i・six 28x 零'
幻影が解け、リリスは立ち尽くしていた。
手に持ったナイフを見つめる。
復讐をして得るものなんてない。
皆そう言う。それは正しい。
“ゼロ”が“プラス”になることも、マイナスをゼロに戻せるわけでもない。
すべてを失って、“ゼロ”になった──
それは“もう失うものがない”って意味じゃない。“大切なものを、すべて奪われた”ってこと。
だから私は、もうこれ以上奪わせないために、自分から“マイナス”に堕ちていくって決めたのよ
*
[任務報告書:封印再調整・禁忌の森]
報告者:神宮帝翔(0番隊 隊長)
日付:3月15日
森の奥深く、瘴気に似た静けさが漂うなか、神宮は封印装置の前で待っていた。
やがて、ヒールの音が枯葉を踏む。
「──あら神宮。お待たせ」
長身の女、ローズマリーが深紅のマントを揺らして現れる。トランク片手に、息をついて笑った。
「あなたみたいな化け物じゃないから、この森を歩くだけで限界。
帰りは転移陣が使えないんでしょ? 送ってくれるわよね?」
神宮は静かに頷く。
この“禁忌の森”は、一方通行。外から来ることはできても、内から出ることはできない。
悪魔を封印するには、それが必要だった。
「そういえばこの前の任務、笑ったわ。“下がって、僕が守る!”って。
英雄って感じ〜、ちょっとときめいたかも」
「あんなの、いくらでも言うよ」
「なら今度は私にも言ってよ。“大丈夫、僕がついてる”って、ふふ」
軽口を交わしながら、2人は中央の封印装置へと歩く。
核の部分には、魔力の“引力”が満ちていた。強い悪魔ほど、その引力が強いため、この中心に吸い寄せられ、離れられなくなる。
「で、なんで私と来たの?」
ローズマリーが不意に足を止め、振り返る。
「“封印を締め直すときは、好きな人と来い”って。この装置を作った時に言われた」
「……なにそれ、デートのつもり? 」
「“適当な人”って意味じゃないの?」
「ふーん。まあ、そーよねー。じゃ、さっさと任務終わらせましょ。私は2〜3匹で十分」
封印装置の前に立った神宮は、懐から薔薇の入浴剤を取り出す。
「……ちょっと、それ、うちの商品じゃない!」
「引力が出れば何でもいい。代用はできる」
「部下にもらった」という神宮に、ローズマリーはふーん、と答えた。
神宮は静かにそれを術式の中心へ置き、手をかざす。
装置は一度、脈を乱し──すぐに安定した。
任務完了。
神宮は端末に記録を打ち込み、背後の古い石碑に目を向けた。
『絶対、開けちゃあかんからな!』
そんな声が、聞こえた気がした。




