cos 14x 冷'
吹雪が、世界を塗り替えていた。
「くそ……どこまで来るつもりだ!」
奏が忌々しげに吐き捨てる。
木々の合間を縫って、雪を踏みしめながら必死に駆ける二人の後方。
そこには、音もなく滑空する影──悪魔とは思えぬ滑らかさで空を舞う、異形の存在があった。
かつてフクロウだった悪魔の羽根を取り込み、より静かに、より早く、より冷たく。風すらも味方につけたかのように、人型の悪魔は追跡してくる。
「滑空できるなんて……!」
「取り込んだんだ、さっきのフクロウを……!」
有馬は肩で息をしながら、懐中時計型の演算子に手をかける。
だが、次の瞬間──全身にまとわりつくような寒気が、感覚を削ぎ落としていった。
雪はただの雪ではない。粒が凶器のように鋭く、肌を刺す。吐く息が一瞬で白く凍りつき、まつげに貼りつく。
「この雪、ただの気象じゃない……あいつが、撒いてる……!」
奏が歯を食いしばりながら、耳に手を当て、演算子に力を込める。
だが、空間に放たれたはずの音波は、何かに吸い込まれるように霧散した。
「音が──届かない……!?」
「気温が下がりすぎて、空気が死んでる……!」
音は、空気の振動だ。
空気が動かなくなれば、音は消える。
まさか、悪魔が“絶対零度”に近い空間を作り出しているのか。
「能力が効かないって……」
「くそっ……!」
有馬はテレキネシスで近くの雪を操り、悪魔に向けて放つ。
だが、雪の弾は触れた瞬間、蒸発したかのように掻き消えた。
無力だ。全てが、あまりにも無力すぎる。
その瞬間、背後から突風のような圧が迫る。
二人が振り返る暇もなく、何か見えない衝撃が叩きつけてきた。
「っぐあああっ──!」
雪煙が爆ぜ、足元の地面が崩れる。
次の瞬間、二人の体は宙を舞い、風に巻かれるようにして吹き飛ばされた。
雪に覆われた地面が裂け、空と地が反転する。世界そのものがぐらりと揺らいだ。
「──有馬!」
声と同時に、咄嗟に伸ばされた奏の手が、有馬を庇うように突き飛ばす。
「ッ……あ──!」
視界が白に塗りつぶされ、有馬の体は冷たい岩肌に叩きつけられた。
耳がきいんと鳴り、手足の感覚が遠のいていった。
*
誰かの声が、遠くで囁くように聞こえた。
「ねぇ、あったかい?」
「この手のぬくもりが……心なのかな……」
「なれるよ。だってお前は、俺の英雄なんだから」




