1. 自分が天才だと思った時期、俺にもありました
子どもの頃、俺は“天才”と呼ばれていた。
魔法を駆使する対戦《競技》――アーツ・スポーツ。子供のころから、俺は周りの子よりも速く、強く、上手かった。魔力量に技量、同年代で総合的に俺を上回るやつはいなかった。
リトルリーグでは群を抜き、名門・ジェノア学園では中等部に入ってすぐ、中等部チームを飛ばして高等部の一軍にスタメン入り。
年代別の都市代表でも、俺は不動のレギュラーだった。
「この子は天才だ」と、大人たちにチヤホヤされ、俺自身も、それを信じて疑わなかった。
――『彼女』に出会うまでは。
高等部最後の公式戦を終え、卒業を控えた俺のもとに、いくつかのプロクラブからオファーが届いた。
この世界有数の都市国家イズモを本拠地とするクラブはもちろん、他の都市の強豪も名を連ねていた。
だが、数は思ったより少なく、条件も期待を下回っていた。
無理もない。この一年間、俺の評価は確実に落ちている。
むしろ、それでもこれだけのオファーが届いたことをありがたく思うべきかもしれない。
過去の栄光が、まだ完全には色褪せていないということだ。
そんな中、俺の目に留まったのは、一通の手紙だった。
『彼女』からの手紙――
「クラブをはじめた。来る?」
らしいといえば、らしい。
短く、用件だけ。だが、妙に印象に残る一文だった。
それを読んだとき、俺は決めた。
今、俺――シンヤ・アキヤマは、手紙に記された場所に向かっている。
イズモ郊外。最寄り駅から徒歩一時間。都市の境界線すら見えそうな、そんな街はずれだ。
……免許、取っておけばよかった。いや、免許があっても車は持っていないが。
せめて、金をケチらずにタクシーを使えばよかった。
二人乗りなのだから、割り勘で済んだのに。帰りは絶対にタクシーだな。
そう――今日ここに誘われたのは、俺ひとりではない。
「ずいぶん遠いですね……シンヤ先輩……」
「まあ、家賃は安いだろうな。競技用の施設なら広さが優先されるし。駆け出しのクラブに、市街地は厳しかったんだろう」
「疲れました……もうへとへとです……おんぶしてください……」
「たるんどるぞ。帰ったらグラウンド十周な」
「ひえ〜〜〜、勘弁してください〜〜〜!」
俺の隣でへたりそうになっているのは、同じく『彼女』からの手紙を受け取ったイザベラ・カサル。ジェノア学園の後輩で、俺より一学年下だ。
イザベラもジェノア学園の《競技》チームに所属しているが、中等部チームではずっと二軍にいて、高等部二年になったこの年、ようやく一軍のベンチ入りを果たした。
ジェノア学園の選手層を考えればそれでも立派だが、とてもプロが注目する経歴ではない。
『彼女』と在学中に数えるほどしか接点のなかったイザベラが、なぜ誘われたのか。イザベラ自身も首をかしげていた。
……まあ、会えばわかるか。
「疲れてるなら、帰ってどうぞ」
「い・や・で・す〜〜〜! いま引き返したら、また一時間かかるじゃないですか! それに、『あの』アイネさんからの誘いを無視するなんてあり得ません! それよりも、シンヤ先輩がアイネさんと再会したらどうなるのか、私、すごく気になります!」
この子、野次馬のつもりで来たのか……
ただ、『彼女』――アイネからの誘いが無視できないのは同意見だ。
他愛ない会話を続けながら歩いていくと、やがて目的地が見えてきた。
迷いようなんてなかった。
この辺りに、それらしい建物は一つしかなかったからだ。
見たところ、新築ではない。何かの施設を買い取ったのだろう。
フェンスに囲まれている敷地は広いが、設備らしきものはない。ほとんど更地だ。
「……どうしようか」
「どうしたんですか?」
「いや、今さらだけど、手紙には場所と時間しか書いてなくて……他は何もなかったなって」
「それなら大丈夫です。二階の事務所にいるって、アイネさんが言ってましたよ。鍵は開いてるから、勝手に入っていいって」
「ちょっと待って。俺は聞いてないぞ」
「前日に電話しましたよ〜。手紙に詳細が書いてなかったので、確認するのが普通じゃないですか〜」
いや……そもそも、俺はアイネの電話番号を知らない。
「調べたら出ましたよ。競技連盟に登録されてましたし。意外とそういうところ、ちゃんとしてるんですね~」
だんまりした俺を、イザベラが煽るように続ける。
「どうせ手紙見て、思考が全部吹き飛んだんでしょう? だめですよ〜、先輩はもう大人なんですから、ちゃんと確認しないと〜」
次の練習、イザベラを全力でしごいてやろう。そう決意しながら、俺は扉を開けた。
階段は埃っぽく、廊下は暗い。
階段を登ったら、ただ一つだけ灯りが漏れている部屋があった。
扉の前で足を止めて、ひとつ深呼吸する。
イザベラがクスクス笑っているのが聞こえたが、今は気にしない。
自分は心臓が強い方だと思っていた。でも、それは競技場の話だ。
……よし、覚悟を決めよう。
彼女のことだ。俺がここに来たことくらい、もう気付いているに違いない。
コン。
「どうぞー」
ノックに応じて、懐かしい声が返ってきた。一年ぶりに聞く、あいつの声だった。