cos 39x 麗'
有馬は報告書の封筒を小脇に抱え、本部上層階の廊下を進んでいた。無駄のない設計と清潔な空間。足音だけが静かに響く。
──神宮の公式執務室。
0番隊の隊長執務室とは別に、実行連隊の長として、彼は本部棟にも部屋が用意されている。ここを訪れるのは初めてだった。
「失礼します、報告書を──」
軽くノックして扉を開いた瞬間、有馬は一瞬言葉を失った。
「……あら」
中にいたのは神宮ではなかった。
ソファに座っていたのは一ノ瀬。深い青の制服を着こなし、脚を組み、膝の上に書類を置いていた。机の上には白磁に青いラインが入った、ペアカップが二つ並んでいる。
その光景に、有馬の思考が一瞬止まる。
(……なんで一ノ瀬さんが?)
有馬は眉をひそめ、何気なく一ノ瀬の胸元に視線を落とす。
彼女が身につけているネックレスの先端。小さな金の指輪。
それは神宮がいつも首にかけている指輪と同じだった。
(まさか.....交際、してる......?)
ユリがこの場にいたら、どうなっていたか……
考えたくもない。彼女の妄想が核融合レベルで暴走するのは確実だった。
「部屋の外で待ってます…」
交際相手なら、部屋で2人きりはよくないと思って踵を返しかけたその時。
「別に、2人きりで構わないわよ」
背後からの声に、有馬は振り返った。
一ノ瀬の瞳には淡い波紋が浮かんでいた。──読心の能力が発動している。
綺麗な瞳だ。落ち着いた感じの方が……
「……神宮さんの好きなタイプって、こんな感じなんだって、思ってるのね?」
その一言に、有馬は顔を真っ赤にして慌てた。
「い、いえっ、ち、違いますっ、そ、そんなつもりじゃ……!」
「ふふ、冗談。座ってよ」
言われるまま、有馬はソファの端に腰を下ろした。
整然とした室内には神宮の気配が色濃く残っていた。書類の束、整った文房具、揃いのカップ──どこか生活の痕跡すら感じられる。
一ノ瀬は再びソファに戻り、何気ない仕草で指輪を指先に乗せる。
光の中で、金の縁に彫られた模様が静かに回転した。
一ノ瀬はこちらをじっと見つめ、カップをソーサーに置いてから、こう言った。
「漣 澪って、知ってる?」
唐突な名に、有馬は目を見開いた。全く聞いたことがない。
「……さざなみ?」
「下の名前は“レイ”。すごい美人だったらしいけど。……きっと、彼の理想だったのね」
彼女の声は淡々としていたが、その指輪の回転に、ほんのかすかな揺れがあった。




