cos 18x 「32m + d」
0番隊の談話室に、夕暮れの光が差し込む中、神宮はソファに座って書類をめくっていた。
その横で、有馬は静かに参考書を読む。
「――君が、有馬くん?」
声がして、有馬が顔を上げる。
そこに立っていたのは、茶髪で、やわらかな雰囲気を持つ女性だった。制服の袖をつまむようにしながら、瞳は好奇心にきらめいている。
「飛び級の天才って噂の……」
「いえ、そんな……」
有馬がやや戸惑ったように目を伏せると、彼女はにこにこと笑った。
「天才なんでしょ!ね、神宮さん!」
神宮は書類から視線を上げ、さらりと答える。
「そうだよ」
その即答に、有馬が小さく目を見開いた。
「なにか、“できる!”って感じのことしてよ!あ!私は一ノ瀬!同じ0番隊だよ!」
彼女の無邪気な提案に、有馬は少しだけ困ったように笑う。
すると、神宮がふと手を止め、テーブルの上を指で軽く一回、こん、と叩いた。
「じゃあ、一ノ瀬の誕生日を当てようか」
一ノ瀬が、きょとんとする。
「月を32倍して、日にちを足すと392になるんだ。わかる?」
「……数字がひとつだけで、月も日もわかるの?」
有馬が、すっと身を乗り出した。
「12月8日、ですね」
即答に、一ノ瀬が思わず「えっ?」と目を丸くする。
神宮は書類を閉じ、静かにうなずいた。
「正解」
有馬は軽く肩をすくめて、得意げに笑った。
「計算は得意ですよ」
「どういうこと?」と一ノ瀬。
神宮がペンを空中に走らせながら答える。
「たとえば僕の誕生日、1月1日がわかりやすいかな。この場合32×1+1で33になるよね?」
「なるほど、月に32をかけると、日にちと被らないから…」
有馬はうんうんと頷く。
「32で割って商が“月”、そこから“日”を出せます」
横で神宮の口元がふわりと綻んだ。
「有馬ほんと計算得意だね。僕と勝負する?」
「え、よ、よろしくお願いします」
神宮は軽く頷き、ソファに背を預ける。
「じゃあ一ノ瀬、適当な誕生日で出題して」
一ノ瀬は楽しそうに唇を噛みながら考える素振りを見せた。
「じゃあ……289!」
神宮は一拍だけおいて、すぐに口を開く。
「9月1日」
「……えっ?」
有馬は固まった。自分が割り算を始めた頃には、神宮はもう微笑んでいた。
「……速すぎますって!」
一ノ瀬はくすくすと笑い、有馬の方へ身を乗り出した。
「じゃあ、今度は……有馬くんの誕生日を当ててあげる」
一ノ瀬はふっと目を閉じた。まつげが揺れ、瞳の奥にかすかに紫の波紋が走る。
「3月31日」
「……え?」
有馬は一瞬、言葉をなくした。
一ノ瀬は得意げにウィンクした。
「私、心を読めるから」
「それ、チートでしょ……。あっ! 神宮さんも、さっき使いました?」
神宮は穏やかな微笑みを浮かべたまま、首を横に振る。
「使ってないよ」
「ほんとですか? 早すぎて疑いたくなるんですけど」
「ほんと、読心術は使えないんだよ。読んでもいいよ?」
「……うそだ~」
一ノ瀬が「ほんとだよ」と笑っていた。




