サンタクロースは公務員?
今年もクリスマスが近づき、娘がサンタさん宛に手紙を書いている。
丸い字で「さんたさん へ」と、一生懸命だ。
その様子を眺めながら、ふと、幼い頃の自分を思い出した。
サンタクロースの正体は、警察か消防士に違いない──
クリスマスが近づくと、町の空気が変わる。
イルミネーションが増える。スーパーにはチキンとケーキが積まれる。
そして何より──パトカーと消防車が、やたらと目につくようになる。
防犯と防災の「広報巡回」と大人たちは言う。
だが、三歳にして世界の陰謀を一部理解しているユウキは、その説明だけでは満足しなかった。
(どう考えても、おかしい)
彼は、保育園児にしては珍しく「平常時の比較」という概念を持っていた。
十一月の前半までは、パトカーも消防車もたまにしか見かけない。
ところが、二十五日が近づくにつれて、明らかに出現頻度が上がるのだ。
サイレンは鳴らさない。
ゆっくりと住宅街を流し、
ときどき停まり、
そこらの子どもに笑顔で話しかける。
「サンタさん来るの楽しみか?」
「今年は何が欲しいんだ?」
子どもが答えると、「そうかそうか」と、やたら丁寧に相づちを打つ。
(聞き取り調査だ)
ユウキは、確信していた。
(サンタクロースは、普通の人間には対応しきれない仕事量だ。
世界中の子どもの欲しいものを把握して、住所を確認して、プレゼントを用意して……。
どう考えても個人事業ではない。組織だ。しかも公的な)
その根拠は、彼なりに筋が通っていた。
まず、バレンタインデー。
あれは企業が仕掛けた、とすでに理解している。
「チョコレート屋さんが儲かる日だからね」と母がうっかり漏らした一言を、彼は忘れていなかった。
つまり、季節イベントにはスポンサーがいる。
では、クリスマスはどうか。
ケーキ屋やおもちゃ屋が儲かるのはわかる。
しかし「プレゼントを夜中に配る」という肝心の業務に関して、企業は一切表に出てこない。
(この規模の配送を、無料で、毎年、深夜に行える組織──)
ユウキの脳裏に、制服姿の男たちが浮かんだ。
警察官。消防士。
常に待機し、非常時にはすぐ動き、二十四時間、地域を巡回している人たち。
(公務員だ……)
思いついた瞬間、彼は背筋がぞくりとした。
あまりにも“それらしかった”からだ。
パトカーが白いのは、雪景色に溶け込むためのカモフラージュ。
消防車が赤いのは、サンタのポリシーカラー。
どちらも、冬の夜に似合いすぎている。
さらに警察は、巡回連絡と称して各家庭の玄関先に現れる。
「最近、何か変わったことはありませんか」
「家族構成は?」
玄関越しに、家の中をちらりと覗く。
(あれは治安維持のためではなく、プレゼント搬入ルートの下見だ。
玄関から入るべきか、窓か、ベランダか。家具の配置はどうか。
万一、煙突があれば、それもチェックしているに違いない)
ユウキは、三歳児としては精一杯真面目に、そう推論していた。
父や母に「サンタって公務員なの?」と聞いても、笑ってごまかされるだけだ。
これは、きっと国家機密なのだろう。
(大人は真実を言えない。知っていても言えない。
ならば、こちらも察したふりをしながら、必要な手続きだけ済ませるべきだ)
そこまで考えて、彼はひとつの決断をした。
◇
クリスマスの少し前、曇り空の午後。
ユウキは、母とスーパーへ向かう途中で、ふと立ち止まった。
通りの向こう側に、消防署が見えたのだ。
シャッターの開いた車庫。ずらりと並んだ赤い車両。
中では、オレンジのつなぎを着た消防士たちがホースを巻いたり、点検をしている。
(あそこに行けば、話が早い)
彼は、母の手をするりと抜いた。
「ちょっと、みてくる」
「え、ユウキ? 危ないから離れちゃ──」
母の声が背中に飛んでくる。
