かわいそうな欲しがり妹
私は公爵家の長女リナリア・エンフィールド。
生粋の貴族の娘です。
最近、私にデイジーという義妹ができました。
デイジーは父が平民の愛人に生ませた庶子なので、血縁上は異母妹です。
一夫一妻制の我が国において、婚外子は認められません。
家族とするには養子縁組が必要になります。
そして父の庶子デイジーは、エンフィールド公爵である私の父の養女となったので、私の義妹になりました。
ですが……。
「お姉様のドレスちょうだい!」
デイジーは、少し様子がおかしな子でした。
私より一つ年下のデイジーは、エンフィールド公爵家の紫の瞳に、愛人ゆずりの愛嬌のある可愛らしい顔立ちをした、はっとするような可憐な美少女なのですが。
どうにも様子がおかしいのです。
いえ、彼女は、今まで平民として暮らしていたのですから、貴族とは多少の常識のずれがあっても仕方がないのかもしれません。
「デイジー、私のドレスは私のものよ。貴女のものではないわ」
「リナリアお姉様のドレスはぜんぶ私が貰うわ。お父様が良いって言ったもの」
デイジーは誇らしげにそう言いました。
「お父様が……?」
おかしな話に、私は眉を顰めました。
しかしデイジーはまるで自分が優位に立っているかのように、可憐な美貌に得意気な色を浮かべて答えました。
「そうよ。リナリアお姉様のドレスを貰っても良いかお父様に聞いたの。そしたら『リナリアのドレスなら好きなだけ持っていけば良い』ってお父様が言ったの。だからリナリアお姉様のドレスはぜんぶ私のものよ!」
「……」
私は一瞬、絶句してしまいました。
あまりにも酷い話でしたので。
「デイジー、貴方……」
私はおずおずと真実を口にしました。
「虐待されていたのね……」
「へ?」
デイジーはきょとんとした顔をしましたが、すぐに私に言い返して来ました。
「虐待なんかされてないわよ。私はお父様に愛されてますよーだ。お姉様と違って」
状況を解っていないらしいデイジーは、小鳥のように愛らしい仕草でクスクスと私を嘲笑いました。
「変なことを言って私とお父様を喧嘩させようとしても無駄ですよーだ。お姉様はお父様に愛されてないから、私に嫉妬してるんでしょ!」
「あのね、デイジー……」
平民育ちで無知ゆえに、蔑まれていることに気付かず、さも得意そうにしている哀れな道化、デイジーに、私は教えてあげました。
「古着をもらって喜ぶのは使用人よ」
「へ?」
「お父様が、私のドレスをデイジーに与えると言った、ということは、つまり『デイジーにはリナリアの古着で充分』と言ったのよ」
「……お、お姉様は、私にドレスを取られたくなくて、そんなこと言ってるんでしょ。古着だなんて嘘吐いても無駄ですから。こんな綺麗なドレスが古着のわけないじゃない。見れば解るわよ!」
「私が袖を通したものだもの。ぜんぶ古着よ」
「どこが古着よ!」
「あのね、デイジー……」
無知で哀れなデイジーに、私は貴族の常識を教えてあげました。
「ドレスは仕立てるものよ。自分のサイズを計って、自分にぴったりのサイズで仕立てるの。私のドレスは私のサイズで作られているから、デイジーには合わないでしょう?」
「背丈は同じくらいなんだから、大体合うわよ」
「大体では駄目なの。デイジー、道化になるつもり?」
「ピエロって何よ! 馬鹿にしないで!」
「ぴったりのサイズの服でないことは、とても恥ずかしいことなの。サイズが合っていない服を着ているということは、新しく服を仕立てるお金が無いということですもの。見下されて笑われるだけよ」
「……っ!」
「それに私が夜会や茶会で一度着たドレスですもの。ドレスを覚えている者もいるかもしれないわ。私が以前に着ていたドレスだと気付いたら、みんな『お似合いです』って口では言いながら、『平民には古着がお似合い』って腹の中では見下して嘲笑うのよ。公爵家でデイジーは軽んじられていると判断して、無礼なことをしてくる者もいるかもしれないわ」
「……」
「ねえ、デイジー……」
何となく予感はありましたが、私は一応デイジーに確認してみました。
