11 消えた子どもたち1
迎えに来たルゥの後についてレオニスの執務室に急ぐ。
レオニスは側近のダリオンや事務官に忙しく指示を出しながらセリーネを出迎えた。
「かけてくれ、セリーネ。すまないが本当に忙しくてね」
そういうレオニスは、明らかに疲れた表情で、表情にも精彩を欠いていた。
いつものふてぶてしい様子も鳴りを潜めている。
(いつもなら強要してくるあの挨拶もさせないし)
不審に思うセリーネの前で、レオニスは、ソファにかけたセリーネの向かいに座るとすぐに話を切り出した。
「実は、昨夜から王宮内で使用人の子どもたちが複数人行方不明になっている」
「子どもたちが……」
セリーネは息を呑む。セリーネの背後に立つミナも、小さな叫びを押し殺したようだった。
子どもたちと舞の練習をしていると楽しそうに語ったナディアの姿も頭をよぎる。
「現在、王宮内は建国記念式典の準備であわただしい。他国の来賓も多数来ている。人の出入りを止める訳にもいかない。他国に不審に思われるような大々的な捜索を行うわけにはいかない」
レオニスは、くやしげに眉をひそめる。
「身代金の要求や、犯行声明などは?」
「今のところ、ない」
「このような事件は以前からも?」
「いや、王宮内で子どもを狙った誘拐事件は起きたことはないそうだ。王宮外では、なくはないが、それにしても例年と同程度で最近変化があったわけではない」
(何もわからないのね。だから、陛下は私にお望みなんだわ)
「わかりました。私にお命じ下されば、相応の働きをして見せましょう」
セリーネは、レオニスにそう宣言する。
「エルディナ公女、セリーネ・アルヴェリナ・エルディナ。君に王宮内の子どもたちの誘拐事件の捜査を命じる」
「謹んで承ります」
セリーネの先見の力が発動した。
◇
先見は、魂だけを因果律の先に向かわせ、その行く先を垣間見る。
セリーネの実体はそのままに、意識だけが因果律の先に踏み込んでいく。
(王宮にいた使用人の子どもたちは、どうなったの?)
一つ目の映像が、ディアナの意識の前を駆け抜ける。
目の前いっぱいに広がるベージュに金糸の幕。
翻る幕の奥に、子どもの影。涙に濡れた瞳でほほ笑む少女の姿。
幕の金糸の模様と、ほほ笑む少女の姿を脳裏に焼き付ける。
二つ目の映像が、浮かびあがる。
ある人物の姿。
振り返る顔は仮面で覆われている。
狭い、むき出しの木でつくられた場所で、怯えた子どもたちの後ろ姿が映る。
仮面とその場所を記憶する。
三つ目の映像が、虚空に広がる。
舞踏会の大広間だ。
シャンデリアの光が揺れ、ざわめきが広がる。
七色の光がシャンデリアを覆い、そして──。
◇
「セリーネ姫、これが行方不明のこどもたちのリストと詳細な資料です」
最近先見を頻繁に使っているせいか、不自然に意識を飛ばすことは減った。魂を削られる不快さにもだいぶ慣れた。
不審に思われることもなく、セリーネはダリオンの手から書類を受け取る。
〝暁の涙〟の件をセリーネが無断で公表して以来ダリオンの態度は刺々しかったが、今日はそんな様子もなく、小さな声で「よろしくお願いします」とつぶやいた。セリーネも小さくうなずく。
「陛下、捜査の権限を示すための許可証のようなものと、それからルゥをお借りできますか?」
レオニスの後ろに控えていたルゥが目を丸くする。
「もちろんだ。いいね、ルゥ? 私の代わりにセリーネの言うことをよく聞いて、彼女を危険から守ってほしい」
「はい、お任せください!」
ミナと同じ髪と瞳の少年の意気込む様子に、セリーネは口元を緩めた。
ダリオンから許可証を受け取り廊下に出ると、すぐにミナがセリーネに駆け寄る。
「部屋に戻りましょう、セリーネ様。顔色が悪いです」
(だんだん先見の力を使った反動が大きくなっている。今はそんなことを言ってる場合ではないのに)
しかし、足元がふらつきミナに支えられてしまう。
小柄ながら、獣人のミナは力が強い。
「わかったわ、ミナ。部屋に戻るわ。ルゥ、早速だけれど、ナディアを探して急いで連れてきてくれない?」
「わかりました!」
部屋に戻り、ソファに座ると、気分はだいぶましになってきた。かいがいしく世話を焼くミナの横で、ダリオンの資料をめくる。
(最初の子ども二人が行方不明になったのは昨日。今日の午前にさらに二人。明日は式典準備。明後日が昼に建国記念式典、夜には舞踏会)
舞踏会の準備が頭をよぎったが、それは頭の隅に追いやる。レオニスもこの依頼をセリーネにした以上、舞踏会にセリーネが出席するとは思っていないだろう。
