cos 13x 重ね合わせ
山道を越え、かつて炭鉱だった町の奥へと踏み入った二人は、雪の降り始めた林道を慎重に進んでいた。
昼間の灰色の空はすでに薄暗く染まり、降る雪は徐々に強さと鋭さを増していく。
「……いた」
奏が足を止め、前方の木々の隙間を指さす。
そこにいたのは、巨大なフクロウのような姿をした悪魔だった。
黒く膨らんだ羽根の奥から、淡く歪んだ空気が滲み出している。周囲の空間が、まるで呼吸するかのように揺らいでいた。
「音に弱い……予想通りだな」
奏はそう言いながら、指先で空気をなぞるような動作をする。
すると空間に波紋のような微細な振動が広がり、気配が静かに変化した。
有馬は懐中時計型の演算子を取り出し、片手で柄のように構える。
瞬間、演算子が淡く光を放ち、黄緑色の量子サーベルが刃のように実体化した。
光の刃は空気に揺らめきながらも、確かな殺意と干渉力を湛えている。
奏が指を鳴らす。
瞬間、空気が弾け、目には見えぬ“音圧”が一帯を包み込む。
その音は周囲の雪を細かく震わせ、フクロウの悪魔の羽根を狂ったように撓らせた。
フクロウの悪魔は断末魔もなく、雪の中へと崩れ落ちた。
「止めを──」
「待て、有馬。……気配が、おかしい」
奏の声には明らかな緊張が滲んでいた。
風が変わった。
雪の粒が突如として大きく、鋭くなり、視界を塞ぐほどの猛雪が二人を包む。
その中から、気配が、姿が──現れる。
人型に近い悪魔。
だが、それはただの悪魔ではない。
漆黒の外殻に覆われ、目のような赤い光が複数、体表で断続的に点滅していた。
その異様な存在感に、空気すら凍りついたように感じられる。
「……有馬、引くぞ」
奏が低く、しかしはっきりと命令を下す。有馬もそれに従って、サーベルを構えたまま一歩後退した。
「あれだけ人に近いのは──危険度が違う」
その“人型の悪魔”は、こちらに目もくれず、ゆっくりとフクロウの亡骸に手を伸ばす。
黒い指が羽根に触れた、その瞬間。
フクロウの悪魔の身体が、まるで霧のように分解され、滑らかに吸い込まれていく。
まるで最初から一部だったかのように、違和感なく融合していく。
「……融合……」
有馬は息を呑む。
現物を見るのは初めてだった。
悪魔は、他の悪魔を取り込み進化する──飽くなき渇望、満たされぬ本能。それが、今まさに目の前で起きていた。
雪はますます激しさを増していた。




