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幼児期健忘

サンタクロースは公務員?

掲載日:2025/11/25

 今年もクリスマスが近づき、娘がサンタさん宛に手紙を書いている。

 丸い字で「さんたさん へ」と、一生懸命だ。


 その様子を眺めながら、ふと、幼い頃の自分を思い出した。


 サンタクロースの正体は、警察か消防士に違いない──

 クリスマスが近づくと、町の空気が変わる。


 イルミネーションが増える。スーパーにはチキンとケーキが積まれる。

 そして何より──パトカーと消防車が、やたらと目につくようになる。


 防犯と防災の「広報巡回」と大人たちは言う。

 だが、三歳にして世界の陰謀を一部理解しているユウキは、その説明だけでは満足しなかった。


(どう考えても、おかしい)


 彼は、保育園児にしては珍しく「平常時の比較」という概念を持っていた。

 十一月の前半までは、パトカーも消防車もたまにしか見かけない。

 ところが、二十五日が近づくにつれて、明らかに出現頻度が上がるのだ。


 サイレンは鳴らさない。

 ゆっくりと住宅街を流し、

 ときどき停まり、

 そこらの子どもに笑顔で話しかける。


「サンタさん来るの楽しみか?」

「今年は何が欲しいんだ?」


 子どもが答えると、「そうかそうか」と、やたら丁寧に相づちを打つ。


(聞き取り調査だ)


 ユウキは、確信していた。


(サンタクロースは、普通の人間には対応しきれない仕事量だ。

 世界中の子どもの欲しいものを把握して、住所を確認して、プレゼントを用意して……。

 どう考えても個人事業ではない。組織だ。しかも公的な)


 その根拠は、彼なりに筋が通っていた。


 まず、バレンタインデー。

 あれは企業が仕掛けた、とすでに理解している。

 「チョコレート屋さんが儲かる日だからね」と母がうっかり漏らした一言を、彼は忘れていなかった。


 つまり、季節イベントにはスポンサーがいる。

 では、クリスマスはどうか。


 ケーキ屋やおもちゃ屋が儲かるのはわかる。

 しかし「プレゼントを夜中に配る」という肝心の業務に関して、企業は一切表に出てこない。


(この規模の配送を、無料で、毎年、深夜に行える組織──)


 ユウキの脳裏に、制服姿の男たちが浮かんだ。


 警察官。消防士。

 常に待機し、非常時にはすぐ動き、二十四時間、地域を巡回している人たち。


(公務員だ……)


 思いついた瞬間、彼は背筋がぞくりとした。

 あまりにも“それらしかった”からだ。


 パトカーが白いのは、雪景色に溶け込むためのカモフラージュ。

 消防車が赤いのは、サンタのポリシーカラー。

 どちらも、冬の夜に似合いすぎている。


 さらに警察は、巡回連絡と称して各家庭の玄関先に現れる。


「最近、何か変わったことはありませんか」

「家族構成は?」


 玄関越しに、家の中をちらりと覗く。


(あれは治安維持のためではなく、プレゼント搬入ルートの下見だ。

 玄関から入るべきか、窓か、ベランダか。家具の配置はどうか。

 万一、煙突があれば、それもチェックしているに違いない)


 ユウキは、三歳児としては精一杯真面目に、そう推論していた。


 父や母に「サンタって公務員なの?」と聞いても、笑ってごまかされるだけだ。

 これは、きっと国家機密なのだろう。


(大人は真実を言えない。知っていても言えない。

 ならば、こちらも察したふりをしながら、必要な手続きだけ済ませるべきだ)


 そこまで考えて、彼はひとつの決断をした。

 


   ◇

 


 クリスマスの少し前、曇り空の午後。

 ユウキは、母とスーパーへ向かう途中で、ふと立ち止まった。


 通りの向こう側に、消防署が見えたのだ。

 シャッターの開いた車庫。ずらりと並んだ赤い車両。

 中では、オレンジのつなぎを着た消防士たちがホースを巻いたり、点検をしている。


(あそこに行けば、話が早い)


