cos 37x 「共鳴の悪魔」
旧コンサートホール。
かつて文化の象徴とされていた空間だった。今は、剥がれかけた漆喰と煤けた空気が、過去の栄華を静かに物語っている。
広々とした客席は、傾斜を描きながら奥へと伸び、数百の座席が整然と並んでいた。
木製の背もたれには赤いビロードが貼られ、薄く埃を被っている。
客席の奥には、ひときわ深く掘り下げられたスペース──オーケストラピットがある。
楽器を並べるはずだったその空間は、空っぽの奈落となって口を開けている。
舞台には重厚な赤い垂れ幕がかかっていた。
その裾は裂け、ところどころ焦げたように黒ずみ、中央は半ば開いている。
かつての開演の瞬間を思わせるその隙間から、異様な気配が滲んでいた。
周りの客席が、かすかに震えている。
──ドン。
低く、腹の底に響くような音が空間を満たす。
舞台の中心に、それはいた。
黒曜石のような外殻を持ち、背中からは共鳴板のような骨状の突起が伸びている。
立ち尽くすだけで、空間が軋むような重圧があった。
共鳴の悪魔が吼えた。
音の奔流が空間を圧し、天井が震え──砕けた。
瓦礫が怒涛のように降り注ぐ。
有馬は即座に演算子に意識を向けた。
刹那、見えない力場が展開される。
テレキネシス──物体に直接干渉する精神波動。
瓦礫が空中で静止した。
そして、数十の岩片が悪魔へと逆襲し、鋭い弾丸となって叩きつけられた。
共鳴の悪魔の外殻が軋み、ひときわ大きな音が響いた。
「ギイィィィィイイ……!」
よろけた。共鳴の核が狂ったように波打ち、足元が崩れる。
「ふっ……!」
有馬は踏み込む。
身体強化を併用し、一気に距離を詰めた。
そして量子サーベルを構え、肩口から大きく振り下ろす──
ズバァッ!
悪魔の右腕が音を立てて吹き飛ぶ。
砕けた刃先の断面から、黒い液体が飛び散った。
咆哮と共に、悪魔は転げるように後退し、ホール中央の階段へ逃げ込む。
「ユリさん!」
ユリはロザリオ型演算子を胸に構え、黒い銃を抜いた。
揺れる腕先を支えながら──狙う。
パンッ──
乾いた銃声がホールに響く。
弾丸は悪魔の脚部に命中し、その巨体がバランスを崩す。
重力に引かれるように、悪魔は階段奥の奈落──オーケストラピットへと落下した。
「有馬!」
ユリの叫びが背中を押す。
有馬は高く跳躍し、真上から悪魔の元へ急降下する。
剣が黄緑に輝き、音のない空間に鋭く突き立てられた──
「はあああああっ!!」
ズドン──
量子の刃が悪魔の胸部に突き刺さり、共鳴核を貫いた。
一瞬の間、音のない衝撃が辺りを包み、やがて音と共に悪魔の肉体が霧散した。
「……討伐完了」




