cos 12x フーリエ演算子
しんしんと降り積もる雪の中を、一台の車が進んでいた。
「異常気象ですね」
車内で有馬がつぶやいた。
「あぁ、本来ならこの町は春の陽気のはずだ」
そう隣で答えた銀髪の青年は奏。0番隊の隊員だ。
2人は悪魔討伐のため、廃坑へと向かっていた。
パイロキネシス──炎の能力者が行方不明となり、0番隊の出番となったからだ。
敵は“フクロウ型の悪魔”であり、高い聴覚を持つとされる。
そこで音を操る奏となら、楽に実戦の経験を積める、までは良いのだが。
問題が一つ。
有馬は助手席で、両手で白いものを握りしめた。
再利用型のカイロだ。奏が渡して来たくせに、いざ開けようとすると「違うし! 開けちゃダメ!」だの、「べ、別にお前にあげたわけじゃないし」などと言い始める。
「能力、もう一回確認しとこうぜ」
「あ、はい」
有馬が頷くと、奏は会話を待ってましたとばかりにハキハキ喋った。
「別にお前のことが知りたいとかじゃないけど? まぁ、一応ね!」
なんだこの人。リリスのときも思ったけど、この隊、ツンデレ多すぎないか?
有馬は内ポケットから、自身の銀色の懐中時計を取り出す。複数能力の場合は、この形になるらしい。
中には細かな歯車が収まっていた。
「能力は治癒──ただし自分にしか使えません。あとはテレキネシスと、完全記憶。それから、“量子エッジ投影”です」
「最後のだけ、意味わかんない。何それ」
「量子状態の情報をエッジ状に展開して、物理的に空間を切断する……という理屈の技術です。
刃のような力場を作って“切る”ことができます」
「はーん?」
有馬は苦笑した。面白い方だ。
そしてその直後、車が急停止する。ブレーキ音が、山道に響いた。
「えっ、なんですか?」
「感じた。空気が揺れてる」
奏を見ると、銀髪がわずかにかかった片耳にはイヤーカフをつけていた。
銀細工のような繊細な装飾が施されており、中央に∇の紋が刻まれている。
指で軽く叩くと、演算子が淡く光る。
「ナブラ演算子。発動」
《∇ e^ix = i・e^ix 》
「この音、何かが鳴ってる。悪魔が近くにいる」
彼の表情は真剣だった。
「……使い方、わかるよな? 演算子を起動して」
有馬は頷いた。
演算子、能力の発動に必須の制御装置。
懐中時計型の、銀の演算子にそっと意識を集中する。
たったそれだけのことで、空気が変わった気がした。演算子に触れる指先が微かに脈打つ。
「はじめて?」
「……はい、実戦では」
「アドバイスは……力は出そうとしないこと。自分の中に流れてる波を、演算子に通して、世界に広げる感じ」
目を閉じ、息を整える。
“波”のイメージ――見えない力が、手のひらを通して世界に伸びていくような。
確かに何かが“重なりあった”。
「フーリエ演算子。起動」
《ℱ{e^ix} = δ (ω - 1) 》
重力に逆って、有馬の周囲の雪がふわりと浮き上がった。
「まぁまぁやるね」
奏はそう言って車を降りた。
その背中を追いながら、有馬は演算子に刻まれたfを見た。
フーリエ変換 f^(ξ)。波の分解こそ、超能力の本質である。
e^ixをフーリエ変換するとδ (ω - 1)となり、デルタ関数という有名な超関数になります。後々関係して来ますので、興味が湧きましたらぜひ、デルタ関数の概形を見てみてください!




