cos 24x 命のかけ方
夜の談話室。窓の外には夕暮れが広がり、静かな時間が流れている。部屋の片隅、リリスは講義ノートを机に広げていた。ペンを持つ手は何度も線を引き直し、細かな文字でびっしり埋められたノートの余白に、さらに数式や注釈が加えられていく。
「y=cos0は常に1だから、波じゃなくてy=1の横線……これが“読心術”で、瞳に波紋……」
リリスは呟きながら、瞳に波紋が浮かぶ術式図を指でなぞる。
「全ての波の重ね合わせ、ガウス関数、デルタ関数…」
必死に理解しようとするその姿には、普段の鋭さや皮肉っぽさはなかった。代わりにあるのは、真剣な眼差しと、ひたむきな努力の痕跡。
そんな彼女の前に、不意にコーヒーが置かれた。
「頑張ってますね、リリス」
顔を上げると、目の前に有馬が立っていた。髪に夜風を含ませたまま、微笑を浮かべている。
「そら、頑張るわよ。普通は筆記と実技両方受からないと、普通は悪魔討伐に参加できないし。……ありがと」
リリスは照れ隠しのように鼻を鳴らし、肩をすくめた。
有馬が軽く笑ったあと、彼女はふと視線を机から外して尋ねた。
「有馬。あんたは何でプロハンターになったの?」
その問いに、有馬はまっすぐリリスの目を見て、静かに答えた。
「力があるなら、責任があると思ったんです。誰かが傷つく前に、自分が立つべきだって」
正義感というより、義務感。彼の声には、そんな硬さが滲んでいた。
子供の頃、英雄に救われて憧れたとか、理想的なストーリーはない。
リリスは少しだけ目を伏せ、言葉を選ぶようにして呟いた。
「誰かのために命を懸ける義務なんて、私はないと思うわ」
リリスは鋭い目を向けた。
「私には復讐したい相手がいる。ただ、それだけ。……私は、自分のためにこの道を選んだの」
有馬は黙って頷いた。否定もしなければ、肯定もせず、ただその言葉を受け止めるように。
しばしの沈黙のあと、有馬がふと話題を変えるように言った。
「教えますよ、苦手なところ。俺、この分野得意なんで」
「……いいの?」
リリスが少し驚いた顔で振り返る。
「でも、この時間……貴方、上級講義、取ってなかった?」
「ああ、“悪魔脳波論Ⅲ”ならもう、なくなりました」
「え?」
有馬が肩をすくめる。
「教授が失踪したんで、無期限休講です」
「……そんなことある?」




