表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-i  作者: リョーシリキガク
5章 一ノ瀬編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/51

i・sin 41x 二重スリット

 湾岸部にそびえる、白亜の高級ホテル。その最上階に用意されたスイートルームは、財閥の誇りを示すかのように、豪華絢爛に輝いていた。


 半円形に広がる天然石張りのバスルーム。大理石を思わせる白と灰のグラデーションが、柔らかく照らされた照明と湯気に滲んでいた。天井は高く、壁の一面はガラス張り。窓の外には、海沿いの街灯が点々と連なり、遠くネオンサインが波間に滲んでいた。


「有馬くん、前日から宿泊って聞いて……二重スリットの電子ごっことか凄いはしゃいでたわ」


 一ノ瀬の笑い声が、柔らかな湯音に溶けていく。

 湯はごく薄く、桜色に染まっていた。薔薇を模した入浴剤がゆるやかに溶け、ほのかな香りを放っている。


 一ノ瀬は長い髪を後ろにまとめ、浴槽の縁に肘を預けていた。対する神宮は、大きな肩幅と厚い胸板を湯に沈めている。水面に浮かぶ彼の腕の筋肉は、まるで彫刻のように引き締まっていた。


「一ノ瀬、本当に任務をやるつもりなのか?」


 彼の低い声が、湯にわずかな震えを生んだ。


 一ノ瀬は、わずかに視線を揺らし、湯面に映る夜景を見つめたまま答える。


「ええ」


「僕が代わりに全部やるよ。君が危険な目にあわなくてもいい」


「……あなたは他の任務で動き回ってるでしょう。世界の英雄なんだから」


 神宮は短く息を吐き、湯に手を沈めたまま、指を組む。


「僕は世界の英雄になんて興味ない。君だけのヒーローの方がいい」


 その声は、まるで波打つ鼓動のように一ノ瀬の胸に触れた。

 一ノ瀬は一瞬だけ驚いたように目を開いたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「……嬉しいですけど」


 やがて、彼女は静かに湯に体を沈めた。


「私も……あなたの役に立ちたいんです」


 ふたつの声が交差したあと、室内は再び静かになった。


 湯の表面に立つ波紋は、やがて穏やかに広がりながら、二人の間の境界を消していく。


「そうか」


 神宮はそう呟いて、瞳を閉じた。


 湯気の向こうに、もう一つの幻が霞む。


(あなたの瞳に映る私は本当ですか?)


 一ノ瀬は、声には出せなかった。

 まるで二重スリットの実験だ。

 観測すれば崩れてしまう量子のように、内なる本心は揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