cos 29x 「ユリ登場」
本部地下、最深部。
そこには限られた者しか立ち入れない「データ保管エリア」があった。
複層の電子ロックと物理的セキュリティによって守られたその空間は、まるで時間さえ凍っているかのように静かだ。
有馬とリリスは、その無機質な通路を並んで歩いていた。
「未来予知能力者って、どんな方なんですか?」
今日は日蝕の日、未来予知の能力者によって任務の予測と調整がなされると聞いている。
「んー……まぁ、私は嫌い、かな」
リリスはあからさまに渋い顔をして答えた。
「えぇ……」
二人は扉を抜け、データセンターに足を踏み入れた。
高さ数メートルにもおよぶサーバーの隙間、その中心で繰り広げられていたのは、奇妙な光景だった。
「ねぇねぇ神宮さん!プレゼント〜!コレ、今流行りの薔薇の入浴剤!」
未来予知能力者──ユリ。
小柄な女性で、艶やかな長髪をなびかせながら、神宮の隣にぴたりと寄り添っていた。
身体を預けるように絡みつき、彼女は満面の笑みで差し出す小包を、神宮は無抵抗に受け取っている。
「ん、ありがとう」
「キャーー!受け取った!これはもう結婚ってことよね!ね!?だって私、未来見えてるし!」
「うーん、違うかな」
神宮は困ったように笑いながらも、まったく突き放さない。その視線は、どこか柔らかく――むしろ受け入れているようにすら見えた。
有馬とリリスは、室内に入ったまま同時に硬直した。
「……え」
「……またやってる」
リリスはげんなりとした声で呟き、有馬は明後日の方向に視線を飛ばす。
そのとき、ユリがぴょこんと立ち上がった。
「げっ、リリス! そっちが噂の有馬!?」
くるりと振り向き、有馬の顔を覗き込むように前に出てくる。その腕はまだ神宮の腕に絡んだままだった。
なんだこいつ…共役ジエンか…?
「まぁ来るの分かってたけどね!私、未来予知者だもん!」
有馬のパーソナルスペースを無遠慮に侵食しながら、ユリは目を輝かせる。位相のずれたπ軌道に無理やり干渉してきて──ユリじゃなくてペリ環状遷移じゃないか。しかも禁制。
「能力って“i”をかけることでしょ?
“i”は虚数、でも愛でもあるの。
超能力は心を伝える力!愛のかたちなのよ!!」
「……あ、はい……」
有馬は引きつった笑みを浮かべ、そっと一歩下がった。
隣でリリスは露骨に眉間に皺を寄せていた。
「ねぇ神宮さん、私たちで“愛の未来”を築きましょ!」
彼女の手は神宮の胸にぴたりと添えられ、未だに共役していた。
神宮はちらりと有馬の方を見た。
「ユリと仲良くしてあげてね」




