cos 34x 「未来の英雄」
地下鉄の構内は静まり返っていた。
薄暗い蛍光灯のうち、いくつかは点滅しながら、無人のホームを青白く照らしている。
壁には複数のひび割れが走り、ホームの端には亀裂が伸びていた。
それでも──悪魔の気配は、どこにもない。
「いませんね。リリスがいたら、何か読めたかもしれませんが」
有馬は周囲を見回しながら言った。
「は? あんなの役に立たないでしょ。過去なんて見て、何になるわけ?」
傍らで、ユリが小さく鼻を鳴らした。
白地に薄い黄色を羽織った彼女は、ベンチのひとつに腰を下ろしていた。
金属製の古びたベンチは、座るたびに軋んだ音を立て、彼女の動作のたびにブーツの金具がカチリと響く。
ユリはスカートの裾を直しながら、有馬に向けて淡々と毒を吐いた。
「サイコメトリーもすごい能力ですよ」
有馬は思わずムッとした声で言い返す。
ユリは口を尖らせる。
「でも私の未来視の方が凄いし。過去と未来じゃ、価値が違うでしょ」
「未来視だって、無制限に観られるわけじゃないでしょう?」
「本来は無制限だもーん」
「本来は?」
その言葉に、有馬が目を細めた。
ユリはしばらくロザリオを弄び、静かに答えた。
「……三回先。来年の5月の“日蝕”以降は、見えないの。昔からずっと同じ。“終わり”が変わらないのよ」
有馬の眉がわずかに動いた。
「未来も、過去も、どちらも大事ですよ」
ユリは少し黙り込んだあと、しぶしぶとした様子で呟いた。
「崩落の中心は、街の真ん中辺りの海沿いだったわね」
「それは映像で確認できましたけど。あのあたりに活断層はないはずです」
「なら、何かが仕掛けてるんでしょ。自然じゃない揺れ方だったし」
ホームには誰の足音もなく、電車の気配もない。残響だけが微かに跳ね返る空間のなか、有馬が静かに言った。
「他に、なにか未来の情報は。どんな小さなことでも、お願いします」
ユリは視線をそらし、ぶっきらぼうに答えた。
「……ビクトル。あんたが倒すんだって」
有馬は、一瞬言葉を失った。
「え?」
「見えたの。あなたがビクトルを倒して、街で英雄として飾られてる映像。
……絶対関係ないけど。あんたが何でも言えって言うから教えただけ」
ユリは、そっぽを向いた。その横顔はどこか静かで、瞳の奥には迷いのない輝きが宿っていた。
「……ありがとう。教えてくれて」
有馬が静かに礼を述べると、ユリは小さく鼻を鳴らす。
「礼なんかいらないってば。……私の未来視なんて、結局は軍の道具なんだから。
せいぜい頑張りなさいよ。未来の英雄くん」




