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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほうし、ほうし、ほうし

作者: 火之香

 行くんじゃなかった。後悔だけが脳裏をよぎる。何度呼び止めても川へと入っていく友人の心境が今なら分かる。何故なら、川で溺れかけた友人と同様に川岸航太も無性に水に濡れたくて仕方なくなっていたからだ。


 事の発端は川遊びをしようと友人の昇平が提案したことから始まった。あの時はこんなことになるなんて思いもよらず、二人してキャンプの計画を立てた。他の友人も誘って四人で行くことになった。全員大学時代の友人で社会人になってから中々会うこともままならず、この計画が立てられたのは社会人になって3年経った頃だった。


 仕事にも慣れ、気持ちにも余裕が出始めた頃だったのがいけなかったのかもしれない。四人が揃いも揃って泳ぎだしたのがまずかったのだ。


 午後の間は何も変な所はなかった。皆が皆持ちよった食材を食べ終えて、泳ごうということになった。そして、気が大きくなってきたのか、流れの速い場所で泳ぐことになった。


 航太は冷たい水の中で泳ぐのは学生の時以来だったが、急激な流れの中で泳ぐのは初めてのことだった。それは他の三人も同じらしく、流れに逆らって泳ぐのはかなり体力を消耗した。航太はしばらくして体が冷えてきたせいもあって川から上がってきて、続いて二人も川から上がってきた。皆それなりに体が冷えてきたらしい。


 しかし、川遊びを提案してきた昇平がいつまで経っても川から上がってこない。体が冷えているはずなのに全く川から上がろうともしない。その様子を見た航太は嫌な感じがした。言葉には出来ない、謎の嫌な感覚。他の二人もそれを見てとったらしく、「早く上がってこい!」とまくし立てた。時刻は既に夕方に差し掛かっていた。早く帰らないと暗くなってしまう。そんな心配をよそに等の本人は泳ぎに泳いだ。


 だが、しばらくすると体力の消耗が激しくなったのか、川の流れに負けるように押し流されていった。そして案の定、昇平はもがき始めた。


「だから早く上がって来いって言ったのに!」


 川に飛び込み彼を引き揚げた時には彼はガタガタと震えていたし、長時間泳いだせいで指先がふやけていた。


「バカ野郎! 早く体を拭け! 風邪引くぞ!」


 しかし、航太がタオルで彼を拭こうとしたその瞬間、彼は航太を押し倒しあろうことかまた川に入っていこうとした。


「おい、何やってる! こいつを止めるぞ!」


「お、おうっ」


 昇平を食い止めるのは至難の技だった。彼はどうしても川に入ろうと躍起になりその表情は正気とは思えなかった。


「濡れたい、川に入って濡れたい! 乾きたくなんかない!」





 車に彼を押し込んだ時には彼は半狂乱になっていた。頭から水を被せた時一瞬だけ静かになったが、その後は帰るまでの間ずっと恨み言を聞かされ続けた。


 彼の家に着いた時彼はペットボトルに入っていた水を思い切り頭から水を被った。開け放した扉から一瞬だけ見えたその異様な光景に、一時の気の迷いだと思い込むしかなかった。




 川遊びから帰ってから何日か雨が降り続いた。何故か雨に濡れたいと思った航太は傘も持たずに外に出た。すると、回りにも何人か傘を持っていない人達が見えた。誰もが恍惚とした満面の笑みで濡れていた。その表情を見た航太はゾッとしたが、雨に濡れたことで非常に心地よい感じがした。


 このままずっと濡れていたい。ふとそう思ったが、体が冷えてきたので家に戻ることにした。部屋に戻っても乾かないようにすればいい。そのせいか、布団を濡らして寝るようになった。異常なのは分かっている。けれども、無性に濡れたくて体を乾かしたいとも思えなくなっていた。


 体を濡らしたまま生活して何日か経った頃だった。航太のスマホが鳴り響いている。手をタオルで拭いてからスマホを持つと、友人の名前が画面に出ていた。画面をタップすると女性の声が聞こえてきた。おそらく昇平の母親だろう。


「昇平がどこにいるか、知らない?! あの子の部屋がキノコまみれで、姿が見当たらないの!」


 それを聞いて航太は冷や汗をかいた。航太の目の前には濡れてキノコが生えた枕が見えたからだ。


「もしもし?! 聞こえてる?! 居場所を知っていたら教えてほしいの!」


 航太は自制心を保ち辛うじて聞こえる声で「分かりました。見つかったら連絡します」と答えた。


「ありがとう、それじゃ頼むわね!」


 震える手で通話を終了する。キノコまみれになった布団を見て、航太は友人の昇平がどこに行ったか分かったような気がした。


 濡れた体からキノコの匂いがする。


 あの時行った川に、見えないキノコの胞子が充満していたと分かった時には、航太の体は動かなくなり、ついに爆発した。


 部屋に飛び散ったのは肉片ではなく粉だった。そしてその粉が壁やカーペットに付着すると、そこからおびただしい数のキノコが部屋中を埋め尽くした。






 キノコが生えたのは航太の家だけではなかった。航太の家の周囲にもキノコが生え出し、ついに町中を、国を、世界をキノコが埋め尽くした。





 今日も空からキノコの胞子が混じった雨が降ってくる。





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