10 舞踏会のパートナー
周囲から、ため息や息を呑む声が相次ぎ、ざわめきが一段と高くなる。
(なんてことをしてくれたの⁉)
レオニスの婚約者との呼び声も高い公爵令嬢クラリッサのお茶会に現れたレオニスは、なんとクラリッサでなく、セリーネの手をとって舞踏会のパートナーの申し込みをしたのだ。
衆人環視の中、国王の命を断る選択肢なんてもちろんない。
それだけでなく──。
──グランディオス帝国王族の命は絶対であり、その命には最大限の努力を持って応じる。
──王族の命を破った場合は、魔術契約により二人の人物の心臓が止められる。
(これは、明確な陛下の命令だわ)
「承知──しました」
命が対価になっている以上、セリーネに断ることなどできるはずはなかった。
(でも、このままおとなしく従うと思ったら大間違いよ)
「姫は今日も美しい。エルディナの衣装は、落ち着きの中にも品があってとても素敵だね。君によく似合っている」
レオニスはセリーネの手をとってそう告げると、そのままセリーネの手にキスをしようと手を持ち上げる。
その手からセリーネはするりと手を引き抜いた。
「衣装をお褒め下さってありがとうございます。陛下にそのように気にかけていただけるのは、私が〝暁の涙〟の盗難を防いだからですね」
レオニスの表情がほんのわずかだが硬くなる。
王家の至宝の盗難事件は、口止めされていたわけではない。が、おいそれと口外してよいものでもない。
(陛下の信用を失うかもしれないけれど、構わないわ。それで私に面倒な事件の依頼をしてこなくなるなら、むしろ好都合)
「舞踏会のパートナーにしていただけるとは、この件に対する褒賞と受け止めております。陛下と並び立てることは、エルディナ公国にとって何よりの喜び。公女として、陛下のお心遣いに深く感謝申し上げます」
(このパートナーの申し込みが「恋愛」ではなく「政略」的なものだと思われれば上々だわ)
少なくともこのお茶会に参加するようなクラリッサの取り巻きは、後者だと周囲に触れ回るはずだ。
それに〝暁の涙〟盗難事件のインパクトに紛れてセリーネのパートナーの件はそこまで大事と捉えられないに違いない。
レオニスは、小声でつぶやく。
「やってくれたね。褒賞じゃない、と今更言っても無駄かな」
楽しげなレオニスに、セリーネもにっこりとほほ笑むのだった。
◇◇◇◇◇
お茶会の後、セリーネは〝暁の涙〟の盗難事件についてあれこれと尋ねられたが、「王家から公式発表があるはずですから」とだけ言って沈黙を守った。
きっと補佐官のダリオンあたりが、頭を悩ませながら公表できる筋書きを練っているのだろうが、セリーネにとっては知ったことではない。
「クラリッサ様の陣営、セリーネが褒賞に〝陛下の舞踏会のパートナー〟をねだったあさましい女だって言いふらしてるらしいよ。でも、〝褒賞にできるほどの活躍って、逆にすごいのでは?〟って話も一緒に広まってるみたいなの。評判を落とすのは、あまりうまくいってないわね」
「ミナは、セリーネ様が賢くて、優しくて、美しくて、最高に素敵だって言いふらしたいです!」
「ふふ、ミナがわかってくれるだけで十分よ」
セリーネは、獣人のメイド、ミナの頬についた粉砂糖をハンカチでぬぐう。ミナは露店で買った粉砂糖をたっぷりまぶしたドーナツ、オリーボーレンを持ったまま、満足げにセリーネに頬を差し出している。
ちなみに今日、セリーネは、ミナとナディアと連れ立って街に買い物に出ている。〝暁の涙〟の事件以来ナディアとの仲は深まり、仕事のない週末は、こうして三人で出かけることも増えた。
今日の目的は、ナディアの買い物の付き合いだ。
「建国記念式典のとき、ナディアは何か出し物をするの?」
「うん。使用人たちのお祝いに参加するの。子供たちが、私にサリマーン王国の舞を教えてっていうからさ。子供たちと一緒に、舞を舞うのよ」
サリマーン王国の舞は、大ぶりの布を使って優雅に舞うベールダンスが有名だ。
セリーネは書物でしか見たことがない。
「素敵ね。私も見に行くわ」
「ほんと⁉ 子どもたちも頑張ってるからさ、ぜひ見に来てよ」
はにかんだ笑みで笑うナディアは本当にうれしそうで、近寄りがたい色気のある美女という印象ががらりと変わって柔らかくなる。
「今日は、舞に使うベールを見に来たの。市場にあるような布なら、子どもたちも気兼ねなく使えるからさ」
市場ではグラデーションに色づけされた美しい布が手に入った。安い綿素材でこれだけ薄手で軽い布は珍しいそうだ。子供たちがつかうものなので、軽さが重要だ。
三人で両手に荷物を抱えて城に戻る途中、ナディアが思い出したようにつぶやく。
「そういえばさ、セリーネはドレスどうするの? 建国記念式典の舞踏会に出るんでしょう?」
「そうね。面倒だけれど仕方ないわ。エルディナから持ってきた衣装で参加するわ。先日、思ったより受けが良かったし」
「うん、作らなくていいと思うよ。私に選ばせて!」
「そうね、ナディアの見立ては完璧だったから、またお願いしようかしら」
「任せて」
「ミナも! ミナも一緒に選びます」
「お願いね」
三人は笑い合いながら、帰途についたのだった。
三週間がたち、いよいよ建国記念式典の二日前となった。
ナディアと子どもたちは、舞のレッスンに余念がない。彼らの晴れ舞台は、実は王国記念式典が終わって数日後になる。忙しい使用たちに休みが与えられるのは、式典のあとだからだ。
王宮書庫の仕事も本日は半日で終わり、セリーネは、ミナと一緒に部屋に戻る途中だった。
「あ、ルゥだ」
「ミナ」
ミナが、気配に気づいて顔を上げる。たたたっと、廊下の角から走ってきたのは、ミナの双子の弟ルゥだった。
ルゥは、レオニスに助けられて以降彼に心酔し、忠誠を誓い、護衛見習いとして付き従っている。
ミナと同じ銀色の髪と金の瞳の少年は、栄養状態のよい食事と睡眠のおかげで、最近では男女の差が見えてきた。体の骨格がミナよりしっかりしてきて、運動能力の差も大きくなっているとミナが悔しがっている。
ルゥは、真剣な顔でセリーネに告げる。
「セリーネ姫。至急陛下の執務室に来ていただけませんか──事件が発生しました。お力をお借りしたいのです」




