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出来レースのはずだったオーディション


私は声優事務所のマネージャー。

今日はA子のオーディションに付き添いのために会場にやってきた。

A子はうちのナンバー3。

特に侯爵令嬢など、身分の高い女性の役をさせれば、右に出る者は

いないと言われた。


A子はSNSのフォロワーも多く、名実ともにトップ声優のひとり。

今回のアニメは、原作からのファンで、A子が絶対にやりたい仕事だった。

ファンからもこの役はA子しかいないと絶賛されていた。


A子が落ちるわけはない。

事務所の誰もがそう言っていた。

ただなんだろう。この悪寒は。


今回、A子が狙う役は侯爵令嬢役。

ヒロインではないが、作品中とても重要なポジションの役だ。

長いセリフも多く、演技力が要求される。


A子ならだいじょうぶ。演技力も定評があるから。


他の参加者の顔ぶれを見る。

とくに注意をするような声優はいない。


A子も、ほっとした顔をしている。


監督とすこし会話をする。

「今回もだいじょぶそうですね」

そう言っていた。


ただ一人気になる人物がいた。

少し前に事故にあった声優だ。


収録途中に事故にあい、

意識不明の重体だったが、その後復活し、

すべての収録を取り終えた。


その最終回の演技が、

あまりにも強烈すぎるとSNSで評判となった。


それほど有名な子ではないので、

顔を知らない。


まぁいい。A子に限って……。


A子の順番が来た。


そうそう。いい演技。

監督たちも満足している。


他の声優を見ても、自信なさそうな顔をしている。

今回ももらったわね。

私は事務所の社長に

「今回もA子で決まります」

とメッセージを送った。



「次のかた」



「はい」


「平民という立場をわきまえなさい」


彼女がたった一文…

たった一文のセリフを読み上げた瞬間

場の空気が変わった。


監督の、

プロデューサーの、

目の色が変わった。


オーディション会場にいた。

うつむき加減だった声優は、いっせいに彼女のほうを見た。


そこには侯爵令嬢の姿があった。

「ガチだ…」

「勝てない…」

そう声が聞こえた。


背筋に悪寒が走る。

オーディション会場には、

まるで氷の城のように冷たい空気がながれた。


私はA子の方を見る。

A子は、

今にも泣きくずれそうな顔をしている。


侯爵令嬢の圧倒的な圧力、

声だけでその場を制圧した。


「本物だ」

プロデューサーがつぶやく。


「たしかに」

監督が同意する。


「しかし彼女は迫力がありすぎる」

とプロデューサー。


「たしかに」

と監督。


「いや…ここは彼女にしましょう。

ここで彼女を使わなければ

私達は、この業界でやっていけない気がする」

とプロデューサー。


この言葉に、

その場にいた、

スタッフ一同が同意した。


監督が他の声優に声をかける。

「この侯爵令嬢の役は、彼女に決定します。

それでもチャレンジという方は挙手を」


誰も手をあげなかった。


あげられるはずがなかった。

そこには確実に、身分の差を感じさせるなにかが、

あったからだ。


私はA子とその場を去った。

A子の顔からは生気が抜けていた。


「……あれはもう、“声”じゃない」

「怖い…怖いよ…」

「私の声、ただの音だったんだね……」

そうブツブツ呟いていた。


私は心配になりA子を家に送り届けた。


「すみません。また明日からお願いします」

とA子は笑顔で言った。


その深夜

A子から

「悪魔に声を奪われた」

とメッセージがあった。


A子はその日以来仕事に来なくなった。

SNSのアカウントも閉鎖した。


声を奪う悪魔なんて。

本当にいるのだろうか?

私には知る由もなかった。


そうして一人の声優の存在が消えていったのだ。



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