4. 入団
アイネと再会した日から、しばらくの時が流れた。
今日は、クラブ入団の日。
最低限、食事と住居、装備だけはクラブ側に負担してもらうことにした。さすがにこれだけは譲れない。入団した瞬間から借金生活では、さすがに笑えない。
クラブハウスへは徒歩で向かった。
集合場所は、倉庫のような大部屋だった。だが、中はほとんど空っぽで、広さのわりに寂しい印象を受ける。 椅子が数脚並べられ、ほかにはガラクタのような物が所々に置かれているだけだった。
アイネはまだ来ていないが、すでに何人かの先客がいた。
一人は三十前後と思しき男。体格は悪くないが、セミロングの髪はだらしなく、口ひげも似合っていない。疲れた様子で椅子に身を預けている。
一人は、鋭い目つきの青年。俺と同じか、あるいは少し年上だろうか。寒い時期だというのに、ノースリーブの服で腕を露出し、両腕に刻まれたタトゥーが目を引く。
三人目は、イザベラよりも一回り小柄な少女。俺が部屋に入ったとき一瞥してきたが、すぐに視線を手元の本へ戻した。
そして最後の一人は、顔見知りだった。
「やぁ、シンヤ。なんとなく、お前が来る気がしてたよ」
「ここに来てたのか、ヨセフ」
ヨセフ・ハーン。俺と同年代の選手だ。
ライバルと言うほどではないが、シニアリーグでは何度も対戦したことがあるし、年代別の都市代表としてチームメイトになったこともある。
最後に会ったのは、去年のシニアリーグで、ヨセフの東サガミ実業が前年の雪辱を果たし、勝利した試合だった。 あれは、ジェノア学園が代表大会出場を逃した瞬間でもあった。
「他のクラブからも声はかかっただろ。わざわざこんなところに来たのか?」
「それ、お前に言われたくないな」
ヨセフは苦笑した。
「二年前、アイネさんにやられてから、俺たちは必死だった。彼女の戦い方を徹底的に研究して、死に物狂いで努力した。でも――」
アイネが突然退学したと聞いた時、彼らにとっても寝耳に水だったのだろう。
「そうは言っても、その年はお前たちが勝ったんだろ? それに、研究したところでどうにかなる相手じゃないさ」
「分かってる。でもさ……勝ち逃げされたみたいで、どうにも納得できなかった。調子が崩れたお前らに勝ったって、あまり意味がない。東サガミ実業も結局、代表大会じゃ初戦敗退だったし」
「それでここに来たのか。ほかにも選択肢はあっただろうに」
「執着してたわけじゃない。気持ちを切り替えて、進路を考えてたら……アイネさんから声がかかった。それはさすがに無視できなかった。お前も、似たようなもんじゃないのか?」
「……まあな」
俺は素直に頷いた。元チームメイトと元対戦相手という違いはあるが、アイネの誘いを無視できないという点では同じだ。
「――おっと、来た」
部屋の奥の扉が開き、アイネと、もう一人の男が入ってきた。
「……なんで、あいつが」
ヨセフのつぶやきに、俺も同じ疑問を覚える。
年齢は三十代後半から四十代前半。痩せ気味の中肉中背で、わざとらしい無精ひげに、金縁の丸眼鏡。その奥の目は狡猾そうで、全身から胡散臭さが漂っている。
イズモリーグ1部、レッドタイガーズのスカウト――ダミアン・サトハラ。シニアの試合によく顔を出していたため、俺やヨセフにとっては見慣れた男だ。
そんな彼が、なぜここに?
「皆、揃ったね。じゃあ、まずは自己紹介しようか」
アイネが部屋に響く声で告げ、ダミアンが一歩前に出る。
「ダミアン・サトハラと申します。このたび、新クラブ『ステュクス』のGMに就任しました。今後、クラブの運営全般を担当します。皆さんとも関わることが多くなると思いますので、よろしくお願いします」
『ステュクス』――クラブ名か。そういえば、聞いてなかったな。
冥府の女神……アイネの命名センスか?
「では、皆さん、順番に自己紹介をお願いします。まずはアレクサンドロ君から」
セミロングの男が立ち上がる。
「アレクサンドロ・サラゴサです。去年までスルガウルブズのBチームに所属していました。よろしくお願いします」
微笑みを浮かべた彼には、どこかダミアンと似た雰囲気があった。どこか信用しきれない空気をまとっている。
スルガウルブズはイズモリーグ1部の名門クラブ。そのBチームは2部に属するが、れっきとしたプロ組織だ。
続いて、不機嫌そうな青年が立ち上がる。
「リュウジ・サカザキ。一年で大学を辞めた落ちこぼれだ。よろしくな」
大学名を口にしないあたり、何か事情がありそうだが、現時点では経歴だけでは判断できない。
三人目は、小柄な少女。
「アンヤ・ロストヴ。私は選手じゃない。イズモ公立工業大学機械工学科の三年生。パートのサポートスタッフとして来た」
見た目は中学生にしか見えないが、意外にも年上だった。 選手ではないとなると、ここにいる選手はアイネを除けば、俺たち四人ということになる。
「ヨセフ・ハーン。東サガミ実業出身」
「シンヤ・アキヤマ。ジェノア学園出身」
俺とヨセフも簡潔に名乗った。 この場にイザベラの姿はない。まだ正式に入団していない以上、授業を抜けるわけにはいかない。
次に、アイネが一歩前に出る。
「スタッフはあと一人いるけど、今日は来られないから後で紹介するね。これから、これから、今年一年間の活動方針について話すね」