cos 50x 「財閥>国」
式典会場に響いていた荘厳な静寂が、一瞬の“乱れ”によってかすかに軋んだ。
神宮は、中央の来賓席──財閥の要人が並ぶ席列の中、無言で椅子に腰掛けていた。その横顔には、一切の焦燥も警戒もない。
彼の右手が、椅子の影で僅かに動く。
ボンッ!
何かが空気を押し破ったような鈍い音とともに、ホールの柱の陰──そこに蠢いていた影のようなものが崩れ落ちた。
それは、異形の悪魔だった。
「……今のは?」
前の列に座っていたiiiの長官が、不穏な空気を察して立ち上がりかける。
「失礼」
神宮は穏やかな声で言いながら、ゆるやかに立ち上がり、そちらへ一歩進む。奥を覗き込んだ要人が恐怖に目を見開き、叫びかけた刹那、神宮の指が静かに彼の額へと向けられた。
その瞬間、要人の表情が和らぎ、椅子に座り直す。
まるで今見た光景を、初めから“なかった”かのように。
神宮が静かに指先をこめかみに当てる。
《──有馬、式典会場にも悪魔が侵入。おそらく地下通路を通じて漏れ込んでいる。至急対応を》
『了解』
即座に返る有馬の声が、無線から響いた。
「今のって……脳内通信ですか!? すげぇ……」
そばにいたプロハンターが目を見張る。腕のエンブレムから、7番隊の隊員だと分かった。
「君たちは工場へ急ぎ、地下通路の防衛に回ってくれ。式典会場は僕一人で十分だ」
「は、はいっ!」
「今は目撃者の記憶を消して事態を抑えているが、これ以上増えれば隠しきれない」
そう聞くと、隊員は直立して駆け出していった。
神宮は顔色一つ変えずに、前方の登壇席へと歩を進めていた財閥責任者に近づく。
「悪魔の出現を確認。式典の中止を勧告します」
だが、責任者は一歩も退かず、厳然とした顔で首を振る。
「財閥の威信にかけて、この式典は失敗できない。会場内の混乱は絶対に避けること」
神宮の瞳が一瞬だけ細まる。だが次の瞬間、通信が入る。
『悪魔は地下から連続的に現れており、明確に式典会場を目指して進軍してきています。要人の避難が必要です』
リリスの声だった。
《財閥側は、それでも続行の構えだ。要人避難は許可されていない》
その声の先で、リリスが歯を噛みしめる気配があった。
『国家要人が死ぬかもしれないのに、式典を優先するって……!?』
神宮は目を閉じたまま、わずかに息を吐いた。
《そういう力関係らしい。財閥が崩れれば、世界の軍事も秩序も崩れる》
『……了解』
神宮は席へ戻ったとき、会場の空気がふっと変わった。中央壇上に新たな登壇者が姿を見せたからだった。
絹のような黒髪、深い紺の礼服、均整の取れた端正な顔。
青年は静かに歩を進め、すべての視線を吸い寄せていく。
──財閥当主。
その佇まいは、異形が跋扈する影を覆い隠すように、完璧な“人間”の威光に満ちていた。
背後で再び、現れた悪魔の影が消える──音もなく。