そんなことよりも、とセリーネは先ほどの映像を思い出す。
三つ目の先見の映像の場所は明らかだった。
王宮舞踏会が行われる舞踏会場だった。
子どもたちが閉じ込められているのは、きっとその近くだ。
鍵となるのは、一つ目の映像で見た少女の顔。
ナディアに覚えがあるか、さらにダリオンから渡されたリストと照らし合わせればすぐにわかる。
問題はきっと、どのようにセリーネがその答えを知ったか、推理をして見せる必要があること。
セリーネはそのために、ルゥを連れてきた。
ルゥは、ミナ以上に五感と運動能力に優れているとの話だ。
(ルゥならきっと……)
「セリーネ!」
バタン、と私室のドアが開いて、ナディアが駆け込んでくる。
「子どもたちが!」
駈け込んで来たナディアは、顔を歪ませて泣き出す寸前のような表情だ。
「ナディアも聞いたのね。私も陛下にうかがったわ」
「私が、私が悪いんだ……あの子たちに練習するように言ったから」
「落ち着いてナディア。まずは話を聞かせてちょうだい」
セリーネは、隣に座らせたナディアから話を聞く。
「もうすぐ本番だけど、私も建国記念式典の侍女の仕事で忙しいから、子どもたちには自分で練習するように言ったんだ。そうしたら、子どもたちの親からジェーンとリラが帰っていないって聞いて……さっきも、エレンとシアが……うん、このリストにある子たちだよ」
四人の行方不明の子は、全員ナディアが舞を教えている子どもたちだった。
(そう。私が第一の映像で見た子はジェーンね。この事件、すぐに解決するかもしれない)
「ナディア、すぐにジェーンの私物をいくつか預かってきて。渋るなら捜査に必要だと──王命だと告げてもいいわ。ルゥ。荒事は得意?」
「はい、お任せください!」
「ミナもいます!」
獣人の双子は声をそろえた。
ここ数か月、ルゥとミナは何やら怪しげな訓練を受けているらしい。ミナには必要ないと思ったのだが、本人の希望だと言って押し切られた訓練だ。
不本意だが、それが役に立つかもしれない。
建国記念式典の後、舞踏会が開かれるのは、王宮の南、美しい中庭に面した舞踏会場だ。
天使を模した天井画が描かれたそのホールには、中央のひな壇には王の観覧席が、逆の対面には、催しが開かれるための舞台が設置されている。
セリーネは、知識としてしか知らなかったその場所を初めて訪れた。
先見の三つ目の映像でも見た豪華なシャンデリアを見上げ、背筋を正す。
会場ではせわしなく人が行きかい準備に余念がない。会場の端には立食用のテーブルや椅子が並べられているが、特にあわただしかったのは、舞台の周囲だった。
(当日、会場ではオペラ歌手による公演が行われる。その準備ね)
「これはこれは、高貴なるお方。ご案内が必要でしょうか? 私がこのカリヴェルナ楽団の責任者トーラスと申します」
セリーネたちが舞踏会場に入ると、途端に、スーツ姿の中年の男が駆け寄ってくる。
頭にかぶった帽子を脱ぎながら、禿げた頭を下げ、トーラスはセリーネに丁寧に挨拶をする。
(二つ目の映像で見た男ではなさそう)
セリーネは、派手なドレスを着てきた。
高貴な令嬢に見えるように。
従えるナディアは侍女の衣装。ミナとルゥは、普段通りメイドと護衛見習いだ。
「トーラス。私、オペラに興味があるの。邪魔にならないようにするから見学させて。舞台裏なども見てみたいの。もちろん、あなたの楽団が私に便宜を図ってくれたことはお父様にお伝えするわよ?」
「もちろん、ご見学いただいて結構でございます。ご案内いたします」
セリーネは、トーラスの後について舞台に向かう。
舞台の前までくると足を止める。
──目の前いっぱいに広がるベージュに金糸の幕。
「その幕、刺繍がきれいね。見せてもらえる」
舞台脇にカーテンのようにタッセルで止められていた幕が広げられる。
(当たりだわ。ここよ)
うなずくと背後にいたルゥが、すっと姿を消すが、トーラスは気づいた様子はない。
「こちらが舞台裏です。お嬢様にお見せするようなものではないのですが。足元にご注意ください」
セリーネはトーラスの後について、舞台裏を回る。
──狭い、むき出しの木でつくられた場所。
(ここも、当たり──ならば、この奥に!)
「この奥ですが、さらに、奈落と呼ばれる、半地下の場所がありまして、舞台装置などを設定しているのです」
「開けて見せて」
そして、地下への扉が開かれる。
──けれど、そこに子どもたちはいなかった。