だが彼は、それを聞かなかった。
大義の前には、多少のリスクは織り込み済みである。
ちょこちょこと横断歩道を渡り、消防署の前に立つ。
ガラスの自動ドアが、彼の小さな体重にも律儀に反応して開いた。
中は、ほんのりゴムと金属の匂いがする。
受付カウンターの向こうで、若い消防士が書類をめくっていた。
ユウキと目が合うと、彼は柔らかい笑顔を浮かべる。
「こんにちは。どうしたの?」
(来た。現場の窓口だ)
ユウキは、一度深呼吸をした。
ここで「あの、サンタさんですよね?」と直球を投げるのは危険だ。
国家機密の暴露を誘導してしまう。
彼は、遠回しな言い回しを選んだ。
「いつも……まちを、まわってくれて、ありがとうございます」
「お、おう? えらいなあ、ちゃんと挨拶できて。誰と来たの?」
「おかあさん。いま、あっち」
とりあえず同伴者の存在を伝えて安心させておく。
消防士は入口の外をちらりと見て、遠巻きにこちらを見守る母の姿を確認し、ほっとしたように頷いた。
「そうかそうか。今日はどうした?」
(ここからが本題だ)
「えっと……かじは、こわいです」
「うん。火事は怖いな。だから、気をつけないといけないんだ」
「さむいと、ストーブとか、いっぱいつかうから……」
「そうだね。冬は特にね」
消防士は、完全に「防火指導モード」に入っている。
ユウキは、その流れに、さりげなく別の情報を混ぜ込んだ。
「だから……かじにならないように、こたつが、あるといいなって」
「こたつ?」
消防士の眉が、わずかに動く。
「うん。あったかいし、あぶなくない。ストーブより、あんぜん。かじ、へる」
安全対策としての必要性を強調する。
あくまでこれは、個人的な欲望ではなく、地域の防災に貢献する提案である、という体裁だ。
消防士は、ちらりと天井を見上げた。
明らかに「どう受け止めるべきか」を迷っている表情だ。
「……そうだな。こたつ、あったかいしな」
「うち、まだ、ないです」
「そうかあ」
ユウキは、言葉を選んだ。
「もし……そういうの、どこかで、わけてくれる、ところがあったら……」
ここで「サンタ」と名指しするのは、やはり避けたい。
消防士が事情を知っていれば、暗号として通じるはずだ。
「おしえてもらえると、たすかります」
消防士は「ううん」と唸った。
机の上の電話を見、窓の外を見、再びユウキを見た。
「……お母さん、呼んできてもいいかな?」
「いいです」
話が早い。
ユウキはうなずいた。
このあとは大人同士の折衝になるだろう。彼の役目は、要望の提出までだ。
ほどなくして、母が慌てて駆け込んできた。
「すみません、目を離した隙に……」
「いえいえ、大丈夫ですよ」と消防士は笑う。
「ちょっと、こたつの話をしてました」
母の表情が、ぴたりと固まった。
「……こたつ?」
「はい。火事予防として有効かどうか、とか……」
説明を聞きながら、母は頭を押さえた。
「すみません、本当に……。あの、この子、最近『サンタさんは消防士じゃないか』とか言い出していて……」
「おっと」
消防士の視線が、ユウキに戻る。
ユウキは、何食わぬ顔で天井の配管を眺めていた。
(情報漏えいだ)
彼は、心の中で小さく舌打ちした。
やはり大人は、国家機密を守る気がない。
それでも消防士は、笑ってごまかしてくれた。
「いやいや、子どもの想像力は豊かでいいですね。こたつは、そうですね……安全面では、ストーブよりはマシかもしれませんね」
「でしょう?」と、ユウキは小さくうなずいた。
「……まあ、サンタさんにお願いするのが一番早いかな」
消防士は、そう言って、目だけでウインクをした。
それが「肯定のサイン」なのか、「やんわり否定」なのか、三歳児には判断がつかなかった。
だがユウキは、自分の任務は果たした、と解釈した。
