cos 27x 魔王ビクトル
訓練用フィールドの外、半透明の防御結界の向こう。
さらにその上層に設置された監視通路から、有馬と神宮が試験の様子を見下ろしていた。
「監督官なんだ。他にも十ヶ所くらい担当しててね」
目が合うと、神宮は柔らかく言った。
「なかなか合格は難しいみたいだよ」と、静かに呟く。
「リリス、大丈夫でしょうか」
有馬は額に汗をにじませながら、結界の中を駆けるリリスの姿を見つめていた。
炎の中で、彼女は真っ直ぐ走っている。
「サイコメトリーで戦闘なんて、本当に……」
その言葉が終わらないうちに、有馬の視界が歪んだ。
──目の前に青年が現れた。
『なんでお前が泣くの? なんでも持ってるくせに、被害者ヅラしないで』
『有馬くんならできるでしょ? できない子に失礼よ』
『君がウチの子に生まれてれば』
有馬は一歩も動けず、ただ視線を下げていた。
「有馬」
背後から呼ぶ声がした。
振り返ると、神宮が静かに何かを見上げていた。
「リリスの能力は、確かに戦闘向きではない。だが、彼女の脳波の振幅は、最大級だ」
神宮はゆっくりと前に出て、柵越しに炎のフィールドを覗き込んだ。
「能力の“強さ”で言えば、抜群。だから僕は彼女を0番隊に指名したんだ」
有馬の目が再びフィールドに戻る。
リリスは、走っていた。炎の中を、真っ直ぐに。その前には、黒く歪む影──人型の悪魔、幻影のビクトル。
『復讐なんてやめてよ、お姉ちゃん。早く、こっちに来て……会いたいよ……』
弟の幻影が語りかける。
それでもリリスは、足を止めなかった。
「……黙れ」
演算子の鈴が高く鳴り、記憶が一気に溢れ出す。
崩れる校舎。焼けた空。伸びていた小さな手。
──「熱い」と呻いた声。
リリスは右手をチラリと見る。黒い手袋、そして握られたナイフ。
「返してよ……! あの朝も、弟も……私の“愛”も……!」
リリスは飛び込む。
超能力による身体強化が限界を超え、足が地面を砕く。
その手に宿る赤いナイフが、ビクトルの胸を貫いた。
激しい閃光がフィールド全体に弾けた。ビクトルの幻影は、黒い霧となって砕け、炎に呑まれていく。
「リリス少尉!合格!」
リリスはその場に膝をついた。肩で荒く息をしながらも、もう敵の姿はなかった。その頬には、涙の痕が静かに残っていた。
有馬の幻影も消え、胸の奥に残るのは、言葉にならない重さだった。
神宮は黙ってそれを見届けた後、低く言った。
「……ビクトルの力はさらに強大だろう。有馬──奴を倒すのは君だ」
神宮は続けた。
「奴は非常に人型に近い悪魔で、女性に似た姿と推測されているが、詳細は不明。彼女を倒さない限り、犠牲者は増える」
有馬は一瞬だけ目を閉じ、唇を引き結んだ。
「……はい」
──魔王ビクトル。
悪を倒し、人々を守ること。
それが俺に与えられた“義務”なのだと、有馬は思った。




