってほしいと訴え実行した結果、初撃は防ぐような先見にやっと変化した。


(第一撃を防げたのは予定通り。でも……襲撃犯の狙いが、私だったなんて)


ターバンの巻かれた襲撃犯の顔からは目だけしか見えない。

感情の見えないその茶色の目に、セリーネは見覚えがあった。


(なんて愚かなの⁉ 最初から間違えていたなんて)


襲撃犯は、レオニスと戦うつもりはない。

レオニスと刃を交えながら、どうにかして、セリーネの元に来ようとしている。


(私が陛下を危険にさらしてるんだわ)


セリーネは、身をひるがえすとレオニスから距離をとるべく走り出した。




セリーネは、中庭に面した渡り廊下から、奥へ走りこもうとした。

ヒュッとナイフが眼前をかすめ、方向転換を余儀なくされる。


(ルゥとミナは渡り廊下の向こうの訓練場にいたのに)


訓練中の二人の元へと駈け込む計画はあえなく潰えた。


(不幸中の幸いは、陛下でなく私をを追いかけてきたこと)


セリーネは、中庭の奥に隠れるように配置された古い建物へと走りこむ。

そこは老朽化のため取り壊しが決まった建物だ。

普段は施錠され入ることができないが、この時間だけ、こっそり鍵を開けさせていたのだ。

セリーネは、資材倉庫にされている適当な部屋に潜り込んで、ソファの影に座り込んだ。


(騎士団が動いているはず。だから、ここで襲撃犯をやり過ごすことができれば、助かる)


キイッと扉が小さく音を立てた。

震えそうになる肩をセリーネは抱きしめる。


(もう来たの?)


セリーネはそばに置かれた掃除用の箒を握りしめた。

ぎしぎしと床を軋ませる音がして襲撃犯はまっすぐにセリーネのいるソファの影まで向かってくる。

そして、すぐそばで足を止める。


セリーネは意を決して箒を振り上げてソファ向こうの人物になぐりかかる。

パシッと箒は難なくつかまれ、セリーネの口は、大きな手でふさがれた。


「しっ」


(陛下!)


見開いた眼の先に映ったのは、レオニスだった。

ほっとした表情で息をついている。

レオニスの服装は、一緒に夕食を食べた時から大きく乱れていた。

襲撃者とやり合ったのだから当然だ。


「襲撃者は取り逃がしたけれど、手傷を負わせたし、いったん引き下がったよ」


レオニスは、ソファの裏側、隠れるような場所に、どさりとしゃがみ込んだ。


「近衛に動くよう指示を出した。襲撃犯はきっとすぐに見つかる」

「申し訳ありません。狙われていたのは私だったのに」


レオニスの脇にセリーネもしゃがみこんだ。


「そうだね。なんでセリーネが狙われていたのか、犯人を捜しだして確かめないと」


手傷を追わされたという犯人がこのあと襲撃を続けるとも考えづらい。今日の襲撃は終わったとみていいだろう。けれど、取り逃がしてしまったら、また第二の襲撃が起こる。


(念のため)


セリーネは、レオニスにそっと触れ、因果律の先に魂を向かわせた。

映像が、セリーネの意識の前を駆け抜ける。

薄暗い場所だ。

ソファの背後にいる人影に、白刃が振り下ろされる。

鮮血が舞う──。


(襲撃はまだ終わっていない! 場所はこの部屋だわ)


セリーネはできる限り声を潜めて、レオニスの袖をつかんだ。


「殿下、早くお部屋にお戻りください」

「送っていく」

「不要です! 早く行って!」

「何故そのようなことを言う?」


(早くどこかに行きなさい!)


とやかく言っている暇はなかった。


「私に先見の力があることは、陛下もご存じでしょう!」


レオニスの目が見開かれる。


「襲撃者がまたここへ来ます! 狙われているのは私ですから、陛下はここから離れれば安全です」

「ならばなおさら君を守らなくては!」


いらいらしながら、セリーネはレオニスをにらむ。


「そういうのは結構です。先見の力が必要ならば、取引しましょう。応じます。ですから、今はここをっ」


(もう愛しているフリなんて必要ないのに)


「いやだ」

「今はそんな」

「誤解しないでほしい──私は、君を愛している」


けれど、その言葉がセリーヌに届くより早く、窓が破られ、激しくガラスの割れる音があたりに響く。

飛び込んできた襲撃者の白刃がセリーネの視界いっぱいに広がる。


「死ね! セリーネ・アルヴェリナ・エルディナ」


血が飛び散った。


飛び散った血は、レオニスのものだった。



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