(これで、手続きは完了だ)
帰り道、母に少し叱られながらも、彼の心はどこか晴れやかだった。
あとは、あの大きな組織が、粛々と業務を遂行してくれるはずだ。
◇
クリスマスの朝。
ユウキは、いつもより早く目を覚ました。
窓の外は、薄い雪。
吐く息が白い。
リビングの隅──そこに、知らない箱がひとつ、置かれていた。
父が組み立て、母が布団をかけたその姿は、どう見ても、こたつだった。
「……あった」
ユウキは、無意識にそう呟いた。
母が笑う。
「ちゃんと、サンタさんにお願いしてたんだねえ」
その言い方は、どこか含みがあった。
消防署への“直談判”を思い出しているのだろう。
ユウキは、しばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「やっぱり、公務員だ……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
こたつに足を入れると、じわり、と温かさが足首から上ってきた。
ストーブのような危うさはなく、部屋全体がゆっくりとぬくもる。
これなら確かに、火事も減るかもしれない。
どこかの署で、どこかの課で、「冬期防火対策」としてこたつ配布が検討され、
その一環として「サンタ業務」が委託されている──そんなイメージが、彼の頭の中で勝手に組み上がっていく。
(やっぱり、世界は思っていたより合理的だ)
三歳なりの納得を得て、ユウキはみかんを一つ、こたつの上に転がした。
◇
──あれから、何年経っただろう。
今、こたつの中でぬくまっているのは、ユウキではなく、私だ。
あのときのこたつはとうに壊れてしまい、今あるのは別の製品だけれど、冬の朝の空気はそう変わらない。
テーブルの向こう側で、娘がサンタ宛の手紙を書いている。
「さんたさんへ
くりすますのひを
1ねんで 365かいに してください。
そのかわり しゅくだいは 365かい へらしても いいです」
欲望に柔軟性があるのはよいことだ。
「ポストに入れるの?」と聞くと、娘は首をかしげた。
「どうするの?」
「しやくしょに、もっていく」
「なるほどね」
まだまだ甘いな、娘よ。
真理に近づいているが、まだ遠い。
私は、ふと考える。
そういえば、今年、消防署には行っていない。
巡回中のパトカーに話しかけてもいない。
交番にも寄っていない。
当然、プレゼントの申請もしていない。
クリスマスの朝、娘の枕元には、何も置かれていなかった。
あとで、「なんでサンタさん来なかったのかな」と娘は不思議そうに言った。
私は、こたつの中でぼんやりとテレビのニュースを眺めながら、心の中でだけ答えた。
(消防署に行ってないからだろうな)
サンタ宛に手紙を書いただけでは、行政手続きとしては不備なのかもしれない。
窓口に出向き、担当部署に相談し、必要事項を伝える──ユウキは三歳にして、それをやっていたのだ。
私は、あの頃の自分の行動力を、今さらながらに少しだけ見直す。
とはいえ、娘にはこう言うしかない。
「きっと、サンタさん、今年は忙しかったんだよ」
娘は、むう、と頬をふくらませる。
「らいねんは、くる?」
「……消防署に行けば、来るかもしれないね」
「......そっちか」
何か悟ったかの様に、目を閉じていた。
こたつの上で、みかんがころりと転がる。
窓の外には、パトカーが一台、静かに通り過ぎていった。
サンタクロースは公務員なのか。
本当のところは、今もわからない。
けれど、あのこたつのぬくもりだけは、どう考えても「税金の匂い」がしたような気がしてならないのだ。
※フィクションです。実際に三歳児が勝手に消防署へ行くのは迷惑なので、決して真似しないでください。プレゼントは大人が責任をもって用意しましょう。