 彼は、母の手をするりと抜いた。


「ちょっと、みてくる」


「え、ユウキ? 危ないから離れちゃ──」


 母の声が背中に飛んでくる。

 だが彼は、それを聞かなかった。

 大義の前には、多少のリスクは織り込み済みである。


 ちょこちょこと横断歩道を渡り、消防署の前に立つ。

 ガラスの自動ドアが、彼の小さな体重にも律儀に反応して開いた。


 中は、ほんのりゴムと金属の匂いがする。

 受付カウンターの向こうで、若い消防士が書類をめくっていた。

 ユウキと目が合うと、彼は柔らかい笑顔を浮かべる。


「こんにちは。どうしたの?」


(来た。現場の窓口だ)


 ユウキは、一度深呼吸をした。

 ここで「あの、サンタさんですよね?」と直球を投げるのは危険だ。

 国家機密の暴露を誘導してしまう。


 彼は、遠回しな言い回しを選んだ。


「いつも……まちを、まわってくれて、ありがとうございます」


「お、おう? えらいなあ、ちゃんと挨拶できて。誰と来たの?」


「おかあさん。いま、あっち」


 とりあえず同伴者の存在を伝えて安心させておく。

 消防士は入口の外をちらりと見て、遠巻きにこちらを見守る母の姿を確認し、ほっとしたように頷いた。


「そうかそうか。今日はどうした?」


(ここからが本題だ)


「えっと……かじは、こわいです」


「うん。火事は怖いな。だから、気をつけないといけないんだ」


「さむいと、ストーブとか、いっぱいつかうから……」


「そうだね。冬は特にね」


 消防士は、完全に「防火指導モード」に入っている。

 ユウキは、その流れに、さりげなく別の情報を混ぜ込んだ。


「だから……かじにならないように、こたつが、あるといいなって」


「こたつ?」


 消防士の眉が、わずかに動く。


「うん。あったかいし、あぶなくない。ストーブより、あんぜん。かじ、へる」


 安全対策としての必要性を強調する。

 あくまでこれは、個人的な欲望ではなく、地域の防災に貢献する提案である、という体裁だ。


 消防士は、ちらりと天井を見上げた。

 明らかに「どう受け止めるべきか」を迷っている表情だ。


「……そうだな。こたつ、あったかいしな」


「うち、まだ、ないです」


「そうかあ」


 ユウキは、言葉を選んだ。


「もし……そういうの、どこかで、わけてくれる、ところがあったら……」


 ここで「サンタ」と名指しするのは、やはり避けたい。

 消防士が事情を知っていれば、暗号として通じるはずだ。


「おしえてもらえると、たすかります」


 消防士は「ううん」と唸った。

 机の上の電話を見、窓の外を見、再びユウキを見た。


「……お母さん、呼んできてもいいかな?」


「いいです」


 話が早い。

 ユウキはうなずいた。

 このあとは大人同士の折衝になるだろう。彼の役目は、要望の提出までだ。


 ほどなくして、母が慌てて駆け込んできた。


「すみません、目を離した隙に……」


「いえいえ、大丈夫ですよ」と消防士は笑う。


「ちょっと、こたつの話をしてました」


 母の表情が、ぴたりと固まった。


「……こたつ?」


「はい。火事予防として有効かどうか、とか……」


 説明を聞きながら、母は頭を押さえた。


「すみません、本当に……。あの、この子、最近『サンタさんは消防士じゃないか』とか言い出していて……」


「おっと」


 消防士の視線が、ユウキに戻る。

 ユウキは、何食わぬ顔で天井の配管を眺めていた。


(情報漏えいだ)


 彼は、心の中で小さく舌打ちした。

 やはり大人は、国家機密を守る気がない。


 それでも消防士は、笑ってごまかしてくれた。


「いやいや、子どもの想像力は豊かでいいですね。こたつは、そうですね……安全面では、ストーブよりはマシかもしれませんね」


「でしょう?」と、ユウキは小さくうなずいた。


「……まあ、サンタさんにお願いするのが一番早いかな」


 消防士は、そう言って、目だけでウインクをした。


 それが「肯定のサイン」なのか、「やんわり否定」なのか、三歳児には判断がつかなかった。

 だがユウキは、自分の任務は果たした、と解釈した。


(これで、手続きは完了だ)