「貴女はお父様にドレスを仕立ててもらった?」
「……」
デイジーは押し黙り、表情を暗くしました。
「仕立ててもらっていないのね。可哀想に」
「……」
「貴族はね、古着は使用人に下げ渡すの。古着を貰って喜ぶのは使用人よ。お父様はデイジーを使用人と同じに扱って虐待しているのよ」
「……何よ、それ……」
デイジーはようやく状況が解って来たのか、眉を歪めました。
「貴族ってどんだけ贅沢なのよ! しかも性格悪すぎ!」
「可哀想なデイジー……」
世にも哀れな話に、私は涙をそそられました。
「デイジー、私が貴女にドレスを仕立ててあげるわね」
私はデイジーにドレスをプレゼントすることにしました。
私は貴族の娘ですから日ごろから慈善活動に勤しんでいます。
可哀想な人に寄付をすることは呼吸をするように自然なことなのです。
「それからね、デイジー、変な声を出すのはお止めなさい」
「へ?」
デイジーはまた『へ?』と変な声を出しました。
「ほら、それ、みっともないわよ」
「な、なによ! お上品ぶって威張っちゃって!」
「あのね、汚い言葉を使ったら『これだから育ちが悪い平民は』ってみんなが貴女を見下すわよ。貴女はエンフィールド公爵の養女になったの。貴族になったのよ。だから言葉遣いに気を付けなさい。隙を見せては駄目よ。……ねえ、デイジー」
私は当初から疑問に思っていたことをデイジーに尋ねました。
「家庭教師はつけてもらったの?」
「家庭教師くらいいたわよ。ちゃんと字も書けるし計算だって出来るんだから!」
「そうなの? 貴女の言葉遣いは家庭教師がいたようには思えないのだけれど」
「言葉遣いがなんだっていうのよ」
「貴女の言葉遣いも、変な声を出したりするところも、貴族の家庭教師がついていたらとっくに指摘されて矯正されているはずよ」
「へ?」
「ほら、また、変な声を出した」
「……!」
私が指摘すると、デイジーははっとした顔をして両手で口を押えました。
「貴女の家庭教師は平民なのではなくて?」
「……」
「やっぱりそうなのね。可哀想に……」
世にも哀れな話に、私は身につまされる思いでした。
「デイジーが貴族社会で恥をかくことが解っているのに世話もせず放置しているなんて。酷い話ね」
私がそう言うと、デイジーは暗い表情で俯いたまま告白しました。
「……このお屋敷に来て、とっても厳しい家庭教師をつけられたの。厳しい先生だったから『あんな先生は嫌だ』ってお父様に言ったら、お父様が先生をクビにしてくれて……」
「まあ、酷い!」
「……ごめんなさい……」
「今のはデイジーに言ったんじゃないわ。お父様のデイジーに対する仕打ちが酷いって言ったのよ」
私は父に憤慨しました。
父はデイジーに良い顔をするために、デイジーの人生を潰すことを選んだのです。
なんて無責任で無情なのでしょう。
「甘いからって毒を欲しがるデイジーに、お父様は毒だということを教えずに、優しい顔して与え続けているんですもの。お父様がなさっていることは優しい虐待よ」
「……私……虐待されているの……?」
「そうよ。貴族は笑顔で毒を盛るわ。優しい笑顔を信用しては駄目よ」
「……」
「上流階級の言葉と作法を身に付けずに人前に出ることは、丈の合わない古着のドレスで人前に出ることと同じくらい恥ずかしいことなのよ。どれだけ着飾ったところで、平民の言葉をしゃべっていたらただの道化だわ。平民が貴族の仮装をしていると嘲笑されるだけよ。もちろん皆は、デイジーには笑顔で『お似合いです』って言うけれどね」
「……」
デイジーの可憐な美貌がどんよりと曇り、紫水晶のような瞳は死んだ魚の目になりました。
どうやら状況を理解してもらえたようで、私はほっとしました。
デイジーは無知なだけで、地頭は悪くないようです。
「貴族出身の家庭教師をつけてあげるわ」
「はい……。お願いします……」
「大丈夫よ、私に任せておきなさい」
可哀想なデイジーのために、私は彼女に必要なものを手配してあげることにしました。
施しは貴族の義務ですものね。