cos 7x 儚い愛
被害者の青年……つまりもう1人の有馬は、子供の頃に教会で人質になったのをプロハンターに助けられ、一時はプロハンターに憧れた。しかし能力を隠して生きる道を選んだ。能力が見つかれば徴兵や、厳しい管理を受けるからだろう。
子供の頃の憧れは純粋な思いだったのだろうが、人は変わるものだ。今では浮気をした挙句に背中を刺された。
有馬はその浮気相手をじっと見た。表情は見えない。
「あなたと被害者は親密な関係にあった。被害者はこの部屋の浴室を使っていたと読み取れたもの」
彼女が黙っているのを見て、リリスは続けた。
「そして被害者はここで貴方に刺され、逃げようとした。帰巣本能のように自分の部屋に戻ったが、すでに背中を刺されており、そこで死亡した。だから鍵のかけられた自室が犯行現場のように見えた」
彼女がようやく口を開いた。
「……軍に能力者です。って届出は出されてたの?」
「いいえ。数メートル程度のわずかな瞬間移動ならギリギリ隠して生きていけた。浮気相手のあなたにも」
その時、彼女が笑ったように見えた。
「愛してたのに……彼は皆んなに嘘をついてた……でもこれで瞬間移動でも、逃げられないわね……」
*
夕方。有馬とリリスは事後処理を終えて帰宅の準備をしていた。
「動機は聞きました?」
「えぇ。自分が“本命”じゃないと知って、刺した。
ずっと“彼女”がいるのは気づいてたけど、信じたかったのね。
彼が超能力者だと気づいた瞬間……今まで信じた彼が別人に見えた、と」
リリスはじっと外を見つめていた。捜査より悪魔を倒したいと言っていたけれど、当然真面目に解決したのを見て、立派な方だと思った。
「自首するつもりだったけれど、彼が瞬間移動で消えた時、自分の罪ごとなかったことにできると錯覚した」
有馬は静かに頷いた。
「リリスのおかげで一件落着です。ありがとう、自分はほんとになにもできなかったですから」
サイコメトリー、すごい能力だ。超能力者が犯罪に関わっていたとしたら、その真実を突き詰めるのは並の方法では叶わないのだろう。
リリスの表情はどこか曇っており、有馬が不思議そうに眉をひそめたとき、ふと外が騒がしくなった。
制服警官に囲まれて、あの“恋人”が立っていた。事情聴取が終わったばかりらしい。
だが──
「……私が、刺してやりたかった」
その言葉に、有馬の心臓がひとつ、跳ねた。
「……あのクソ男……!私はあいつが能力者だってこと!黙って、隠しててやったのに!!」
彼女は歯を食いしばりながら、声を震わせていた。
「“いい人だった”?“誠実”だった? そんなの嘘よ……嘘。全部、嘘じゃない!?」
呆然と、立ち尽くす有馬。
「もういっぺん死ね!!!」
数時間前まで、彼を思って泣いていたというのに。
「気持ちは分かるけどね」と、リリス。
浮気は良くない、と有馬は心に刻んだ。