 帰り道、母に少し叱られながらも、彼の心はどこか晴れやかだった。


 あとは、あの大きな組織が、粛々と業務を遂行してくれるはずだ。

 


   ◇

 


 クリスマスの朝。

 ユウキは、いつもより早く目を覚ました。


 窓の外は、薄い雪。

 吐く息が白い。


 リビングの隅──そこに、知らない箱がひとつ、置かれていた。


 父が組み立て、母が布団をかけたその姿は、どう見ても、こたつだった。


「……あった」


 ユウキは、無意識にそう呟いた。


 母が笑う。


「ちゃんと、サンタさんにお願いしてたんだねえ」


 その言い方は、どこか含みがあった。

 消防署への“直談判”を思い出しているのだろう。


 ユウキは、しばらく黙ってから、ぽつりと言った。


「やっぱり、公務員だ……」


「え?」


「ううん、なんでもない」


 こたつに足を入れると、じわり、と温かさが足首から上ってきた。


 ストーブのような危うさはなく、部屋全体がゆっくりとぬくもる。

 これなら確かに、火事も減るかもしれない。


 どこかの署で、どこかの課で、「冬期防火対策」としてこたつ配布が検討され、

 その一環として「サンタ業務」が委託されている──そんなイメージが、彼の頭の中で勝手に組み上がっていく。


(やっぱり、世界は思っていたより合理的だ)


 三歳なりの納得を得て、ユウキはみかんを一つ、こたつの上に転がした。

 


   ◇ 

 


 ──あれから、何年経っただろう。


 今、こたつの中でぬくまっているのは、ユウキではなく、私だ。

 あのときのこたつはとうに壊れてしまい、今あるのは別の製品だけれど、冬の朝の空気はそう変わらない。


 テーブルの向こう側で、娘がサンタ宛の手紙を書いている。


「さんたさんへ

くりすますのひを

1ねんで 365かいに してください。

そのかわり しゅくだいは 365かい へらしても いいです」


 欲望に柔軟性があるのはよいことだ。


「ポストに入れるの?」と聞くと、娘は首をかしげた。


「どうするの?」


「しやくしょに、もっていく」


「なるほどね」


 まだまだ甘いな、娘よ。


 真理に近づいているが、まだ遠い。


 私は、ふと考える。


 そういえば、今年、消防署には行っていない。


 巡回中のパトカーに話しかけてもいない。

 交番にも寄っていない。

 当然、プレゼントの申請もしていない。


 クリスマスの朝、娘の枕元には、何も置かれていなかった。


 あとで、「なんでサンタさん来なかったのかな」と娘は不思議そうに言った。

 私は、こたつの中でぼんやりとテレビのニュースを眺めながら、心の中でだけ答えた。


(消防署に行ってないからだろうな)


 サンタ宛に手紙を書いただけでは、行政手続きとしては不備なのかもしれない。

 窓口に出向き、担当部署に相談し、必要事項を伝える──ユウキは三歳にして、それをやっていたのだ。


 私は、あの頃の自分の行動力を、今さらながらに少しだけ見直す。


 とはいえ、娘にはこう言うしかない。


「きっと、サンタさん、今年は忙しかったんだよ」


 娘は、むう、と頬をふくらませる。


「らいねんは、くる?」


「……消防署に行けば、来るかもしれないね」


「......そっちか」


 何か悟ったかの様に、目を閉じていた。


 こたつの上で、みかんがころりと転がる。

 窓の外には、パトカーが一台、静かに通り過ぎていった。


 サンタクロースは公務員なのか。

 本当のところは、今もわからない。


 けれど、あのこたつのぬくもりだけは、どう考えても「税金の匂い」がしたような気がしてならないのだ。

 


※フィクションです。実際に三歳児が勝手に消防署へ行くのは迷惑なので、決して真似しないでください。プレゼントは大人が責任をもって用意しましょう。

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